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2017年12月の62件の記事

2017年12月31日 (日)

感謝

助けてくれた人に感謝
学びのきっかけをくれた人に感謝
試練を与えてくれた人に感謝
反面教師をしてくれた人に感謝
関わってくれた人に感謝
守ってくれた人に感謝
近所の人、地元の人、同業の人に感謝
職場の人、友人、恋人、家族に感謝
恩師、先生、上司に感謝
いつもいつもありがとうございます
 著 ありがとう感謝

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2度目の結婚式

 【2度目の結婚式】
「一緒にバージンロードを歩きたかった」娘の絵梨奈さんは、そう語った。
2012年11月7日午後3時。
武蔵村山市の松村瑛介さんと絵梨奈さんの結婚式が始まった。
夫婦にとって2度目の結婚式だった。
純白のドレスを着た絵梨奈さんの隣には、父:田中勝さんが並び、
ゆっくりと牧師に向かって、一歩一歩、歩みを進めていった。
参列者はおよそ100人。

一見、普通の結婚式に見えるけど、たくさんの方々の想いや協力が集まった式だった。
場所は、東京都あきる野市のあきる台病院。
普段、食事や歓談に使われるスペースを式場に仕立てた、全てが手作りの結婚式。
バラの造花で飾ったアーチ、深紅のバージンロード、ステンドグラスを模した窓飾り・・・
全て、病院の職員の手作りで創られた臨時の式場だ。
そして、参列者は、親族、病院の職員、さらに、入院患者の方々が集い、二人の門出を祝っていた。
「一緒にバージンロードを歩きたかった」そんな絵梨奈さんの夢が叶った。

絵梨奈さんの父:勝さんは、脳出血の後遺症で、病院から離れられず、
10月に行われた結婚式に参列できなかった。
そんな事情を知った病院の粋な計らいで行われた式だった。
一人娘の絵梨奈さんはお父さん子で、成人しても2人で頻繁にラーメンを食べに行った。
「私の悩みを聞いてくれるのはいつもお父さん」そう話すほど、娘と父は大の仲良し。
勝さんも、絵梨奈さんの結婚を楽しみにしていた。

昨年の12月のことだった。
父:勝さんがバイクで交差点を走っていたところ、横から来たトラックにはねられ、重傷を負ってしまった。
トラックの信号無視が招いた惨事だった。
娘の晴れ姿を一目でも見たい!と勝さんはリハビリを始め一時は、回復に向かったが、
今年4月、脳出血を起こし、意識障害や四肢のマヒが残って寝たきりとなってしまった。
動かせるのは、 目と左手の先だけで、会話すらできなくなった。

車椅子の生活になったとはいえ、10月7日の娘の結婚式には、参加できる可能性は残っていたが、
血圧が安定せず、出席できなかった。
その瞬間、父:勝さんが心から楽しみにしていた娘の花嫁姿を見ることは叶わぬ夢となった。
そして、娘:絵梨奈さんも大好きなお父さんに晴れ姿を見せられず、落胆していた。

ところが、式前の9月、そんな落胆する絵梨奈さんに、
病院医療福祉相談室の岩沢元太郎さんが提案してくれた。
「病院でも式を挙げませんか?」
病院で結婚式を挙げるのは初めてのことだったが、
ソーシャルワーカーたちが聖歌隊を結成して賛美歌を練習し、
作業療法士はワイシャツを切って勝さんが着られるように加工するなど
病院職員が実現に向けて、誰もが協力してくれた。

勝さんの妻:政枝さんは式の途中、何度か勝さんの目元をぬぐった。
娘を見つめる勝さんの表情は「病床では見られないもの」だった。
「2人で式に出られたことで、ようやく娘を嫁に出すという実感が持てた」
そう話す政枝さんは、病院の方々に心から感謝した。

式後、新郎:瑛介さんは参列者に
「夢を叶えられたのは病院の皆さんのおかげ」と謝辞を述べ、
絵梨奈さんは勝さんへの手紙を、真っ赤な目で読み上げた。
「元気になったら、ラーメンを食べに行こうと言ってくれるんじゃないかな。
その時には、ごちそうするね。
私のお父さんでいてくれて、ありがとう」

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2017年12月30日 (土)

あなたらしくが一番!

『 あなたらしくが一番! 』
一番厳しいのは、
まわりの目線ではなくて、自分の目です。
自己否定でストレスがたまっていくのです。
まわりからとやかくいわれることよりも、
自分が自分の裁判官になっていくことで、
最も疲れる形になるのです。
 - 中谷彰宏 -

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ウソでも笑える人は前へ進める

東日本大震災の津波で町ごと流されてしまった、
岩手県の山田町の方々の言葉だそうです。
・悲しんで下を向いていたって何も始まらない。
 今は前を向くしかない。

 ウソでも笑える人は前へ進める。
・海に恨みは無い。
 逆に、これまでいかに海が私たちに
 恵みを与えてくれていたのかに気づいた。
 こうして働けるようになって、
 今は仕事が楽しくて感謝しかない。
・自分のことで悩めるって幸せよ。
・つまらないものを持っているから、
 つまらなかったんだとわかった。
 つまらないことをしているから、
 つまらなかったんだとわかった。
・すべてを失って、なにもいらないことがわかった。
・元気だからがんばるんじゃない。
 がんばるから元気が出るんだ!!
~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*~*
失ってしか感じられないことが多々あるのでしょう。
被災されても前向きにがんばる山田町のみなさんに私が勇気をもらっています。
本当は、被災者の方たちを勇気づけてあげないといけないのに。
私たちは100年後には、この地球上にいません。
いつか、全てを失う日が来るのです。
どうせいつか失うものばかりなのだから、
小さいことにクヨクヨせず、進んでいきましょう。

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2017年12月29日 (金)

できる理由を探す

『 できる理由を探す 』
できない理由を探すのではなく、
できる理由を探す。
 - ジョセフ・マーフィー -

夢と現実は違うなどという
皮肉に惑わされてはいけない。
それは、夢を現実に変える
努力を怠った人間の、
苦し紛れの言い訳に過ぎない
- 三木谷浩史 -

プロはいかなる時でも言い訳をしない
- 千代の富士 -

劣等感を言い訳にして
人生から逃げ出す弱虫は多い。
しかし、劣等感をバネに
偉業を成し遂げた者も数知れない
- アルフレッド・アドラー -

言い訳をしようと思ったら、
材料はいくらでもある
- 中村俊輔 -

言い訳をしてしまうと
「反省」という大切なものを
なくしてしまいます
- 稲船敬二 -

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人生息詰まった時に聞きたい

別れの辛さに馴れることは
決してありませんが、
それでも、私たちは死ぬまで
人を愛さずにはいられません。
それが人間なのです。

もし、人より素晴らしい世界を見よう
そこにある宝にめぐり逢おうとするなら
どうしたって危険な道、恐い道を
歩かねばなりません。
そういう道を求めて歩くのが
才能に賭ける人の心構えなのです。

人間は生まれた時から一人で生まれ
死ぬ時も一人で死んでゆきます。
孤独は人間の本性なのです。
だからこそ、人は
他の人を求め、愛し、肌で
あたため合いたいのです。

人生にはいろいろなことがあります。
しかし、悲しいことは忘れ、辛いことは
じっと耐え忍んでいきましょう。
それがこの四苦八苦の世を生きる
唯一の方法ではないかと思います。

人間は自分本位なこともありますが
相手の立場に立ってモノを考えれば
人間は他者のために
どんなことでもできるのです。

人は、不幸のときは一を十にも思い
幸福のときは当たり前のようにそれに馴れて
十を一のように思います。

どんな悲しみや苦しみも
必ず歳月が癒してくれます。
そのことを京都では
『日にち薬(ひにちぐすり)』
と呼びます。
時間こそが心の傷の妙薬なのです。

大きな椿の花を咲かせるには
どうすると思いますか?
まだ、つぼみが小さいうちに
ひとつだけを残して
みな摘んでしまうのです。
そうすれば、大輪の花を
咲かせることができるのです。

お子さんに「何のために生きるの?」
と聞かれたら
「誰かを幸せにするために生きるのよ」
と答えてあげて下さい。

一日に一回は鏡を見る方がいいです。
できればにっこりと笑ってみて下さい。
心にわだかまりがない時は
表情がいきいきしてくるでしょう。

あなたはたった一つの尊い命をもって
この世に生まれた、大切な存在です。.
 瀬戸内寂聴

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2017年12月28日 (木)

信頼か疑いか

「信頼か疑いか」
愛が一番弱いときは
信頼より疑いが大きくなる時。

愛が一番強いときは
疑いがあるにもかかわらず
信頼することの大切さを
あなたが学んでいく時。

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ストレスの仕事を乗り越えた方法

ストレスの重なる仕事で困難を乗り越えた方法
信販会社で「督促」の電話を担当しているある女性の手記です。

みなさんは「督促」というお仕事を聞いたことがありますか?
督促とは、カードや家賃などの支払いの期限が来ても入金が無い時に、
電話や手紙で「入金をお願いします」と連絡をすることです。
つまり言ってしまえば「取り立て」です。

お金が無くて極限状態のお客様に電話をかけると、帰ってくるのはほとんどが怒鳴り声。
「今度電話してきたらぶっ殺す!」「俺が払う時に払うって言ってんだろ!」
そんな罵声を浴びせられても、入金されるまでは電話をかけ続けなければなりません。
一日中机に向かって、電話のノルマを課せられ、つながれば、怒鳴られる電話をかけ続ける。
それは思い描いていたОL生活とはかけ離れていました。
眠れなくなり、体重は減り、髪の毛も抜けていきました。
どうしてこんなに辛いんだろう、

この職場で生き残っている人と私は何が違うのだろうと、必死で周囲を見回しました。
すると、一人の先輩が目に留まりました。
彼はクレーム対応を専門に行っていました。
ただでさえ海千山千のお客様、電話口では毎回、
「殺してやる」「名前を調べて家に火をつけてやる」「ショベルカーで乗り込むぞ!」
といった罵声が飛び出します。
そんな電話を毎日受けて、どれほど壮絶なストレスを抱えているのだろうと見てみると、
彼はいつも笑顔で人当たりも良く、ストレスなど微塵も感じさせません。

思い切って、仕事でストレスはないのかと聞いてみました。
すると返ってきたのは意外な言葉だったのです。
「全然ストレスはないですよ、お客様のクレームは、 僕にとって、コレクションですから」
なんとその先輩は、お客様のクレームを一件一件記録し、コレクションしていたのです。
そしてノートがクレームでいっぱいになったら、自分にご褒美を用意しているので、
クレームを受けると「また一件たまった!」と嬉しくなるのだそうです。

私も先輩を真似て怒鳴られた言葉や、日常生活であった嫌なことを記録してみました。
すると、ノートに書いた時点で不思議と嫌な気持ちが消えていくのです。
むしろ「よくこんな悪口を思いつくなぁ」とか、「この人、この前話した人と同じ脅し文句だ、
 脅し文句ってバリエーション少ないよなぁ」
というふうに、観察に似た面白さを感じるようになりました。
悪意のある言葉は、そのまま受け取ってしまうと傷つきますが、記録してしまうと「出来事」になります。
しかもこの方法は日常生活にも使えることが分かりました。

たとえば夫婦喧嘩で相手に嫌なことを言われた時、
言葉どおりに傷ついて感情的になっても何も良いことはありません。
「相手にカチンとくることを言われた回数だけ、
好きな銘柄のビールを翌日会社帰りに買う」と決めておくと、
悪口をカウントすることに集中し、むしろゲーム感覚で楽しめます。

嫌な出来事や、辛かったことは記録に落とし込んだ時点で戦歴になります。
今まで言われてきたたくさんの罵声を眺めていると、
自分はこれだけのことを言われて乗り越えてきたのだ、という自信につながっていきます。
自信がつけば仕事が楽しくなるし、克服した経験は誰かにアドバイスすることもできます。
誰かの役に立てば、信頼にも結び付きます。
嫌な出来事を受け入れて克服した数だけ、人は確実に強くなれるのです。

一時は心身を病むまで苦手だった「督促」という仕事でしたが、
今では前向きに、やりがいを感じるまでになりました。
怒鳴られ傷つくことはたくさんありましたが、今はその仕事で得たことこそが糧になっています。
嫌なことはコレクション。
たった一つ、この心がけだけで、人生の見え方も大きく変わってきたのです。
 引用元:PHP≪特集≫人生、上を向いて歩こう 「嫌なことはコレクションしよう」より

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2017年12月27日 (水)

人間というのは困ることだ

困らなきゃだめです。
人間というのは困ることだ。
絶体絶命のときに出る力が
 本当の力なんだ。
人間はやろうと思えば、
 たいていのことは出来るんだから。
  本田宗一郎

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最高のソースとは?

