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2017年6月の61件の記事

2017年6月30日 (金)

できない理由

できない理由を
忙しさのせいにしたとき、
心が亡くなる。

できない理由を
歳のせいにしたとき、
歳が老いる。

できない理由を
誰かのせいにしたとき、
自分がわからなくなる。

何かのせいにした言い訳が
全部自分に返ってくる。

できない理由を
自分のせいにしたとき、
できる自分が返ってくる。
 - DJあおいさん

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自分を好きになれる、魔法のメッセージ

【 自分を好きになれる、魔法のメッセージ 】
目の前に1枚の紙があります。
あなたが紙の片面を「こちらが表

と定義するとき、同時に
「裏」が生まれます。

あなたが「生」まれたとき、
同時に「死」が生まれました。
あなたが何かを「美しい」
と思ったとき、同時に「醜い」
ものも頭の中に生まれました。

もし世界に「男性」がいなければ、
自分が「女性」だとはわからない。
「善-悪」「強-弱」「高-低」
「勝ち-負け」「出逢い-別れ」
それらは別々のものではなく、
すべてワンセットであり、
互いに支えあっている。

凍える寒さを経験した人は、
日差しの暖かさを知っていて
病気を経験した人は、
健康への感謝を知っていて
飢えを経験した人は、
一膳のご飯の美味しさを知っていて
孤独を経験した人は、
絆の大切さを知っていて
絶望を経験した者は、
希望のありがたみをよく知っている。

でも、自分の弱さを認められない人は、
他人の弱さを受け入れることもできず 、
自分の弱さがわからなければ、
自分の強さにも気づくことができないのです。
光が美しく輝くことを 支えているのは
「闇」であり、 光が存在できるのは、
闇がそこに在るからです。
あなたの光の部分を引き出すために、
まず闇の部分を受け入れよう。
これは、闇を好きになれ、
という意味ではありません。
好きになるのと、存在を
認めるのとでは、まったく違います。

長所(光)と短所(闇)、両方あるからこそ、
この人なんだと認めてあげること。
自分のダメなところ、カッコ悪い
ところは、素直に認めればよいのです。
そうやって プラスもマイナスも
両方を受け入れ、それでよいのだと
自分を許してあげると
心の余裕が生まれる。
心に余裕が生まれると、
そのマイナスの欠点から
魅力的な人間力がにじみ出てくる。
そうなれば、人はどんどん、
活き活きと輝いてきます。


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2017年6月29日 (木)

「気をつけて」って言うと

出かける前に「気をつけて」って言うと、
事故にあう確率が本当に減るみたい。
大切な人がどこかに行く時は言ってあげよう。
言葉の力って本当にすごいですね!
みんなも気を付けていってらっしゃい。

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口にしてはいけない言葉

一瞬で人を不幸にする恐ろしい言葉とは?
口にしてはいけない言葉と理由について
どうしても知ってほしい言霊の偉大な力!


■言葉にはとてつもない力がある?!
日本語には、言霊という言葉があるくらい普段何気なく使っている言葉にさえも強い力があります。ですので、良い意味でも悪い意味でも私たちは言葉に影響されています。
しかし、どんなに人間的に素晴らしい人でも意識しないと本当に自分を悪い方向へと導く言葉を使ってしまうんですよね。特に疲れていて心に余裕が無いときは要注意です。
ですので、今回は使ってはいけない自分自身を不幸にする呪いの言葉について解説させていただきます。これらの言葉(類似語を含めて)を使わないだけで人生が好転します。

■ (1)忙しい
いきなり「えっ?」と、思われた方も多いかと思います。「忙しいんだから忙しいといって何が悪いんだよ」といったことをよく言われますが、心がどんどん苦しくなります。
よく忙しいという字は心を亡くすといったことを耳にしますが、忙しいを繰り返しいうことによって、ある日を境に忙しいという言葉を発する度に気分が落ち込みます。
忙しい=辛い、大変、苦しい、余裕が無い状況に身をおいているわけですから当然ですね。
つまり忙しいを言えば言うほど苦しいことがやってくることになります。
そして、だんだん自分のやりたいことができなくなります。というのも次第に「忙しい」を全ての言い訳として使う用になるからです。これでさらに苦しい状況に追い込まれます。