 「最高のソースとは?」
おいしいものを食べるためには、食材にこだわることも大事。
産地を吟味することも大事。
調理方法にこだわることも大事。
誰と食べるかも大事だし、どこで食べるかも味を大きく左右します。

でも、おいしいものを食べるために、最も大事な要素は・・・
誰におごってもらうか?
違う!(笑)
おいしいものを食べるのに一番大事なことは、
ズバリ、空腹であることです!

たとえ数万円のコース料理だって、
ラーメンを3杯食べた後に食べないといけないとしたら、拷問でしかない(笑)。
ヨーロッパのことわざで、「空腹は最高のソース」と言われるゆえんです。
「空腹」が「おいしい」という体験をするための「幸せの前半分」ってことです。
式にするとこう。  空腹 + おいしい = 幸せ
実は、空腹は幸せの一部だったんです。

これはすべてにおいて言えます。
たとえば、「ゆるす」という体験が存在するには、
「ゆるせない」という体験が先に必要ですから、同じように式にするなら、
ゆるせない + ゆるす = 幸せ
「ゆるせない」は「ゆるす」という幸せに欠かせない前半分の体験なんです。
  見る見る幸せが見えてくる授業  ひすいこたろう 著  サンマーク出版


ドストエフスキーの『白痴』に、こんな一文があります。
「コロンブスが幸福の絶頂にあったのは、けっしてアメリカを発見したあとではない。
発見する3日前、
乗組員たちが絶望のあまりヨーロッパに引き返そうとしたその瞬間にこそ幸福はあったのだ」

経営の神様といわれた松下幸之助さんは、
「どうしてそんなに成功できたのですか?」という質問に対してこう答えています。
「家が貧乏で、身体も弱く、学歴がないからです」
貧乏なことも、病弱なことも、学歴がないことも、

本当は「幸福」の材料であり、「無い」ということが実は、貴重な資源なのかもしれません。
そう思えると、今ないこと、今ないものにも感謝の気持ちが芽生えてきます。
有ることは嬉しい。
でも、無いことも嬉しい。
だって、幸せのための隠し味になるから。

クリスマスプレゼントが無くても泣かないで!
それは、幸せに必要な材料です♪



2017年12月26日 (火)

60%の見通しで決断

進学
就職
転職
結婚
引越
起業
投資

100%の見通しは不可能。
70%の見通しすら不要。

ーー

60%の見通しで
判断が出来たら、
決断することだ。

後は勇気と実行力である。

ー 松下 幸之助 ー

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自分がいかにありがたい状況に生きているか

 【自分がいかにありがたい状況に生きているか】   

小林正観さん

生れてからずっと目が見えいない人は、

「1秒でもいい、いや0.1秒でもいいから、親の顔を見てみたい」

「結婚した相手の顔を見てみたい」「子どもの顔を見てみたい」と思いながら生きているそうです。

私たちは、0.1秒どころか、生まれてこのかた目が見えないことなどないにもかかわらず、
目が見えるということに対して、感謝することなどまずありません。

それどころか、「あれが欲しい」「これが欲しい」「あれをよこせ」「これをよこせ」と
現状に対して不満ばかり口にしています。

 
私たちは小さい頃から、足りないものをリストアップして、
それを手にいれなければ幸せになれないと教え込まれています。

そのように洗脳されているのです。
 
それを、「夢と希望に満ちあふれた生活」といいます。

 
それに対して、私は「夢と希望もない生活」を送っています。

夢も希望もない代わりに、悩みも苦しみも煩悩(ぼんのう)もありません。

 
私は酒もタバコも麻雀も、娯楽といわれるものは何もしませんし、休みもほとんどありません。

「何が楽しくて生きているのですか?」とときどき尋ねられることがありますが、
「ただ幸せをかみしめて」生きている。

 
「自分がいかに恵まれているか」「自分がいかに幸せか」
「自分がいかにありがたい状況に生きているか」ということに気づいたら、
「不平不満・愚痴・泣き言・悪口・文句」の「五戒」など口から出てきません

願いがかなったら、望んだものが手に入ったら感謝する、というのは、本当の感謝ではありません。

何も要求することなく、不平不満を言うこともなく、いま目の前にあるものをありがたく味わう。

それこそが、本当の「感謝」なのです。

 
人は、自分がいかに幸せな状況のなかで生きているかに気がつきません。

それは、海で泳いでる魚は、海を見ることができません。
 
それで「自分も海をみてみたい」と思い、
釣り人が垂れている釣り糸にガブリ!とかぶりつくのです

すると海の上に引っ張り上げられる。
 
それで初めて、魚は海というものを見ることができるのです。

 
釣り上げられた魚が「私」なら、釣り上げた人とは「神さま」。

釣り上げられた状態は何かといえば、「事故、災難」。
 
海とは、「幸せ」そのものです。

神さまに「幸せというものを見せてください」と言うと、神さまは「わかりました」と言って、
災難や事故というものを起こして、私たちを釣り上げてくれます。

 
かぜをひいて、丸1日何も食べられなかったら、
かぜが治ったときに食べた1杯のおかゆがとてつもなくおいしく感じられるでしょう。

元気いっぱいで毎日おいしいごちそうばかり食べていたら、
おかゆのおいしさはなかなかわからないでしょう。
 
では、かぜで丸1日食べられなかったことは、
はたして不幸なことだったのでしょうか?
 
そうとはいえないでしょう。

その体験があったからおかゆのおいしさ(幸せ)を味わうことができたのです。

私たちが「幸せ」を感じるためには、
その前には一般的に「つらい、苦しい、大変」といわれる状況が起こるようです。

そういう構造になっている。

 
そのことに気づいたら、私たちはつらいこと、苦しいこと、大変なことに遭遇したときも、
一喜一憂せずに、平静な心でいられるかもしれません。
  
 
『人生は4つの「おつきあい」』  サンマーク出版

 
人は、「失って初めて、その大切さに気づく」という習性がある。

それは、両親だったり、恋人だったり、健康だったり、する。

当たり前の日常が、いかに大切な日々だったのか、いかに有り難かったのか。

やっかいなことに、それを失ってみないと気づかない。

 
「ありがとう(有り難う)」の反対は、「当たり前」だと言われる。

目が見えることも、耳が聞こえることも、話しができることも、本当は、当たり前ではない。

有ることが最も難しいことなのだ。
 
奇跡のようなこと。

そのことに気づいたとき、当たり前のように過ぎていく日常には感謝しかなくなる。

 
それは、自分の体に対しても同じ。
 
寝ている間も動いてくれている心臓や肺、
ありとあらゆる臓器は文句もいわず365日休みなく動いてくれている。

自分がいかにありがたい状況に生きているか、に気づける人でありたい。


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2017年12月25日 (月)

休息が必要

 【休息が必要 】
喜んでがんばるのはいい、必要な努力をするのもいい。
でも無理の
しすぎには、注意をしましょう
無理をずっと続けていると、疲れが溜り、体がオーバーヒートをしてしまう。
心と体が疲れた時は、そっと休息を取ってあげることが大切なのです。
休息は自分をよみがえさせる特効薬、

休ませてあげるという、ただそれだけで取り戻せることはたくさんあるのです。
疲れたら休む、無理しすぎたら休息も考える
そうすれば、自分の元気が続くのです。



小さなひと言

 【朝から酔っているおじさんの、小さなひと言】
人は、案外ほんの通りすがりの
ちょっとしたひと言で救われる気持になることがある。

もう何年も前になるけど、
毎日会社を辞めたくてしかたなくて、いつも
「今日こそやめてやる」と言うことしか考えてない時があった。

その日もそうだった。
混み合った電車からゴミのようにホームに押し出された。
乗り換えの駅の通路で、寒いからコーヒーを買って飲んでたら、
酔っ払いのおじさんが近寄ってきて何か言ってる。
「なんだ朝から酔っ払って…あっちにいけよ!」
と思っていたら、そのおじさんが言った

「お姉ちゃん。なんでそんなに悲しい顔してるの。
 どっかに戦いに行くときのような顔してるよ
 あんたがそんな顔してたら、
 あんたのことを大事に思っていてくれる人は、きっと悲しいと思うよ。」
そのときの自分は、どんな顔をしてたんだろう。

「おじさんも色々あったけど、なんとか生きてるよ。
 元気が一番だよ。笑ってみなよ」
自分は”にっ”と笑顔を作ってみた。
上手く笑えたかはわからない。

でもおじさんも笑って、
「いい顔だ」
そう言って雑踏の中に消えていった。
何か分からないけど、そのとき涙が出そうになった。

どこの誰かもしらない、
もう会うこともないおじさん、
どうもありがとう。

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2017年12月24日 (日)

家族

家族とは、血でつながっている人だけじゃない。
家族とは、人生であなたと一緒にいたいと思って人たち
家族とは、ありのままのあなたを認めてくれる人たち。
家族とは、あなたに笑顔でいてほしいと願ってくれる人たち。
家族とは、たとえどんなことが起きてもあなたを愛してくれる人たちのこと。
血で繋がってなくても、みんな家族。
人生の中で共に助け合える、友人、仲間、恋人。
みんな本当に感謝だね。

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笑いこそ、「唯一、かつ強力な武器」

 【笑いこそ、人間の持つ「唯一、かつ強力な武器」】 ライフネット生命保険会長、出口治明さん

《よく笑い、よく眠る。悩みの7割はそれで解決》
…笑いこそ、人間の持つ「唯一、かつ強力な武器」。

たとえば、今の日本において、とくに仕事や公式の場では、ひたすら「真面目」が尊ばれ、
「笑い」や「おふざけ」や「いたずら心」などの遊び心はタブー視される傾向があります。
しかし、あらゆるイノベーションの生まれる素地は、じつはこうした遊び心からなのです。
逆に、青筋を立ててひたすら「真面目にせなあかん!」となったら、ロクなことになりません。
視野が狭くなり、四角四面な発想しかできなくなります。

いい例が、東日本大震災のときのわが国の首相の対応です。
あのとき、首相は官邸のソファに寝泊まりをして、飲まず食わずで指揮をとっていた。
非常事態においては、大将は、しっかり眠り、たっぷり食べて、
心身ともに健康な状態でいなければならない。
でないと、適切な判断ができません。

ところが、彼はその真逆をやっていたのです。
「みんなががんばっているのだから、俺もがんばらなあかん」と思ったのかもしれませんが、
発想が逆ですさん。
睡眠不足で、食事もロクにとらなければ、
イライラしますし、怒鳴りたくもなるし、判断もブレやすくなります。
それで国を左右する判断をしようとしていたのですから、恐ろしいものです。

仕事でもプライベートでも、深刻にならないほうがいい。
落ち込むことがあったら、仲のいい友達や、あるいはパートナーとおいしいものでも食べて、
ゲラゲラ笑って、あとはぐっすり眠れば、悩みの7割くらいは解消できます。
講演会などで、「人生落ち込んだときの過ごし方をアドバイスしてください」という質問には
いつもこう答えているのですが、質問者の肩からは
「僕は真面目に質問しているんですよ」と言われたりします。
でも、これは私の真面目な答えなのです。
もしかすると質問者の方は、「この本を読んだら元気になる」
といった具体的かつ安直な答えを期待されていたのかもしれません。

でも、疲れていたら本すら読めません。
本を読むにも体力が必要なのです。
それより、たくさん食べて、大いに笑って、ぐっすり眠ったほうがいい。
そして、スッキリしたら、翌日からまたゼロクリアして一所懸命働くほうがいい。
真面目に考えすぎるのは不幸の元なのです。
 『人生の教養が身につく名言集』 三笠書房

真剣さと深刻さは違う。
真剣さは必要だが、深刻さはいらない。
深刻になった途端、柔軟さがなくなり、物事の判断が鈍(にぶ)るからだ。

同様に真面目なのはいいが、真面目過ぎるのはダメ。
ルールを守るとか、誠実であるとか、嘘をつかないという真面目な資質はとても大事だ。
しかし、それが行き過ぎると、ゆるしや、寛容さ、といった「しなやかさ」がなくなってくる。