■ (2)~してしまった
「~してしまった」という言葉を言うことによって人は自分自身に罪悪感を植えつけます。
これが実にやっかいで罪悪感を植えつけることで自分を正当化しようと考えます。
しかし、この罪悪感こそが「幸せ」を気づけなくしてしまうのです。

本当は誰の目から見ても幸せなはずなのに、それに気づけないということは、これから起こりえる幸せを見逃してしまうことになりますので、幸せは遠のくばかりです。

■ (3)できない、めんどくさい
できない、面倒くさいは本当に気をつけなければなりません。自分自身の可能性を消すどころか、本来自分の所に来るべきチャンスが他の人の所にいってしまいます。
例えばあなたは今の職場で本当はもっと大きな仕事がしたいと普段から考えていると仮定します。しかし、「できない」、「めんどくさい」を多用していたらどうでしょう。
それを見ている人たちがあなたに大きな仕事を任せたいと思うでしょうか?。まず思わないはずです。どうでもいい仕事だけしか任せたいとおもわないはずです。
ですので、自分自身を成長させたい、飛躍したい、成功したいと考えているのであれば、この「できない」、「めんどくさい」は絶対に使ってはいけません。

■ (4)~してあげたのに
してあげたのには、あたなのこれまでの善意すべてが単なる取引にしてしまう恐ろしい言葉です。しかも自分が相手に対してやったこと以上の見返りを求めてしまいます。
そうなると当然あなたは満足することはありません。「自分はこんだけしてあげたのに、たったこれだけ」となってしまうので、人間関係にも悪影響を及ぼします。
それもそのはず、そんなことを普段からそんなことを言ったり考えている人たちと付き合いたいとは誰も思わないからです。最終的にはどこでも孤立することでしょう。

■ (5)死●(伏せさせていただきました)
これだけは紹介するのをやめようかなと思っていたくらい、怖い言葉です。残念ながら「死●」という言葉はネットの世界では当たり前のように使われていますよね。
本当に悲しいことなんですが、この言葉にショックを受けて自ら命を絶ってしまう人がいます。それくらい本当に一瞬で人を不幸にする大変恐ろしい言葉です。
ところで、脳は主語を理解できないという事実をあなたはご存知ですが、つまり相手に対していったことでも脳は他人言ったのかか自分に言ったのか区別が付かないのです。
この言葉を繰り返していたら、自分に対してそのように望んでいるのかと、脳は勘違いしてしまい、そのような思いにかられる嫌な出来事が次々と起こるかもしれません。

■ いい言葉を心を込めて言う
言葉は発した瞬間から、自分と周囲の人たちに大きな影響与えるので、毎日色々あって大変だと思いますが、どうぞいい言葉を感情をしっかりこめて使うように心がけて下さい。しかし、いきなり言われても難しいですよね。
「ありがとう」、「ごめんなさい」、「いってらっしゃい」、「おかえりなさい」、「いってきます」、「ただいま」、「おやすみなさい」、日常生活で当たり前のように使われる、これら7つの言葉だけでもいいので、心を込めて言ってみてください。 
  「斎藤一人 どうしても知ってほしい言霊の偉大な力」


2017年6月28日 (水)

すてきな心掛け、学んだ相手は

 【すてきな心掛け、学んだ相手は】

 旅行会社に入ってすぐ、東京ディズニーランドが開業しました。
最初は駐車場でバスの団体客に入場券を配る仕事。
「一か月続くと「いつまでこんな仕事を」と落ち込み、会社を辞めたくなりました。