笑いは、ゆるしであり、共感であり、肯定だ。
状況が厳しければ厳しいほど、ユーモアや笑いが必要だ。




2017年12月23日 (土)

一流のリーダーは

三流のリーダーは「カネ」を残す。
二流のリーダーは「事業」を残す。
一流のリーダーは「人」を残す。

  細谷英二

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息子が田舎で学んだこと

 【リッチな家の息子が”貧しい”田舎で学んだこと】
このお話は海外発で、実話が人伝てに伝わるうちに、若干の脚色が加わったものと思われます。

そのため「出来過ぎじゃないか」という感想があるでしょうが、
そこは、豊かさということを考える上でのエピソードとして受け取ってみて下さい。

とある大富豪の男性が、自分の息子を田舎の土地に送りました。

裕福な生活を当たり前と思っている息子に、一度「貧しさ」というものを体験してもらい、
自分たちの生活がどれだけ幸せなものか、それを実感してもらいたかったのです。

息子は田舎に送られ、その土地の家族と生活をともにしました。

そして数日後、
父親は、帰ってきた息子に、貧しい生活がどんなものだったか、その感想を聞きました。

父「あちらでの生活はどうだった?、こちらの生活とあちらの生活はどう違ったかな?」

息子「あちらの生活はよかったよ。生活の違いは、もう沢山あったよ!」

息子の答えを聞いて、父親は安心しました。

ああ、息子は田舎の生活を体験し、いい感じを得てきたのだ。
現在の生活がいかに満たされているかに気づいてくれたのだ。

そう思ったのです。

しかし、息子が言った言葉は意外なものでした。

息子は父親の問いに対し、堰を切ったように答えました。
僕たちは犬を一匹飼ってるよね。
でもあの家では、四匹も犬を飼っているんだよ。
僕たちの家には、きれいに浄水された水が張られたプールがあるけど、
あの家には、とっても大きな池があって、その池はすごく透き通ってて新鮮なんだ。
しかも、そこには魚もいたんだよ!

それから、僕たちの家には庭を明るく照らしてくれる照明があるよね。
あの家にはそれが無いけど、
その代りにお月さまとお星さまが庭をきれいに照らしてくれるんだよ!
それからそれから、僕たちの家の庭は壁に囲まれているよね。
でも、あの家には壁なんて無いんだ。
まるで、ずっと先の地平線まで庭が続いているみたいなんだ!
壁が無いから、あの家はいつでも友達を迎えられるように、
ドアでさえ鍵をかけていないんだ!
それに、この街では、みんな携帯とパソコンが僕たちをつなげてくれているよね。
あの村では、家族や自然がみんなをつなげているんだよ。

父親は、驚きのあまりしばらくの間、声が出ませんでした。
息子は最後に満面の笑みでこう言いました。
「お父さん、僕たちが本当はどれだけ貧しいのか、
 そのことを教えてくれたんだね。本当にありがとう!」

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2017年12月22日 (金)

ストレスに強い人の考え方

「ストレスに強い人の考え方」

1. 「まあいいか」と受け流す

2. マイペースを保てる

3. 人生は思い通りにならないと思う

4. タイミングが悪かったと考える
 (誰のせいにもしない)

5. 相手の事情も想像できる

6. 何事も経験と思う

7. 周囲に頼れる

8. 現実逃避が上手




ときには「我」も必要

 【ときには「我」も必要】 精神科医、斎藤茂太さん
「人の集まり」の中で活動するときは、「我」は捨てたほうがいいもののひとつだろう。
いつも「我」を出していると、「自分勝手」「傍若無人」「わがまま」などの、
ありがたくない評価をちょうだいし、ケンカの火種となりやすい。
たくさんの人たちの中でうまくやっていこうと思ったら、人と折り合ってゆく努力をしなければならない。
ただし、「我」は捨てたほうがいいけれど、完全に捨て去ってはいけない、とひと言つけ加えておこう。

「過剰適応」という言葉がある。
我を捨てて、周囲に自分を合わせようとがんばり過ぎた結果、
心身の健康に支障をきたすようになる…心の病のひとつだ。
人と一緒にいるときは元気にふるまっているが、ひとりになるとどっと疲れ、不安感につきまとわれ、
わけもなくイライラして、ひどくなると夜眠れなくなり、
頭痛や動悸がおこり、息苦しくなり…ひと口でいえば、自律神経の働きに問題が生じてくるのだ。
とくに日本人は、この過剰適応を起こす傾向が強いようだ。
それは日本が前にならえ、横にならえの社会であることが大いに関与していると思う。

ちなみに過剰適応を起こしやすい性格的な特徴は、次のようなものだ。
「人に好かれたい、いい人でありたい、という気持ちが強い」
「人の言葉や流行、マスコミなどに影響を受けやすい」
「がんばり屋さんで、神経質」
「リラックスして人と接することができない。緊張する」
「趣味がない。自分ならではの世界や楽しみがない」

もちろん人とうまくつき合い、世の中と上手に折り合うことは大切だ。
しかし、心のどこかに「私は私よ、みんなが私と違う考えを持っていたとしても知ったことじゃない。
ほっといてよ」という心境を持たなければならない。
これを口に出して表明せよ、というのではない。
そういう「我」は、心の中に納めたまま、大切にしてほしい。
刃を鞘(さや)に納めるように、である。
  『「捨てる」「思い切る」で人生がラクになる』 新講社ワイド新書

『ピカソは、「オレの絵をどう思う?」などとは聞かなかった。
「オレの絵をどう思うかは、おまえの勝手だ」と言っていたという』(同書より)

我々はつい、人の評価や評判を気にし、ちょっと批判されたくらいで、クシュンとなってしまいがちだ。
いい人でいたい、という思いが強いからだ。
しかしながら、全ての人に好かれることなど絶対にできない。
普通は、5割の人に好かれれば、5割の人には好かれない。
どんなに人格者であろうと、批判者は常にいる。
ときには「我」も必要だ。



2017年12月21日 (木)

言わなきゃ伝わらない

3年前、大切な人を亡くしてから心に決めたことがある。
会いたい人には会いたいと言い、
好きな人には好きだと言い、
大切な人には大切だと言うこと。

男女問わず、家族友達知り合い問わず。
言わなくても伝わる・・・・
なんてコトは理想論であって、
やっぱり言わなきゃ伝わんないんだよ。

大切な人への大切な思い・・・
あなたは伝えていますか?

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マイナスの価値と思えることにも、意味を見出して感謝する

  【マイナスの価値しかないと思えることさえにも、意味を見出して感謝する】 渡辺和子さん
女子学生たちと五十年以上接していて気がつくことは、この年頃の人たちの多くが、愛に必要なのは、
すばらしい対象に出会うことだと考えていることです。

それも決して間違いではないのですが、その対象が「すばらしさ」を失った時にも、
果たして愛し続けることができるかどうか、ここに「愛の本質」が問われています。
健康だった相手が病気になってしまった時も、前途を嘱望(しょくぼう)されていた相手が挫折にあった時にも、その人を愛し続けることができるかどうかは、私たちが自分の中に、「愛する力」を養い育てているかどうかに、かかっているのです。

エーリッヒ・フロムが『愛するということ』という本の中で、「愛するということは、単なる熱情ではない。
それは一つの決意であり、判断であり、約束である」ときびしい言葉を述べているのも、
この愛の本質を指摘したものと言えるでしょう。
ふだんからピアノの練習もせずに、立派なピアノを見つけさえすれば、上手に弾けると思ったり、
絵を描く練習もせずに、ひたすら美しい景色を探している人にも似て、
ふだんから「愛する」練習をしないで、すてきな人との出会いを待っていては、いけないのです。

愛する力を育てるためには、まず私たちが毎日の生活の中で「当たり前」と考えていることや、
人、物を「有り難い」と、感謝の気持ちで受けとめることが大切です。
マイナスの価値しかないと思えることや、不幸、災難、苦しみにさえも意味を見出して、
これまた「有り難い」と感謝できる時、私たちは愛すべきものを随所(ずいしょ)に持ち、
愛し難い人さえも、その人の存在そのものの価値を認める、愛深く幸せな人間になれるのです。
  『幸せはあなたの心が決める』  PHP研究所

昔の人は、「一緒に苦労してくれないか?」とプロポーズして結婚したという。
今の人は、「一緒に幸せになろう」と言って結婚する。
一緒に苦労するのが前提なら、二人で苦労することは何ともない。
しかし、幸せになろうと言って、苦労することになってしまったら「話が違う」ということになる。
昨今、離婚が増えているのは、こんな理由もあるからではないか、と。

日常の中で、当たり前の幸せに気づける人は、普段から苦労することを厭(いと)わない人。
苦労が前提だから、ちょっとした幸せにも気づくことができる。
物事はうまくいかなくて当たり前、と肚をくくると、ほんの少し成功しただけで感謝できる。
スタートラインを低くとることはとても大事だ。
マイナスの価値しかないと思えることさえにも、意味を見出して感謝できる人でありたい。

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2017年12月20日 (水)

まず自分を変える

他人を変えるとするのではなく、
まず自分を変える。

世界や他人を変えたがる人が多いが、
自分を変えたがる人は少ない。

結局、幸せのために職場や恋人を変えても、
自分自身が変わらなければ、
どこに就職しようと誰と付き合おうと
一時的な幸せ以外、
何も変わらない。
  須藤元気

~~~☆~~~☆~~~☆~~~
変わるといっても悪い方に変わるのでは
意味がない。
変わるなら良い方に・・・。

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乞食の天使

 『乞食の天使』
いつもよく働く靴屋のもとへ、
あるとき、天使が現われました。
乞食の姿になって・・・。

靴屋は乞食の姿を見ると、うんざりしたように言いました。
「おまえが何をしにきたかわかるさ。
しかしね、私は朝から晩まで働いているのに、家族を養っていく金にも困っている身分だ。
ワシは何も持ってないよ。
ワシの持っているものは二束三文のガラクタばかりだ」
そして、嘆くようにこうつぶやくのでした。
「みんなそうだ、こんなワシに何かをくれ、くれと言う。
そして、いままで、ワシに何かをくれた人など、いやしない・・」

乞食は、その言葉を聞くと答えました。
「じゃあ、わたしがあなたに何かをあげましょう。
お金にこまっているのならお金をあげましょうか。
いくらほしいのですか。言ってください」

靴屋は、面白いジョークだと思い、笑って答えました。
「ああ、そうだね。じゃ、100万円くれるかい?」
「そうですか、では、100万円差し上げましょう。
ただし、条件が1つあります。
100万円の代わりに、あなたの足をわたしにください」
「何!? 冗談じゃない!
この足がなければ、立つことも歩くこともできやしないんだ。
やなこった、たった100万円で足を売れるもんか」

「わかりました。では、1000万円あげます。
ただし、条件が1つあります。
1000万円の代わりに、
あなたの腕をわたしにください」
「1000万円・・・!?
この右腕がなければ、仕事もできなくなるし、可愛い子ども達の頭もなでてやれなくなる。
つまらんことを言うな。
1000万円で、この腕売れるか!」

「そうですか、じゃあ、1億円あげましょう。
その代わり、あなたの目をください」
「1億円・・・!?
この目がなければ、この世界の素晴らしい景色も、女房や子どもたちの顔も見ることができなくなる。
駄目だ、駄目だ、1億円でこの目が売れるか!」

すると、乞食は言いました。
「そうですか。あなたはさっき、何も持っていないと言ってましたけれど、
本当は、お金には代えられない価値あるものをいくつも持っているんですね。
しかも、それらは全部もらったものでしょう…」

靴屋は何も答えることができず、しばらく目を閉じ、考えこみました。
そして、深くうなずくと、心にあたたかな風が吹いたように感じました。
目を開けると、乞食の姿はどこにもありませんでした。
 ( スペイン民話 )
------------------
日々暮していると、周りが見えなくなって
どうしても不平不満を口にしてしまいがちですね。
なんでも「持っているのが当たり前」になってしまうような気がします。
でも、本当はそれらはとても価値あるものなのです…。
そのことを思い出させてくれるお話だと思いました。

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2017年12月19日 (火)

常に自分で決める

 【人生では何を選ぶか常に自分で決めなければならい】

「楽な道」を選べば、見える景色はいつも同じ
  「楽しい道」を選べば、見える景色はいつも変わる
「他人」に期待すれば、イライラする方へ流され
  「自分」に期待すれば、ワクワクする方へ導かれる
「自分はダメ」と考えれば、未来は暗い方へ流され
  「自分のタメ」と考えれば、未来は明るい方へ導かれる
「できない」と思えば、限界が形作られ
  「できる」と思えば、可能性が形作られる
「不満」ばかり言っていると、足を引っ張る人となり
  「感謝」をたくさん伝えれば、手を引っ張る人になる

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「自己実現」や自己主張は嫌い

 【「自己実現」や自己主張は嫌い。壇蜜さんはこんな人】
壇蜜さんはお色気イメージが強くて、好き嫌いが大きく別れるタレントさんかもしれません。
ある程度、作られたイメージをお届けする世界だから、それは仕方ないかもしれません。
ご本人の手記からすると、意外に地味な性格の方であることが分かります。
壇蜜さんの手記の一部を抜粋でご紹介します。

今でこそ芸能界でお勤めしていますが、とても引っ込み思案で、臆病な子でした。
友達も少なく、みんなの輪の中に入れないことも多かったのです。
大学生、社会人になっても疎外感を抱くことが結構ありました。

就職活動では、1つも内定をもらえていません。
就職氷河期だったとはいえ、
「私を必要としてくれる人はどこにもいないのか」と絶望を味わいました。
大学で取得した英語の教員免許を活かすこともありませんでした。

就職活動に失敗した私は、母の助け舟もあり、調理師専門学校に通います。
二年間で卒業し、和菓子屋さんで修業もしました。
早朝からあんこ作りをして、夜まで働きました。
しかし、そこでもうまくなじめず、飛び出してしまいます。
その後、ホステスをしたり、葬儀学校に通うなどしましたが、
何もかもが中途半端でした。
ますます自分を責めるようになり、人を寄せ付けない雰囲気を出していました。
無気力でうつうつと過ごす毎日でした。

当時は「自己実現」という言葉がはやっていました。
自己実現とは、自分の夢や目標に向かって努力し、実現させていくことです。
現実の私は、自分が何をしたいのか、自分が何者なのかさえわかりませんでした。
自己実現と聞くたびに、世間から責められているようで嫌でした。
理想と現実の狭間でもがきながら、二十代半ばを過ごしました。
こうしてさんざん道に迷った末、ある考えにたどりつきました。

それは、「自己実現を目指さないこと」でした。
自分のしたいことではなく、
人が自分に何を求めているのかを考えることにしたのです
考えが変わったのは、「このままでは自分がダメになる」
というところまで、追い詰められたからかもしれません。

お金がありませんでした。
家賃が払えないかもしれないと、ひやっとしたこともありました。
大学、専門学校と行かせてもらった親には、これ以上頼ることはできません。
切羽詰まったからこそ、自分を変えられたのだと思います。
今の私に強さがあるとしたら、
それは多くの挫折を経て獲得したものです。
その後、雑誌のグラビアモデルにたまたま応募したことがきっかけで、
今の私につながっていきます。

それまでの生き方で何もかも勝ち取れなかったことには、意味があったのだ。
当時の経験がこうして活きている。
今ならそう思えます。
「壇蜜」という芸名は自分で付けました。
「壇」は仏壇、「蜜」はお供え物の意味です。
ファンの方に喜んでもらえるよう奉仕する存在でありたい、
そんな思いを込めています。

芸能界は、「自分をいかに前面に出すか」が勝負の世界だと思いますが、
私は自己実現や自己主張ではなく、あくまで「人の喜び」のために、
自分を提供したいと思っています。
被写体である私自身も、素材に過ぎないのです。
とりわけ近しいファンの方々に喜んでいただきたいという気持ちは強いです。
イベントやトークショーにわざわざ足を運んでくださる方々には、
参加費以上の幸せな時間を味わっていただきたいと思っています。
そのために密な交流を心がけています。

その内容は……その方々と私だけの秘密。
自分の活動について多くを語らず、
近しい人たちだけに見せる部分を大切にするのも、
自分の中で決めているルールです。

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2017年12月18日 (月)

逃げてばかりじゃだめ

もう二度と、あんな思いはしたくない。
そう思うと、人は動くことをやめてしまいます。
辛いことも、悲しいことも、一度経験すると、
その怖さが、忘れられなくなるからです。
だけど、そのままその場所にいても、たぶん状況は善くなりません。
誰もが乗り越える強さも、支えてくれるものも、きっと持ってるから。
人は、逃げてばかりじゃだめなんです。
過去に、負けてはだめなんです。

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どこまでも信じてくれた母

 【どこまでも信じてくれた母が歴史的科学者を育てた】
「母と過ごした時間は決して長くはありませんでしたが、
 母がああいう人でなかったら、私はグレていたかもしれません」
世界の発明王・エジソンは、晩年のインタビューで、こう語っています。

エジソンは、白熱電球や蓄音機、映画、謄写版、アルカリ蓄電池などを
次々に発明し、生涯に1200余りの特許を取得しています。
「グレていたかもしれない」子供を、偉大な発明家に育て上げた母親とは、
どんな人だったのでしょうか?

少年時代のエジソンは、好奇心が強く、いつも「バカげた質問」ばかりしていたといいます。
父親はうんざりしていましたが、母親は忍耐強く答えてあげました。
「お母さん、ガチョウは、なぜ卵の上に座るの?」
「温めてやるためよ」
「なぜ、温めるの?」
「卵をかえすためなのよ」
「卵をかえすってなあに?」
「ガチョウの子供を、殻の中から出してやることよ。 ガチョウはそうして生まれるのよ」
「それじゃ、卵をあったかくしておいたら、 ガチョウの子供は生まれてくる?」
「そうよ」
その日の午後、エジソンの姿が見えなくなりました。
家族であちこち捜し回ると、隣の家の納屋にいることが分かりました。
なんと、ガチョウや鶏の卵をいっぱい集めて巣を作り、うずくまって温めていたといいます。

8歳で小学校へ入りました。
しかし、彼には学校の授業が合わなかったようです。
興味のわかないものを無理に強いられることに、拒否反応を示したのでした。
後年、彼は、次のように言っています。
「わたしは学校ではどうもうまくいかなかった。 クラスでいつもビリだった。
 先生たちは、私のことを解ってくれないし、
 父は私をバカだと思っているのだ、と私はいつも感じていた」

学校に通い始めて三ヵ月ほど経ったとき、エジソンは校長から、
「あいつの頭は腐っている」と言われたのです。
彼は、怒って教室を飛び出して家に帰り、「もう学校へ行かない」と言い出しました。
母親は、じっと少年エジソンの表情を見つめました。
そして、何か心に決めることがあったようです。
翌朝、母親はエジソンを伴い、学校に向かいます。
そして、母親がとった行動が、その後のエジソンの運命を決定づけます。

翌朝、母親は、子供と一緒に校長のところへ行き、激しく抗議しました。
母は、わが子の能力が低いとは夢にも思っていません。
激論の末、息子を退学させ、自分の手で教育すると宣言したのです。
母は、朝の仕事がすむと、エジソンに読み書きと算数を教える毎日が始まりました。
やがてエジソンの興味が、科学に向いていることに気づいた母は、初等物理の本を与えました。
その中には、家庭で出来る科学実験が図入りで説明されていました。
彼は夢中になって取り組み、掲載されている実験をすべてやり遂げました。

10歳になると、化学への情熱も高まり、あらゆる化学薬品を集めてビンに入れ、
自分の部屋の棚に並べました。
小遣いは全部、化学薬品や金属板や針金の購入に使いました。
実験中に、自分の部屋で爆発を起こす騒ぎもありましたが、
母だけがエジソンを理解し、彼の才能が伸びる方向へ押し出してくれたのでした。
その後、エジソン少年は貧しい家計を救うために、
12歳の時には列車で新聞売りの仕事をやったり、
また耳が聞こえなくなるという苦難にも遭遇します。

しかし、あの日、校長から「頭が腐ってる」と言われた少年は、
あらゆるハンディをものともせず、次々と自分の夢を実現していくのです。
晩年に、エジソンはこう語っています。

「今日の私があるのは母のおかげです。
 母はとても誠実で、私を信頼してくれましたから、
 私は母のために生きようと思いました。
 母だけはがっかりさせるわけにはいかないと思ったのです」

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2017年12月17日 (日)

いのちとは

いのちとは、君たち一人ひとりに
与えられた時間のことだ。
今は自分の時間を自分のために使っていい。
でも大人になったら、
いつか他人のために時間を使ってください。
 日野原重明


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悲劇の主人公は

  【悲劇の主人公は】 アカデミー学院 学院長 舟田 譲二

「人のことを責め、自分の置かれている状況について不平を言う時はいつでも、あなたは自分を悲劇の主人公にしている。そして悲劇の主人公の役を演じることによって自らを無能な弱い立場に置いている。このネガティブな心理状態に留まり続けることを選択していると、信じられないような奇跡があなたの人生に起きることを事実上不可能にしているのです」
--ソニア・リコッティ、作家・スピーカー (訳 舟田譲二)


このような人は私たちの身の周りにけっこういるものです。
さまざまな出来事の中で自分はいつも悲劇の主人公になっているように思い込んでいます。
本人は自分では気づいていないのですが、このような考え方が癖になってしまっているのです。普通の人だったら、別にどうってことないことでも、その人は周りのみんなが寄ってたかって自分にひどいことを言っているとか、ひどいことをしているというふうに受け止めるのです。