 その駐車場にバスを誘導しながら笑顔で楽しそうに働いている女性がいました。
「ミッキーやドナルドと働けなくて残念やね」と言うと、
「いいえお客様が最初に出会うキャストが私なのです。こんな素敵な仕事はないですと」。
なるほと。

 翌日から私も笑顔で「こんにちわ~」とやってみた。
するとお客様から、「ご苦労様」「ありがとう」という反応。びっくりです。
自分の意識と行動を変えると、相手の反応も変わることに気づきました。

 それから34年、その女性は、私が家に帰ると「お帰り」と迎えてくれます。

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人生のピンチのときに天使があらわれる

 【人生のピンチのときに天使があらわれる】 
       みやざき中央新聞 魂の編集長、水谷もりひとさん

32歳のその女性は実家に帰省するため、1歳の幼子を連れて新幹線に乗った。
自由席の車両に乗り込んだが、車内は満席だった。
リュックを背負い、スーツケースを持ち、さらに子供を抱いていた。
女性はデッキに座り込んだ。

そんな彼女に「こっちにいらっしゃい」と声をかけた女性がいた。
案内されたのはグリーン車だった。
「ここに座って」と言って、切符を交換し、その人はデッキに立った。

実家に着いて女性は車内での出来事を母親に話した。
その3か月後のことである。
今度はその女性の母親が上京するため、新幹線に乗った。
自由席の車内に乗り込むと、席が一つしか空いてなかった。

後からベビーカーを押す若い女性が乗り込んできた。
彼女はためらうことなく、その若い女性を手招きして、一つしかない席に座らせた。
「娘が受けたご恩を少しお返しできた」と思った。

こんなエピソードもある。
とある病院に入院していた70代の女性の話だ。
ちょうど花見の時期だった。
ある日、嫁に行ったお孫さんがひ孫を連れてお見舞いに来た。
お孫さんの手には桜の枝が挿してある花瓶があった。
自宅の庭に咲いていたのを少し切って持ってきたという。

女性はベッドの上から花見をしながら、孫の優しい気持ちをしみじみと感じた。
次の日、病室に入ってきた若い看護師が、こんな頼みごとをした。
「その桜を貸してくださいませんか?」
訳を聞くと、「ほかの部屋の患者さんにも見せてあげたいと思いまして…」
女性は「そうだ、この病院には私のほかにも桜の花を見られない人がたくさんいるんだ。
それなのに自分だけが喜んで…恥ずかしい」

しばらくして看護師が戻ってきて言った。
「皆さん、喜んでくれましたよ」
同じフロアの病室を訪ねて、お一人お一人に花瓶の桜を見せて回ったそうだ。
忙しさの合間を縫ってこんな気配りをしてくれる看護師がいたことに、女性は胸が熱くなった。

中日新聞の愛知県内版で毎週日曜日に掲載されている人気コラム『ほろほろ通信』には、
こんな心温まる話が掲載されている。
「ほろほろ」とは、花びらや葉っぱ、そして涙が静かに零(こぼ)れ落ちる様のことをいうそうだ。
たくさんの人たちの感動する話に出合ってきて、志賀内さん(執筆者)は「いい話の法則」を見つけた。
人が忘れられない感動の出合いをするとき、人間っていいなぁって思うとき、
それは決まってピンチに遭遇したときだ。
人生のピンチのときに天使が現れるというのだ。

40代の男性にはこんな思い出がある。
幼稚園の頃、母親を亡くし、父親と二人で暮らしていた。
それを見かねた隣の奥さんが毎朝弁当を届けてくれるようになった。

大人になって父親からその話を聞いた。
食費の代金を持って行っても「主人と息子の弁当のついでに作っているだけだから」と
絶対に受け取らなかったという。
男性はこの話を投稿した。
「あのときのお礼がしたい。ご健在だったら連絡してください」と書き添えた。