本当は自分よりももっともっと不幸な人や気の毒な人がいくらでもいるのですが、そのところには目が行きません。


このような考え方をしていると、結局のところ自分自身が一番惨めになり、不幸になります。
さらに、その状態から抜け出せるような奇跡がいくらでも起こり得るのに、その奇跡が起きることすら自らの手で妨げているのです。


ソニア・リコッティは、幸せな人生を送るために次の12のステップを提唱しています。
このような生き方をすると、あなたも必ず幸せな人生が送れるようになり、ソニア・リコッティのように美しく輝けます。


1.自分の目標を書き出す
2.過去を洗い流す
3.赦す
4.「箱」から外に出る
5.人生の旅を楽しむ
6.前もって失敗する
7.健康的な食事をし、活動する
8.自分の知っている人の中で一番ポジティブな人になる
9.あなた自身の「光の輪」を生み出す
10. もっと愛する
11. 自分の内なる人に近づき、神とつながる
12. 本当に大切なことに焦点を当てる


いかがですか?
あなたもこのような生き方をしたくありませんか?

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2017年12月16日 (土)

刈り取りの法則

刈り取りの法則とは、
蒔いた以上の分を刈り取るということだ。

行動の種を蒔くと習慣を刈り取る。
習慣の種を蒔くと、品性を刈り取る。
品性の種を蒔くと、運命を刈り取ることになる
 ジェームズ・アレン、作家




「努力しています」という言葉

 【「努力しています」という言葉】 中谷彰宏さん
運のない人は、「自分はそこそこ努力しているんですが、うまくいきません。
どうしたらいいんでしょう」と言います。
この言葉自体、おかしいのです。

本当に努力している人は、「努力しています」とか「こんなに努力しているのに」とは言いません。
そういうことを言わない人のほうが、実際はたくさん努力しているのです。
「努力しています」と言うのは、「努力したから許してね」という甘えになります。
または、「こんなに努力しているのに、なんでうまくいかないんだ」と、逆恨みが起こります。

本当に努力している人は、自分の努力と工夫がまだ足りないと考えています。
「努力しています」という言う人は、ほかの人の努力や工夫が見えていません。
「自分のほうが努力している」「自分はこれだけやっているのに」と文句を言うのです。

日本人が好きな英語のフレーズに「do my best」があります。
運のある人は「do my best」とは言いません。
「I'll do my best」は、やる前から言いわけをしています。

「全力を尽くしますから、結果がでなくても許してくださいね」ということです。
運のある人は、「やるだけやってみます」とは言いません。
ひと言、「やりましょう」とだけ言います。
ゴールを目指して、ひたすら突き進むのです。
  『運のある人、運のない人』  ぱる出版

「自分は努力しています」という言葉と、
自分は「一生懸命やってます」、「大変なんです」、「頑張ってます」という言葉は同じ。
「努力」も、「一生懸命やっている」も、「大変なんです」、「頑張ってます」も、
みんな、まわりの人が言ってくれる言葉。
まわりがその頑張りを認めるからこそ、「頑張っているね」と声をかけてくれる。

世界中を見渡してみれば、自分よりもっと、努力している人や、一生懸命やっている人は、ゴマンといる
それを知らずに、「努力しています」と言うのはとても恥ずかしい。
そう思うなら、「自分はまだまだだな」と謙虚になれる。
どんな努力も厭(いと)わない人でありたい。

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2017年12月15日 (金)

物差し

「こいつは俺より下手だな」と思ったら、
 そいつはお前と大体同じぐらい
「こいつは俺と同じくらいだな」と思ったら、
 そいつはお前よりも上

「こいつは俺よりうまいな」と思ったら、

 そいつはお前の遥か先を行っている

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人生にとっての「大きな岩」とは

ある大学でこんな授業があったといいます。
『クイズの時間だ』
教授はそう言って、大きな壺を取り出し、教壇に置きました。

その壺に、教授は一つ一つ岩を詰めました。
壺がいっぱいになるまで岩を詰めて、彼は学生に聞きました。
「この壺は満杯か?」
教室中の学生が「はい」と答えました。
「本当に?」
そう言いながら教授は教壇の下から、
バケツいっぱいの砂利を取り出しました。
そして砂利を壺の中に流し込み、
壺を振りながら、岩と岩の間を砂利で埋めていきます・・・

そしてもう一度、聞きました。
「この壺は満杯か?」
学生は答えられません。
一人の学生が「たぶん違うだろう」と答えました。
教授は「そうだ」と笑い、
今度は、教壇の陰から砂の入ったバケツを取り出しました。
それを岩と砂利の隙間に流し込んだ後、
三度めの質問を投げかけました。
「この壺はこれでいっぱいになったか?」
学生は声をそろえて「いいえ」と答えました。

教授は水差しを取り出し、
壺の縁までなみなみと注ぎました。
教授は学生に最後の質問を投げかけました。
「僕が何を言いたかったのか分かるだろうか?」
一人の学生が手を挙げました。

「どんなにスケジュールが厳しい時でも、
 最大限の努力をすればいつでも、
 予定を詰め込むことは可能だということです」
「それは違う」と教授は言いました。
教授の説明はこうでした

重要なポイントはそこにはないんだよ。
 この例が私たちに示してくれる真実は、
 大きな岩を先に入れなさい、ということだよ。
 そうしないと、それが入る余地は、
 その後、二度と来ないということなんだ」
「君たちの人生にとって、”大きな岩”とは何だろう」
と教授は話し始めます。

「それは『仕事』であったり、『志』であったり、
 『愛する人』であったり、『家庭』であったり、
 『自分の夢』であったり・・・
 ここで言う”大きな岩”とは君たちにとって一番大事なものだ。

 それを最初に壺の中に入れなさい。
 さもないと、君たちはそれを永遠に失うことになる。
 もし君たちが小さな砂利や砂や、
 つまり自分にとって重要性の低いものから、
 自分の壺を満たしていけば、
 君たちの人生は重要でない『何か』に満たされたものになるだろう。

 そして”大きな岩”
 つまり自分にとって一番大事なものに割く時間を失い、
 その結果、それ自体失うだろう」
これから社会に羽ばたく学生に向けた、
教授のちょっとした”人生訓”でした。

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2017年12月14日 (木)

言葉

言葉はその人の人格そのものを、そして人生を形成します。
言葉を疎(おろそ)かにする人は、言葉で失敗します。
言葉で失敗する人は人生で失敗します。その逆もまた真なりです。

言葉こそが人を人たらしめる、神様が人に与えられた最大のプレゼントです。
言葉が人類のここまでの成長・発展を可能にしてきました。智慧のもとが言葉にあるからです。
人の言葉と動物の鳴き声とが根本的に異なるのは実にこの点にあります。
これからの人類の成長も言葉と共にあるでしょう。
  アカデミー学院 学院長 舟田 譲二



人生は短い

人生は短い。
恨みを持ち続けることは、自分の幸せを妨げる。
謝るべきときには謝り、手放せることは手放そう。
一か八かやってみること。
自分の人生に賭けてみよう。
自分のすべてを捧げて、後悔しないこと。

人生は短い。
不幸になっている暇はない。
いいことも悪いこともおきる。
悲しいときは笑って。
自分に今あるものを愛し、
自分にあったものを忘れないで。
忘れずとも必ず許すこと。

自分の間違いから、
学ぶことはたくさんある。
後悔しないこと。
人は変わっていく。
物や状況もしかり。
でもいつも覚えていて。
何が起ころうとも
人生は続いていくということ。

愛す。
放す。
許す。
後悔なし。



2017年12月13日 (水)

未来は過去の積み重ね

「今、このメッセージを読んでいるあなたへ。」
あなたは、人生で
さまざまなことを経験して
やっとここまで辿り着きました。

トラウマ、こころの傷、苦しみ、変化を乗り越えてきたからこそ、
あなたは今、生きているのです。
あなたは素晴らしい存在なのです。
そのことだけは絶対に忘れないで下さい。


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「いいね」と「すごい」はパワーワード

 【「いいね」と「すごい」はパワーワード】 小宮一慶さん
《上がりっ放しもなければ、下がり放しもない。
上がり下がりのくりかえしのうちに、人は洗われみがかれてゆくのである》(松下幸之助)

人生は、上がったり下がったりするものです。
同じ状態で、ずっと平穏なまま、ということはありえません。
いいときも悪いときもあるのが、普通です。

しかし、考え方を正しくしていると、
思ったより長いこと、上がっている状態をキープできるということは、あります。
前向きに生きて、あらゆることを受け入れ、喜びと感謝の気持ちを持つ。
そうして生きていると、成功体質へと変わっていきます。

ここで「前向き」を実践するコツを一つご紹介しましょう。
私は長年、経営コンサルタントの仕事をしている中で、成功する人の口癖を発見しました。
それは「いいね」と「すごい」です。

成功者は、人のいいところを見る才能があります。
そして自分より優れている点を、素直に讃え、それをうまく使うのです。
成功している人ほど、「いいね」と「すごい」を周囲に連発しています。

「いいね」と「すごい」を口癖にしていると、周りの環境がそういうふうに見えてくるということもあります。
肯定することによって、言われた人のモチベーションが上がるのはもちろん、
口にした人自身も前向きになれます。
半信半疑の人もいると思いますが、そういう人にこそ、何も考えずにまずは実践してほしいのです。

何事も否定から入る人と肯定から入る人とでは、まったく生き方が違ってきますよね。
同じものを見ても「よくない」「すごくない」と否定していると、
そのように見えてしまう上に、周りからも好かれるはずがありません。
どんなことにも感動して、褒めることのできる人が、成功を引き寄せるのです。
「いいね」と「すごい」を、積極的に口癖にしていくと、きっといいことがありますよ。
 『パワーワード』 主婦の友社

《楽観よし悲観よし。悲観の中にも道があり、楽観の中にも道がある》
松下幸之助氏の言葉だ。

「いいね」と「すごい」を連発できる人は、楽観の中にも「いいね」と「すごい」を見つけ、
悲観の中にも「いいね」と「すごい」を見つけることができる。
つまり、楽観はもちろんだが、悲観という、うまく行っていないときでも、
その中に生き筋や光明を見つけることができる。

他人を心から応援できる人は、「すごいなぁ」と感動して言うことができる。
反対に他人を応援しない人は、「ダメだなぁ」「ひどいなぁ」と他人を否定し、けなす。
感動や共感は肯定だが、非難や文句は否定。

「いいね」と「すごい」を口癖にしたい。

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2017年12月12日 (火)

人生がうまくいってしまう法則

「疲れた・忙しい」という言葉は
「頑張った・充実してる」に置き換えよう。
そして「ため息」が出そうになったら、
そのまま「深呼吸」に切り替えよう。
これだけで5年後の人生が大きく変わるから、
騙されたと思って意識して続けてみよう!

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感謝の心

 【感謝の心】
昔、仲の悪い嫁と姑がいました。
姑は、病気がちでいつも機嫌が悪く、事あるごとに嫁をいびります。...
「うちの嫁は、要領が悪くて、怠け者で……」
と本人に聞こえるように言うだけでなく、近所や親戚にも言いふらします。
夫は、嫁の前では、「お母さんは言い過ぎじゃないか」とは言うものの、
病気の母親の前に出ると口答えのできない人です。

嫁は姑にいびられるたびに、いい嫁になろうと努力します。
しかし、いくら努力しても、陰湿ないじめをやめない姑に次第に憎しみを募らせていきます。
遂には、いっそ姑が消えていなくなればよいと思うほどになりました。
そんな暗い思いをもつ自分に、嫁はまた苦しみました。

そこで、あるとき、信頼できる僧に自分の悩みを打ち明けます。
するとその僧は、こう言いました。
「そうか、ではお前の望みをかなえてやろう。
簡単なことだ。
この薬を姑の食事に少しずつ混ぜるのだ。
すると、姑の体はだんだん弱まっていき、一月もすると消えてなくなるじゃろう」
嫁は驚きました。
「……つまり、一月で死ぬということですか?」

僧は平然としていました。
「人は皆、死に向かっておる。
誰でも老衰する。

ただそれを早めるだけのことじゃ」
「でも……」
「ただし、この薬を使うにあたって一つ条件がある。
この薬を入れた食事は多少味が悪くなる。
姑に気持ちよく食べてもらうためには、食事を出すごとに、何でもいいから感謝の言葉を述べるのだ」
「感謝の言葉、でございますか?」 
嫁は食事に薬を混ぜるよりも、姑に感謝の言葉を口にする方がずっと難しいような気がしました。

家に帰ると、姑のいつもの突き刺すような目が待っていました。
「どこで油を売っておったのか、お前はいつも帰りが遅い、グズで要領が悪い」
などと姑から罵詈雑言を浴びせられました。
「申し訳ありません」嫁は頭を畳につけて謝ると、
台所に駆け込み、涙ながらに、
食事の支度にとりかかりました。

そして、良心の呵責を覚えながらも、僧からもらった薬を少しだけ混ぜて姑の前に出しました。
僧から言われたとおり、何か感謝の言葉を口にしなければなりません。
「お母さん……」
「ふん、なんだい、また同じようなおかずか。お前は料理が一向に上達せんの」
「はい、ありがとうございます」
「何?なんだって……」
「ありがとうございます」
「どういうことだ」
「私は、本当に料理が下手です。
ですから、お母さんが私の下手な料理でも食べてくださるだけで、ありがたく思うんです」

姑はちょっと不思議そうな顔をしましたが、黙って料理に箸をつけました。
そして、黙々と食べると箸を置く前に一言つぶやきました。
「今日の料理、ちっとはうまかったぞ」
嫁は驚きました。
なぜなら、初めて姑に誉められたからです。

そんなことがあっても、これまで積もりに積もった姑に対する憎しみが消えるはずはありません。
嫁は僧が言ったとおり、料理に少しずつ薬を混ぜ、姑に毎回必ず感謝の言葉を言うようにしました。

お母さんに、味噌汁の作り方を教えてもらったこと。
お母さんに、掃除の仕方を教えてもらったこと。
お母さんに、裁縫のコツを教えてもらったこと。
自分はまだ十分にできないが感謝していると繰り返し伝えました。
お母さんから言われてきた数々の叱責の言葉も、自分の励ましにしていきたいと感謝しました。
嫁は、始めは心にもない言葉を並べているように思えました。

しかし、毎日感謝の言葉を口にするたびに、自分の心が次第にほぐれていくのが不思議でした。
そうしているうちに、姑の嫁に対する態度が明らかに変わっていきました。
嫁を見るときの顔が柔和になってきました。
それどころか、陰で、嫁のことを誉めることもありました。

夫には「お前はいい嫁をもらった」と言い、
近所や親戚には「うちの嫁は息子が選んだだけあって、できた女だ」と自慢するようにもなったのです。
それに応じて、嫁は姑に対する憎しみが薄らいでいきます。
それどころか、病気がちで立つことも歩くこともできない姑の身になってみると、
これまでの自分に細やかな愛情が
足りなかったのだと気づかされました。

嫁の心に次第に激しい後悔の念が湧き上がります。
私は、あの姑を体よく老衰したように見せかけ、毒殺しようとしている。
なんという恐ろしいことだ。なんという罪なことだ。
いたたまれなくなった嫁は、僧のところへ駆け込みます。
そして、泣きながらに訴えます。

「お坊さま、私の間違いでした。私は、なんと罪深い女でしょう。どうかどうかお許しください。
お坊さま、ともかくお母さんを死なせたくありません。どうかあの毒を消す薬をください。
お願いいたします。お願いいたします」

泣いて頼む嫁に、僧は言いました。
「案じるな。あれはただ海草を粉にしたものだ。毒ではない。
毒を消す薬、と申したな。覚えておきなさい。
心の毒は、感謝することで消えるものじゃ。
どうやらお前の心にあった毒は、もうすっかり消えてしまったようだな」
 
出典元:読むだけで「人生がうまくいく」 48の物語 中井俊己著 
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感謝の気持ちは伝わるものなんですね。
自分が嫌だと思えば相手もそう感じるんでしょう。
心から感謝の気持ちが伝われば相手もそれに応じてくれる。
できそうでできていない「ありがとう」のことば。
感謝の気持ちを口にすることから始めましょう。



2017年12月11日 (月)

運命を変えるには?

『 運命を変えるには?』
もしもあなたが
生まれ変わりたいのなら
生きてるうちに
生まれ変われるほうがいいよ
- 作者不詳 -

場所変えても
自分から変わろうとしない限り
何も変わらない
- 厚切りジェイソン -

何かを失うと言うことは、
別の何かを得ること
- 渡辺和子 -

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集団化がモンスターを生み出すかも

「ひょっとしたら、集団化がモンスターを生み出すかも」
中学の頃、同級生に本屋の娘がいました。
何と、同じクラスの男子グループが、そこで万引を働きました。
防犯カメラが明確な証拠となり、
男子グループは警察に突き出されることになりました。

その後、とんでもない騒動が起きたのです。
「お前の親のせいで、希望の高校にいけなくなるかもしれない!
 お前が責任とれ!」
と本屋の娘をつるし上げる男子の仲間たちが出てきたのです。
どう考えても悪いのは万引きした男子グループなのに、
その親たちまでも騒動に乗じて、勝手な主張を繰り広げました。
「たった千円のことなのに子供の将来を潰す気か!」
「我が子と同じ学校に通っているのに生徒を警察に突き出すなんて、
 その本屋は何という人でなしか」
こんな言い分が、いかに手前勝手な理屈なのか、
普通一般の常識があればすぐに分かります。

しかし、集団になれば、大のおとなでも、
それが正しいと思える錯覚が起きるのでしょうか。
万引きの男子グループと親御さん達は、校長室まで直談判に臨んだのです。

『校長室にて』
校長は、万引きで捕まった生徒たちに向かって言いました。
「わかりました。では皆さん、
今からA(一番騒ぐ親、飲食店経営)さんのお店にいって、好きなだけ無銭飲食してきなさい。
Aさんは自分の子供と同じ学校の生徒なら、
将来のことを考えて警察にも通報しないし、損をしても気にしないそうです」
常識からはずれた人たちには、こんな表現で臨むしかなかった校長先生でした。

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2017年12月10日 (日)

決めるのは自分

我慢や無理をし続けると
いつかどこかで崩れおちるもの

諦めることへの言い訳より
続けるための理由を
探した方がいい

好きになるのも自分
嫌いになるのも自分
頑張るのも自分
頑張らないのも自分

行動を起こすかどうかを
決めるのは自分だけ
そこに他人の意志はない

続けたいと思うなら
最後までやり抜けばいい
辞めたくなったら辞めればいい

ただし後悔するのも自分自身
自由ってことは
そういうこと

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人のやる気を引き出すもの

 「人のやる気を引き出すもの」
アメリカのある会社で行った実験です。
1日の労働成果に対する報酬として「現金」「上司からめったにもらえないほめ言葉」「ピザの無料クーポン券」の3つを提示したところ、社員のモチベーションが最も上がったのはピザ、2位は僅差でほめ言葉だったそうです。
イスラエルの工場でも同じような実験を行なったところ、アメリカの会社と同じ結果が出ています。

実験の初日が終わったときに、従業員のやる気を最も引き出したのは「ピザ」。
次は、上司からの「よくやった」というメール。
最下位は、やはりボーナスで、お金が一番やる気を引き出さなかったということになります。
しかも数日後には、さらに意外な結果が待っていました。
報酬として現金ボーナスを提示されたグループは、
ピザ・ほめ言葉のグループに比べて13.2%も生産性が落ちたというのです。

現金の金額は30ドル。日本円で3000円未満ではありますが、臨時収入は金額によらずうれしいものです
しかし、その効果は一時的でしかないことがこの実験でも証明されています。
好きな食べ物をプレゼントされたり、上司から感謝されたりするのは、
人から与えられるという点では外発的です。
しかし、ここで注目してほしいのは、
「好きなもの」や「感謝」は、「お金」よりもやる気を引き出すということです。
  「与える人」が成果を得る 辻 秀一 著 ワニブックス

アイルランド生まれの冒険家“アーネスト・シャクルトン”
彼は1914年、南極大陸横断に挑戦するんですが、遭難してしまいます・・・
その後、極寒の地で救助を待ち、奇跡的に隊員全員が生還しました。
奇跡ともいえるでしょう。
そのシャクルトン隊長が、ロンドンで隊員を募集した時の新聞広告がこちらです。

求む男子。
至難の旅。
僅かな報酬。
極寒。
暗黒の長い日々。
絶えざる危険。
生還の保証なし。
成功の暁には名誉と賞賛を得る。
この求人広告に、5000人もの男が殺到したといいます。
人を動かすのは、お金だけではありませんね。

盛田昭夫氏と共にソニー創業者の一人として知られる「井深大(いぶか まさる))氏の言葉に、
「仕事の報酬は仕事だ。それが一番うれしい」
というものがあります。
良い仕事をしている人の元には、次から次へ、仕事が舞い込むでしょう。
「お金は後から」ですね



2017年12月 9日 (土)

漁師の精神

漁師の精神を
学ばなければいけない
漁師は釣れなければ
狙う魚を変え
道具を変え
場所を変える
いつも同じところに
じっとしていて
「魚が無いね」
と嘆いている
だけではダメだ
 飯田亮


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人生で最も大切なことを娘に教わりました

 【人生で最も大切なことを娘に教わりました】
2011年に63歳でお亡くなりになった作家の小林正観さん。

小林さんは、全国あらゆる所で講演活動を行い、
次のようなことを説いて回りました。
人間の生きる目的は、頑張ることでも、努力することでも、
何かを成し遂げることでもなく、
「喜ばれる存在になる」こと。つまり「頼まれごとをする」ことです。


その小林さんが、娘さんのことを記した一文があるので、
ご紹介したいと思います。
私には、知的障がいを抱えた長女がいます。
彼女は、普通の子供よりも筋力が足りないため、
速く走ることができません。
運動会の徒競走では、いつも「ビリ」です。


彼女が小学校6年生のとき、運動会の前に
足を捻挫してしまった友だちがいました。
長女はこの友だちと一緒に走ることになっていたため、
私の妻はこう思ったそうです。
「友だちには悪いけれど、初めて、ビリじゃないかもしれない…」


運動会を終え、妻はニコニコしながら帰って来ました。
私は「ビリじゃなかったんだ」と思ったのですが、
「今回も、やっぱりビリだった」というのです。
今回もビリだったのに、どうして妻は、
いつも以上にニコニコ嬉しそうにしていたのでしょうか

徒競走が始まると、長女は、足を捻挫した友だちのことを何度も振り返り、
気にかけながら走ったそうです。
自分のこと以上に、友だちが無事にゴールできるか、心配だったのでしょう。
友だちは足をかばうあまり、転んでしまいました。
すると長女は走るのをやめ、友だちのもとに駆け寄り、
手を引き、起き上がらせ、二人で一緒に走ったそうです。
二人の姿を見て、生徒も、父兄も、先生も、大きな声援を送りました。

そして、ゴールの前まで来た時、
娘はその子の背中をポンと押して、
その子を先にゴールさせた・・・というのです。
この話を聞いた時、私は気がつきました。

人生の目的は、競い合ったり、比べ合ったり、争ったりすることでも、
頑張ったり努力をしたりして「1位になる」ことでもない。
人生の目的は「喜ばれる存在になること」である。
私はそのことを長女から教わりました。

そして長女は、そのことを教えるために、
私たち夫婦の子どもになったのだと思います。


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2017年12月 8日 (金)

成功と失敗の差

成功する人と、そうでない人の差は紙一重だ。
成功しない人に熱意がないわけではない。
違いは、粘り強さと忍耐力だ。
失敗する人は、壁に行き当たったときに、
体裁のいい口実を見つけて努力をやめてしまう。
  ー稲盛和夫ー

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『赤ちゃんが乗っています』のステッカー

  「『赤ちゃんが乗っています』のステッカーの意味」
本当の意味を知っていますか?
このステッカーの意味は、
「赤ちゃんが乗ってるから、無理に近づいて事故おこさせないでね。」
という意味で、初心者マークと同じで、
「赤ちゃんが産まれたら貼りましょう。」
という風に思っていた方は、多いのではないでしょうか?
でも実はこんな話があったんです。

この赤ちゃんマークには、隠れた悲しき秘話がある。
それは80年代のアメリカで、高速道路を運転している女性が事故をおこしてしまう。
女性は重体となり、3日ほど意識が戻らなかった。
そしてなんとか意識を取り戻して最初に発した言葉は、
「私の赤ちゃんはどこ?」
であった。

しかし医者は女性に子供がいたとは認識しておらず、すぐさま警察に確認の電話をした。
警察もその存在を確認していなかったので、あわてて事故車両の中を探すと、
後部座席の下ですでに冷たくなっている赤ちゃんを発見する。
赤ちゃんには目立った外傷もなく、
母親と同時に発見されていれば、助かったであろう命だったそうだ。
この教訓を踏まえてあのステッカーは開発された。

そう、あのステッカーの本当の意味は、
「事故車両の中に赤ちゃんがいます。一番に助けてください」
という意味なのだ。
注意喚起の黄色でもある。
事故の際『真っ先に助けてください!』のサインであった。
確かに事故の場に居合わせたら、その存在に気づけますよね。
世の中たくさん標識にも裏話ありますが、安全運転で事故をおこさないのが一番です。