後日、「ほろほろ通信を読みました。私のことだと思いました。あの子が立派に成長していること、お弁当のことを忘れないでいてくれたことを知って涙が溢れました」というお便りが志賀内さんのもとに届き、翌週の紙面に掲載された。

誰の人生にもピンチは訪れる。
そして誰の人生にも天使が舞い降りる。
こんな話が本当の「情」報なんだろうなぁ。
 『“すごい”人たち』 ごま書房新社

どなに感動するいい話を聞いても、それを知っているだけではダメだ。
それを、感動して、どいういう行動を起こすのかが問われている。
誰かに恩を受けたら、その恩を返していく。
その恩を直接にその人に返せないなら、誰か別の人に恩を送るという「恩送り」をしていくこと
英語では「ペイ・フォワード」。

「人生のピンチのときに天使があらわれる」
誰かがピンチのとき、黙って助ける人でありたい。



2017年6月27日 (火)

感謝する心

感謝する心
自分1人で出来る事なんて
ちっぽけなものなんだよね
すべては縁、人への感謝
親に感謝して 友に感謝して
仲間に感謝して 恋人に感謝する
今の自分は周りの人に支えられている
それを心に秘めてる人は本当に強い

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幸福な結婚の秘訣

**妻が60年間隠してきた、たったひとつの秘密…と言うお話**
あるカップルが結婚してもう60年が過ぎようとしていました
夫婦は何でも分かち合い、何でも話し合いました
ふたりの間には秘密はありませんでした
……たったひとつのことを除いては

妻はクローゼットの上に靴箱を置き
夫に「絶対に中を見たり、それについて尋ねたりしないように」
と約束していたのです
長年の間
夫はその箱について考えもしませんでした

ところが妻が病気で倒れ
医者からもう回復するみこみがないと告げられたのです
夫はふたりのさまざまな事柄を整理することにし
靴箱を妻の寝床まで持ってきました
妻も中に何が入っているか言うべきときが来たと同意しました

箱を開けてみると
中からは、かぎ針編みをした人形が2体と
9万5000ドルもの札束が出てきました

この中身について夫が尋ねると妻は答えました
「私たちが結婚したとき、祖母から幸福な結婚の秘訣は、
言い争いをしないことだと言われたの
もし夫に腹が立っても黙って言い返さず、人形を編んでおきなさいとね」
それを聞いた夫は心を揺さぶられ、目に浮かぶ涙をこらえました

貴重な人形が2つ箱にある…
それはつまり、今まで妻は2度だけ腹を立て
この60年間もの長い間、自分に尽くしてきてくれたのだ……

幸せな気持ちで満たされた夫はさらに問いかけました
「人形の説明はそれでつくけど札束は?
この大金はいったいどこからやってきたのだろう?」

「ああ、それはね」
妻は続けました
「そっちは、人形を売って稼いだお金よ」

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2017年6月26日 (月)

人間は頭がいいから

人間は頭がいいから、
明日のこととか、

来年のことを考えちゃうでしょ。

そうじゃなくて、
もうちょっとばかになって、
今日のことしか考えられないと、
幸せになりやすいのにね
  「 所ジョージ 」

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正論を武器にする奴は正しくない

・人に誤解されたりすることって、つまり、自分に何かが足りないんです

・あらゆる人々を喜ばせることはできない。批判を気にするな。人の決めた基準に従うな

・人々は理解できぬことを低く見積もる

・地獄があるとしたらここだし、天国があるとしたらそれもここだよ

・自らを低く評価する者は、まさしくほかの人々によっても低く評価される

・低く見積もりすぎているから、自分を愛せない。
  自分を大切にできない人が、いくら他人に大事にしてもらおうと思ってもダメですよ

・強くなりたいと常に願うのは弱い証拠である。勝つのみが強きにあらず。
  時には、負けることが強いのである。強いて勝たんとする心、それは弱きがためである



2017年6月25日 (日)

名前 (ちょっと一休み)