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2017年12月 7日 (木)

あなたが幸せかどうかは

他人と自分を比べてしまうのは、
しょうがない。
ただ、あの人のほうが
私より上だとか下だとか考えて、
幸せを他人との比較で決めるのは、
もうおやめなさい。
あなたが幸せかどうかは、
あなたの気持ち次第。
「自分は幸せだ」と思える人だけが、
幸せに人生を送れるんです。
ー 斎藤 茂太 ー

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暗いと思えば暗いし、明るいと思えば明るい

【暗いと思えば暗いし、明るいと思えば明るい】 小林正観さん
ある年の元旦に私は800枚ほどの年賀状をいただきました。
その中に数枚、これはちょっと二度は読みたくないと思うものがありました。
それは「不況」「暗い」「先行き不透明」「閉塞(へいそく)状況」「リストラ」「暗い出来事」「イヤな出来事」…
という言葉が文章のあちこちにちりばめられ、数行にわたって同じようなことが書かれていました。
「世の中は暗く、悲惨な出来事や暗い出来事ばかりが起きる時代である。そんな時代でもなんとかしなければならない。どうしたらこの暗い状況を打ち破ることができるか模索中であり、頑張りたい」というような文章です。

この年賀状をくださった方と会っても、あまり楽しい会話にはなりそうにない。
その人と話していても出てくる言葉は、「閉塞状況」や「悲惨な出来事ばかりの世の中」や
「いったいこの世の中、どうなってしまうんでしょうか」というような話に終始すると思うからです。
誰もが新年を明るく迎えたいという年の初めから、そんな気持ちが滅入るようなことを言う人とは、
その後も話をしたいとは思わなくなってしまうかもしれません。

宇宙の原理・原則として、「投げかけたものが返ってくる。
投げかけないものは返らない」というのがあります。
「愛すれば愛される。愛さなければ愛されない」
「嫌えば嫌われる。嫌わなければ嫌われない」

明るい1年のはじめの手紙(メッセージ)でありながら暗い年賀状を出す人は、そういう投げかけをした結果として、その人のそばには明るい心を持った人が寄ってこなくなってしまうのです。
そして、その暗い年賀状を何百枚も友人に送りつけた人は、その年、「なぜか明るい人が寄って来ないな。集まってくる人は暗い人ばかりだ」と思うのではないでしょうか。
当然、そうやって暗い言葉で時代分析をしている人同士で集まり、「そうだ、やっぱり暗いな」と毎日を嘆くような話ばかりすることになります。

一方で、「世の中は自分の取り方次第、決して暗いわけではなく、自分が暗いと思えば暗いのだし、
明るいと思えば明るいということ。楽しいと思えば楽しいんだ」と思っている人たちは、
同じように思っている人たちで集まり、楽しい話で盛り上がることになるのです。

私たちはよく「陰と陽」、「光と闇」というような言葉を使います。
しかし、よく考えてみると、「光」と「闇」とが50対50の同じ力を持っているのではないことに気づきます。
「光」と「闇」は等分に力を持っているのではなく、100対0なのです。
「光」が100で、「闇」は0。
「闇」は「光」に対抗する力をまったく持っていません。
「光」がなくなったときだけ「闇」は存在できるのです。
「闇」には独立した力があるわけではない、ということを、ぜひ知ってほしいと思います。

人生を歩んでいくとき、そこが「闇」だったとしても、自分自身が「光」となれば、そこは光るのです。
もし、私たちがいつも「嬉しい」「楽しい」「幸せ」「愛してる」「大好き」「ありがとう」という言葉を言い、
笑顔と優しさにあふれていたら、歩む道すべてが光に満ちあふれることになるのです。
《世の中を 暗い暗いと嘆くより 自ら光って 世の中照らそう》
 『ただしい人から、たのしい人へ』 廣済堂出版

小林正観さんは「明るさ」についてこう語る。(22世紀への伝言)より
『明るさとは、陽気で社交的、冗談も上手というような人が、ここで言う明るい人なのではありません。
人々を慈しみ、希望や展望を与える人です。
そこまでできなくても、「不平不満」「愚痴」「泣きごと」「悪口」「文句」の五つを口にしない人のことです』
未来を明るく語れる人は、明るい人。
未来を暗く語る人は、暗い人。
どちらの人が魅力的なのかは言うまでもない。
明るい人は、人に希望の灯をともすことができる。
自ら光って、明るく、たのしい人になりたい。

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2017年12月 6日 (水)

継続がもたらすその大きすぎる力

『 継続がもたらすその大きすぎる力 』
・ 小さな積み重ねが
  大きな目標を達成する

・ 取り組み続けることそのものが、
  優れた能力
・ 継続が経験の蓄積へつながる
・ 「努力の継続」
  がなければ成功はない


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人間関係を良くする名言

 『 人間関係を良くする名言 』
(1)
足を滑らせても
すぐに回復できるが、
口を滑らせた場合は
決して乗り越えることはできない
- ベンジャミン・フランクリン -

(2)
良い時も、悪い時も同じ態度で
接してくれた人だけ信じられんだ、
そういう人と一生つきあっていきたい
- 落合博満さん -

(3)
自分が他人にしてほしいと
思うことを、他人にも同じように
してやるべきではない。
その人の好みが自分と一致するとは
限らないからだ
- バーナード・ショー -

(4)
他人に花をもたせよう。
自分に花の香りが残る。
- 斎藤茂太さん -

(5)
人の長所が多く
目につく人は、幸せである
- 松下幸之助さん -

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2017年12月 5日 (火)

心の掃除をしましょ

「心の掃除をしましょ」
部屋の掃除を
おろそかにしていると
疲れは
ますますたまってきます。

あなたが暮らす部屋と
あなたの心身は
つながっているのです。

掃除の時間は
心を振り返る時間。

心の掃除をする時間だと
考えてください。
 BY 江原 啓之さん(作家、オペラ歌手)

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父親不在の授業参観日

 【父子家庭の私は、父親不在の授業参観日に「親」についての作文を発表した】
私の父は、男手一つで私を育ててくれました。
母の居ない私に寂しい思いをさせまいと父は必死だったと思います。
いろいろと体の違いや考え方の違いもありますし、男の父が女の私を1人で育てるのにはかなり苦労したようです。

当時、私の父は貿易会社に勤めており出張を繰り返す日々でした。
その為、家に帰ってくるのはいつも遅く、私が寝てから帰宅というのがほとんどでした。
でも、私の誕生日には、毎年大きなケーキと大きなぬいぐるみを持って早く帰ってきてくれました。
二人だけの誕生日会。それはとても質素な誕生日会でしたが私には本当に暖かく、かけがえのないものでした。 なので毎年その日が待ち遠しく、私は誕生日までの日にちを数えたりしていました。

私が小学校に通っていた頃、授業参観がありました。
低学年の頃は、父に私の学校での生活を見て貰いたくて、ずっと来るようにお願いしていましたが仕事の都合で一度も来て貰えませんでした。
高学年になると、父の仕事の事情もわかり、
わがままを言って父を困らせてはいけないと参観日や学校行事の話をしなくなりました。
そんな中、授業参観の日にクラスの子は、親が来ると恥ずかしいのか母親などに
「絶対に来ないでっていったのに!」
「どうしてきたの?」
など言っていました。

私はそんなことを言えるクラスメイトが羨ましかった。
父がもし来てくれたら私もそんなこと言うのかなと考えたりしました。
そんなことを考えるたびに父の仕事を恨みました。

小学校六年生の時でした。
その年の誕生日、父は早く帰って来ませんでした。
私は父の帰宅を我慢することが出来ず寝てしまいました。
翌日、枕のそばに大きなぬいぐるみがありテーブルの上には大きなケーキがありましたが、
肝心の誕生日会をしていないということで朝から私は父とケンカをしました。

ケンカといっても一方的に私が怒っているだけ。私は本当に心ないことをたくさん言いました。
「参観日にも来られないなんてお父さんは親の資格なんてない!」
「お父さんは本当は私の事が嫌いなんでしょ!?」
父は言い返しもせずにただだまって聞いているだけでした。
その事に無性に腹が立ちました。

そのころ家事などを父と私で分担していたのですが、怒りにまかせて数日間全て放棄してしまいました
数日後、やっと怒りも冷め、私は元の生活に戻りましたが父は普段より忙しくなっていました。
父は、「これからちょっとの間、帰りがいつもより遅くなるから先にご飯を食べて寝てなさい。」

と言いました。

ケンカの事を怒ってるのかと思いましたが、どうやら本当に忙しくなったらしく
私はちょっと前に捨てた参観日案内のプリントの事を思い出し「今年も無理だなぁ」と思いました。
参観日が近づき、その授業内容が自分の親についての作文を発表する事だったので
その作文を書くという宿題が出されました。
私はちょっと前にケンカをしたこともあり、一生懸命その作文を書きました。

私は自分の思っていたことをそのまま言葉に。
母が小さい頃に他界したこと。
父は仕事でいつも帰ってくるのが遅いこと。
たまの休暇も疲れているので遠出をしないこと。
授業参観も仕事が忙しくて来れないこと。
でも誕生日には、とびっきり大きなケーキとぬいぐるみを買ってきてくれること。
そんなお父さんのことが大好きと言うこと・・・・・・。

参観日の当日、父はいつも通り出勤、私もいつも通りに登校。
なんて事はない、普通の一日のはずでした。
参観日は、事前に提出した宿題の作文の中から、先生が数人選んで発表していくという形でした。
私は、たまたまその中に選ばれて発表しました。
私は父の来ていない参観日に、こんなものを読んでも意味がないと思っていました。
読んでいるだけで空しさがこみ上げてくるのです。
読み終わり、たくさんの拍手を貰いました。
でも、私は父の拍手が欲しかった。他人の拍手なんて私にはなんの価値もない物だったから。
そして授業が終わり、そのままクラス会をして、来ていた親と一緒に帰宅という流れでしたが、
いつも父の来ない私には一緒に帰る友達を奪われるだけのつまらない日でした。

1人で帰るのかと思うと本当に泣きそうでした。
ぐっと堪え、校門を出たとき、父が立っていました。
私は突然のことで頭の中が真っ白になったのを覚えています。
父は笑いながら
「お前の作文を聞いたぞ。
 いつも寂しい思いをさせて本当に悪かったな。
 父さん、一番大きな拍手をしたんだぞ。」
私は我慢できなくなって大声で泣きました。

一緒に歩いて家に帰り、その日の晩は、前できなかった誕生日会をしました。
大きなケーキはなかったですが父の手料理は、ケーキの事を忘れさせるほど美味しかったです。
その日は本当に幸せでした。
父がここ数日忙しかったのは参観日の休みを取るためでした。

しかし、私は不思議に思いました。
父には一切、参観日の話をしていなかったから。
私は父にどうして参観日の事を知ったのかと聞きました。
父は
「お前が家事をしなかった時、ゴミ捨ての為にゴミを集めていたら、

たまたま捨ててあったプリントを見つけたんだ。」
私はなるほどと思いました。
あの時の事がこんな風になるなんて夢にも思いませんでした。
父は私に
「お前の作文、父さんにくれないか?」
と、言ってきました。
私は恥ずかしかったのですが、どうしてもというのでプレゼントしました。

少し前、私は結婚式を挙げました。
その式で父はあいさつの時に、私があげたあの作文を読みました。
初めはそんな物がまだ残っているなんて信じられずびっくりすると同時に自分の作文が読まれていることがとても恥ずかしかった。
しかし、涙で声をにじませながら私の作文を読む父の姿に私は泣くことしかできませんでした。
「ただの紙切れが父にとっては何物にも代え難い宝なんだよ」と聞かされたときは本当に嬉しかったです

今、私は父と離れて旦那と新婚生活を送っています。
父は
「うるさいのが居なくなって家が広くなってええわ。」
と、言っていますが本当は寂しいって事も知ってます。
お父さん、いつも強がりばっかりだったから。
たくさん苦労をかけました。たくさん助けて貰いました。
なのでこれからは私が父を助けていこうと思います。
だからお父さん、これからも元気でいてくださいね。

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2017年12月 4日 (月)

人間関係の一番の敵は

人間関係の一番の敵は
「無理をする」こと。
無理をして他の人に合わせていると、
絶対に良くないと思うな~。
他人なんてしょせん他人だから、
あなたのことをそんなに
真剣に考えていないもんだよ



自分は幸運だと思うか不運だと思うか

 【自分は幸運だと思うか不運だと思うか】 マーク・レクラウさん
なぜ一部の人はいつも幸運に恵まれ、その他の人たちは不運にさいなまれるのか?
イギリスの著名な心理学者リチャード・ワイズマン博士は「運」について研究し、次のような結論に達した

「運というものに科学的な根拠はない。唯一の違いは、自分は幸運だと思うか不運だと思うかである。
言い換えれば、自分にいいことが起こると予想するか、悪いことが起こると予想するかである」
これは非常に含蓄のある言葉であり、肝に銘じる価値がある。