昨日得意先の先の方(フィンランドの方)にお会いした。30代中頃の美人。
名前が「ヘンナ・アホ」さん。
隣で上司が吹き掛けたが、上司は自分の脚を思いきりつねって耐えた。
しかしその女性は自分の名前が日本でネタになるのを知ってて
「ちなみに母はミンナ・アホです」と被せ上司は撃沈した。
  PS  結構向こうではある名前らしいです。

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一日だけ幸せでいたいならば

一日だけ幸せでいたいならば、床屋にいけ。
一週間だけ幸せでいたいなら、車を買え。
一ヶ月だけ幸せでいたいなら、結婚をしろ。
一年だけ幸せでいたいなら、家を買え。
一生幸せでいたいなら、正直でいることだ。
  ネタ元:クレヨンしんちゃん


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くよくよしない人生

 【くよくよしない人生】  小林正観さん
人間の「喜び」や「幸せ」というものは、どうも三つのかたちをとるのではないかと、私は思ってきました。
過去、自分に起きたことを全て「受け入れる」こと。
それが全部自分に必要だったと思うこと。
そう思うことで、その一つ一つのこと全て、感謝の対象になります。
これが第一ステップである「幸せ」です。

第二のステップは、その全ての過去を受け入れた延長線上にあるのですが、
現在の全てを受け入れることです。
現在の自分を取り巻いている状況を全て受け入れて、それに「感謝する」ことです。
過去の全てを受け入れるのと同じように、全てを受け入れるというのは、
「それがなければ、現在の自分がないのだ」と思い定めることです。
そうすると、全てが感謝の対象になってきます。
それは全て「喜び」になり「幸せ」になり、感謝の対象になるのです。

三つ目の「幸せ」というのは、「自分の存在が『感謝される』」という「喜び」です。
自分の存在が(自分がこの世に生まれたことが)、
感謝され、喜ばれるという「幸せ」を一度味わってしまうと、“至上の喜び”です。
もう引き返すことはできません。
この「喜び」や「幸せ」を味わうと、何回も何十回もそれを味わってみたくなります。
この「喜び」は、三次元的な「喜び」とは全く異質なもので、「魂がうち震えるほどの喜び」です。
『宇宙を貫く幸せの法則』 致知出版社

小林正観さんはこう語る。
「一番つまらないというか、面倒くさい、ゴツゴツした岩に乗り上げながら生きていく人生の人というのは、
全部一行ごとに『そこでくよくよする』というのを入れ込んでいるんです。
これが一番大変な、面倒くさい人生の人。
百歳を超えて長寿の人というのが必ずインタビューで聞かれるのは、
『長寿の秘訣はなんですか』という質問です。
そして、その答えに必ず入っているのが『くよくよしないこと』です。
長命で気楽に長生きするために絶対的に必要なのは、『くよくよしないこと』なんですね」

人生をくよくよしないで生きるには、過去に起きたことも、現在起きていることも、
今の自分に必要なこと、と全てを「受け入れる」こと。
くよくよする人は、「ああすればよかった」「どうしてあんなことを言ってしまったのだろう」「なんであんなことを決めちゃったんだろう」と、思い悩み、負の感情をいつまでも引きずってしまう。
しかし、「全ては自分にとって必要なこと」、「それがあるから今の自分がある」、
と肚を決めてしまえば、それら全ては感謝の対象になる。
くよくよしない人生をおくりたい。


2017年6月24日 (土)

すべては幸せへの道

【 すべては幸せへの道 】
辛い時期のおかげで、
人は強くなれる。
過ちのおかげで、人は賢くなれる。
悲しい経験のおかげで、人は幸せを感じられる。
何かに迷ったら、どうすればいいのかじゃなくて、どうしたいのか考える。
何かに戸惑ったら、何をすればいいのかじゃなくて、何をしたいのか考える。