ワイズマン博士はどうやってこんな結論に達したのだろうか?
ある研究で、被験者たちに新聞を通読し、掲載されている写真の数を数えるように指示した。

自分は不運だと思っていた人たちは答えを出すのに平均2分かかったが、
自分は幸運だと思っていた人たちはほんの数秒で答えを出した。
なぜなら、その新聞の2頁目に大きな字で「この新聞には43枚の写真が掲載されている」
と書かれていたからだ。
その答えはあまりにも明白だったが、自分は不運だと思っていた人たちはそのメッセージを見落とし、
自分は幸運だと思っていた人たちはそれを見た。

さらに、博士は新聞の中ほどに「実験者に『これを見た』と言えば250ドルが当たる」
という別のメッセージを書いておいた。
やはり、自分は不運だと思っていた人たちはチャンスを見落とし、
自分は幸運だと思っていた人たちはチャンスをつかんだ。

このように、幸運か不運かは、
いいことが自分の身に起こることを予想しているかどうかという問題にすぎない。
ネガティブな物の見方をしているかぎり、脳はチャンスに気づかないのだ。

物の見方がポジティブなら、脳はチャンスを見つけてつかむことができる。
繰り返すが、私たちの予想が現実をつくり出すのである。
よい結果を予想するなら、脳はそれにいち早く気づくことができる。
《幸運な人は幸運が訪れるのを待つのではなく、創意工夫して自分で幸運を創り出す
 (タル・ベン・シャッハー/心理学者)》
 『習慣を変えれば人生が変わる』 ディスカヴァー

松下幸之助翁の運についての話がある。『啼かなくていいホトトギス (中経の文庫)』より
『商品を運んでいる少年時代に、路面電車のレールに自転車のタイヤが滑ってしまい、
転んでしまったそうです。
路面電車はすぐに気がつき急停車し、体の前で止まってくれました。
「電車も止まってくれたし、まわりの人も商品を拾って集めてくれて、わしは運が強い」と言い続けたそうです。
さらに、大阪湾内で、夏の日に海に落ちたこともありました。
この時も船が気がついて、松下少年は事なきを得たのですが、このときも「わしは運が強い」と言い続けました。
「もし冬の日だったら、病弱な自分は助からなかっただろう。落ちたのが夏でよかった。
わしは運が強い。運が強かった」と言い続けたそうです』

本当に運がよければ、自転車で転ばなかっただろうし、海に落ちたりはしない。
しかし、その起こったできごとをどう捉えるかで運命は変わる。
「私は運がいい」と思うか、「私は不運だ」と思うのか。

自分は、運がいいと思えば、運がいいことを脳は探し始める。
不運だと思えば、不運なことを探す。
「自分は幸運だ」、といつも思える人でありたい。


2017年12月 3日 (日)

失敗の数だけ

失敗は恐いけど
成長したいので
やってみる。

困難は嫌だけど...
感動は欲しいので
もう逃げない。

恐くても
逃げ出さない、

守るべきものを守れる
勇気ある人間になる。

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十字架背負う加害者家族

 【白石容疑者の家族が姿を消した… 十字架背負う加害者家族】
社会は何を期待しているのだろうか…
社会が生み出して、社会が排除する。この循環は続いていく…
排除を止めない限り、自分で自分の首を絞めているようなものなのに…

 「白石容疑者の家族を待ち受ける苦難」

神奈川県座間市のアパートで男女9人の遺体が発見された事件で、同アパートに住む白石隆浩容疑者(27才)が逮捕された。このアパートから徒歩15分のところにある白石容疑者の実家には父親が住んでいたが、事件後はその姿が見えなくなったという。また、実家から離れて暮していた母と妹もまた、事件発覚数日後以内に、家から姿を消した。

 白石容疑者が犯した罪は彼自身が償うべきであり家族に責任は一切ないが、ひとたび事件が起こると、加害者家族の人生も180度変わることも事実だ。加害者家族を支援するNPOワールドオープンハート理事長の阿部恭子さんが言う。

 「重大事件の場合の親はほぼ100%転居を余儀なくされ、仕事も辞めています。莫大な損害賠償を求められるケースも多く、被害者と違って経済的な補償もなく、日常生活が立ち行かなくなることもあります。心理的な負担も大きく、普段の生活で笑うことも憚れ、クリスマスやお正月のイベントも一切せず、ささやかな娯楽もやめて喪に服すような生活をする家族も多い。もちろん就職や結婚に影響が出るケースもいまだにあります」

 実際、世を賑わせた大事件の加害者家族のその後は厳しい。1997年の神戸連続児童殺傷事件では、少年Aの逮捕後、マスコミから避難していたAの両親が自宅に戻ると、「お前たちが交尾してできた化け物の責任を取れ」とのはがきが舞い込んでいた。

 「その後、両親には1億4000万円の損害賠償を命じる判決が出ました。30年以上勤務した職場を追われた父親は、Aの2人の弟の通学問題を考えて妻と協議離婚。母親に引き取られた弟たちは人目を避ける生活を強いられ、四国や和歌山を転々としました」(事件に詳しいジャーナリスト)

 「加害者家族が自ら命を絶つケースも少なくない。」

 「2008年の秋葉原通り魔事件では発生から6年後に犯人の弟が週刊誌の取材に応じ、『加害者の家族は幸せになってはいけない。それが現実。ぼくは生きることを諦めようと決心しました』と苦しい胸中を明かし、1週間後に自殺しました。1989年の連続幼女誘拐殺人事件の犯人・宮?勤の父親も事件から5年後に飛び降り自殺しました」(前出・ジャーナリスト)

 2006年の秋田児童連続殺害事件の犯人・畠山鈴香(44才)の弟は、事件からおよそ2年後に本誌・女性セブンの独占取材に応じた。
 弟は事件当時にモザイクなしでテレビに映り、運転代行の仕事中に見知らぬ客から、「テレビで見たぞ。お前、人殺しの弟なのによく笑っていられるな」と罵倒された。交際中の女性を巻き込みたくなくて自ら連絡を絶ち、のちに仕事を解雇され、生活保護を受けるようになった。弟は記者にこう語った。

「仲のよかった友達もみんな離れていき、ショックで人間不信になりました。今は友達も親戚もゼロです」

重大事件では遺族はもちろん、加害者の家族も重い十字架を背負うことになる。
 ※女性セブン2017年11月23日号

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2017年12月 2日 (土)

おやすみの理由

お客様各位

家内に誕生日に
何か欲しいと聞いたところ
「休みが欲しいです」と言うので
誠に勝手ながら
本日11月26日(日)
お休みさせてください。
申し訳ございません。

やきとり本舗・亭主

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「やりたい仕事がみつからない」は図々しい

 【「やりたい仕事がみつからない」は図々しい】 ビートたけしさん
リクエストに応えて人生相談にちょっとだけ真面目に答えてみようか。

―「やりたい仕事が見つかりません」
いきなり参っちゃうね。
まあ若い奴なんだろうけど、はっきり言うと、「やりたい仕事が見つからない」ではなくて、
やりたくてもそれに見合った実力がないだけ。

おいらも芸人や漫才師が「やりたかった仕事」だったわけじゃない。
たまたま偶然そうなっただけであって、
本当はプロ野球選手やノーベル賞を取れるような学者になりたいと思ってた。
けれど、身体が小さかったり、大学行って「研究者は無理だな」なんて悟ったり、
自分にその実力がないことはすぐにわかったからやめた。

「やりたい仕事が見つからない」というのは、実は図々しい考え方なんだね。
よくモデルやタレントを募集する時、「あなたが似ていると思う芸能人を書いてください」とか
履歴書に書かせるけど、あれと似ている。
昔だったら山口百恵だとか松田聖子だとか書くんだろうけど、
そいつの写真を見てみると似ても似つかない。
いかに図々しいというか、身の程を知らないというか。

図体もデカいし足も速くて、そこそこセンスもある。
そういう奴が「将来はプロ野球選手になりたい」と憧れるのは悪いことじゃない。
キャッチボールもまともにできないのに、「野球選手になりたい」というのは正真正銘のバカだけど。

中学、高校ぐらいまで野球を続けていれば、自分にそこまでの能力があるかないかなんて、すぐわかる。
そこで大体、芯から挫折を味わうべきなんだ。
負けることを知らず、現実も見ないで「やりたい仕事が見つからない」と嘆くなんて図々しいにも程がある

大体周りの大人もいけない。
「夢をあきらめちゃダメだ。希望を捨てずに努力をすれば、きっと夢は叶う」―なんて、
安っぽい曲の歌詞みたいなことばかり言っているからダメなんであって、現実を直視させなきゃいけない
そんな欺瞞にみちた言葉に騙される奴がたくさんいるから参っちゃう。

金もないのに、宝くじ買うバカも同じ。
「いずれ当たると思って買わないと、当たるものも当たらない」なんてバカ野郎。
そんな非科学的なことを言ってるんだったら、確率論を勉強しろ。
その辺りを歩いて隕石に当たって死ぬ確率よりも低いんだから。

「いいじゃないの。お金じゃなくて夢を買いにいってるんだから、おおきなお世話」
そんな声も聞こえてきそうだけど、結局、厄介なのは「夢がいいものだ」
という間違った考え方がはびこっていることだろう。
こういう考え方を広める安っぽいJ-popの歌詞は、早くこの世から消えて欲しいよ。
弱者を救済するふるをして、ちょっとその気にさせてから、
いざとなった時に落とす―バカを調子に乗らせて金儲けしようというんだから、一番たちが悪い。

おためごかしで「夢をあきらめないで」「希望を捨てちゃダメだ」「君はもっと強くなれるよ」なんて、
甘っちょろいことを歌っている奴を信用しない方がいい。
それを真に受けて社会に出て、すぐに「こんなはずじゃなかった」「やりたい仕事がない」って、
本当にバカ野郎だね。
 『バカ論』 新潮新書

多くの人は、自分のやりたい仕事を探す。
しかし本当は、「やりたい仕事」より、「必要とされる仕事」に就いた方がいい。
「是非、来て下さい」、と頼まれるような仕事だ。

それはおそらく、自分の望んだ仕事とは違うのがほとんど。
しかし、自分が思ってもみなかった仕事だからこそ、そこにチャンスや運が潜んでいる。
なぜなら、「運は自分の予期しない違う方向から飛んでくる」、からだ。

たとえばそれは「幸せは、不幸の顔をしてやってくる」と言い換えられるかもしれない。
予期せぬ偶然の出来事を大事にして、その流れに乗っていくと、いつしか幸運にたどりつく。
そこで大事なのが、予期せぬ出来事にたいして「文句」「グチ」「泣き言」「不平不満」などを言わないこと。
もっと言うなら、機嫌よく、ニコニコしてその仕事に取り組むこと。

やりたい仕事より、必要とされる仕事に


2017年12月 1日 (金)

威張ってる人は

威張ってる人は心の奥底では
「自分は人より劣っている」と感じている。
それを隠すために無理に強く振舞っている。
本当に自分に自信がある人は、威張らない。
無理に自分を強く見せる必要などないから。
どちらかというと「威張ってる人は可哀想」
と思ってもそれほと差し支えはない。
だから「威張ってる人、嫌い!恐い!」よりも
・・
「いつも頑張ってくれてありがとう」や
「人よりも劣ってなど、いませんよ」等である。
その感謝や、支援、承認の気持ちは、
その人物が素直さ謙虚さを取り戻せる
1つの支え、きっかけ、助けとなる。

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人間は 不思議な生き物

人間は 不思議な生き物です。
未婚だと、
結婚したい と言いながら
・・・
結婚すれば、
夫の愚痴 を言い
未婚のままだと、
この年齢でも子供ができるかしら
と 不安になり
・・・
結婚すれば、自由がない、
子供のためだから離婚できない
と不自由に感じたりしながら
二極の間を
行ったり来たりしています。

・・・
でも
今 与えられているものを、
もっとしっかりと見つめてみると、
小さな幸せが
たくさん見つかるかもしれません。
・・・
僕たちが時間の中で体験するすべては、
二極性の中で体験することです。
「冷たい」がなければ、
「熱い」をどのようにして知るのでしょうか
・・・
「短い」がなければ
「長い」を、
・・・
「閉じる」がなければ
「開く」をどのようにして知るのでしょうか
・・・
これが真実なら
「幻想」がなければ
「真実」を
・・・
「不自由」がなければ
「自由」を
・・・
「恐れ」がなければ
「勇気」を
・・・
どのようにして知るのでしょうか。
この相対性(二極性)は
虹のように、本当は幻想なんだけど、
時に 自分を成長させてくれる
教師のように感じることもあります。
・・・
だから
もし あなたが「悲しみ(闇)」 体験したとき、
それは 「喜び(光)」を経験するために
創ったということを思い出してください。
・・・
もし あなたが、「拒絶」 を 体験したとき、
それは「受容」 を経験するために
創ったということを思い出してください。
・・・
もし あなたが 「孤独(差別)」 を 体験したとき、
それは「分離のなさ(平等)」を 経験するために
創ったということを思い出してください。
・・・
もし あなたが、「痛み」 を 体験したとき、
それは 「感謝」 を経験するために
創ったということを思い出してください。
・・・
もし あなたが「苦しみ」を体験している時
それは 「苦楽を超えたもの」 に気づくために
創ったということを思い出してください。
・・・
    ( しみず たいきさん)より引用



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