自分が選んだ道なら、それは後悔じゃなくて、経験になるんです。
あなたが経験することに、無駄なことは一切ありません。
どうか安心してください。
すべて幸せにつながっていますから
  -作者不詳-

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笑顔

   「笑顔」 本田美奈子さん
子供も、大人も、おじいちゃんも、おばあちゃんも、
みんな、みんな 笑っている顔が素敵。
怒っている顔よりも、泣いている顔よりも、
困っている顔よりも笑顔が一番!!
きっと笑顔が幸せ呼ぶと、頭では分かっていても、
心では、なかなか分からない人が、多いんじゃないのかナ!?
心を開いて、心の目で、周りを見渡してごらん、
きっと、小さな幸せの芽が、見つかるよ。
そして、そこから少しずつ、笑顔が生まれてくる。
笑顔が生まれ始めたら、喜びに変わるのも、もうすぐ。
でも、人は生きていて、辛い時、悲しい時、
涙が止まらず心が開けない時、勿論、沢山あると思う。
そんな時は、あせらないでね。自分だけが不幸ではない。
 (歌手 本田美奈子)
--------------------
急性骨髄性白血病闘病の末亡くなった歌手、
本田美奈子さんが病床で綴った詩「笑顔」。
人って笑顔でいるときが一番素敵だとは言ってるんだけれど、
だからといって強要するわけでもなく、
柔らかく、暖かく、包み込むような内容に癒されます。
命を任せ切った人の、
懐深い優しさが身にしみる詩だと思います。

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2017年6月23日 (金)

成功しない人と成功する人の違い

成功しない人というのは
思い通りに行かないのは
「想定外、問題、苦痛、不安、失態、恥」
という前提で挑戦している。
その前提だと、思い通りに行かなかった時
大きな精神的ダメージを受け
立ち上がる事が難しくなる。

成功する人も、思い通りに行かない時
同じようにガックリと凹みはするが、
「げ。うわ。マジかよ。よし!次!」と
2秒〜1時間で元通りになる。
なぜなら、それは「前提だった」から。

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ほめ言葉の魔法

 【ほめ言葉の魔法】 原邦雄さん
なぜ、「ほめ言葉」が、認められることを求めている人の心に刺さるのでしょうか。
それは、その人を肯定する言葉だからです。
「あたなと一緒にいると楽しい」
「今日の夕飯、おいしかったよ」
「いつも子どもの面倒を見てくれてありがとう」
こんな言葉をかけてもらえたら、自分に自信が持てますよね。
わたしは家族の役にたっているんだ。
わたしは認められているんだと感じられます。
ほめ言葉は、居場所をつくる言葉でもあるのです。

わたしが大事にしているのが「自尊心の3大欲求」です。
これはアメリカの心理学者ウィル・シュッツ博士が提唱したもので、
「自己重要感」「自己有能感」「自己好感」という3つの欲求のことです。
ほめ言葉によって、この3大欲求が満たされるのです。
わたしなりにひとつずつ分析してみましょう。

まず、自己重要感。
これは「自分を大事な存在として認めてほしい」という欲求です。
「ありがとう」と言われたときに満たされます。
次に、自己有能感。
「的確な意思決定と行動ができるようになりたい」という欲求で、
「すごいね」「成長したね」と言われたときに満たされます。
最後に、自己好感。
こちらは「人に好かれたい」という欲求です。
「好きだよ」「好感が持てる」などと言われたときに満たされるものです。

つまり、理想的なほめ言葉は、次のような言葉が自然にあふれ出てくることです。
「ありがとう」
「すごいね」「成長したね」
「好き!」「好感が持てる」
たとえば、「きちんとあいさつできていたね、すごいね!」と、
ほめられた子どもは自尊心が満たされます。
それだけでなく、もっと認められたい、好感を持たれたいと願うようになります。
「次はもっと大きな声であいさつをしてみよう」
「もう少し、きちんとした姿勢のほうがいいかな?」
「あの人にも、あいさつしてみよう」
このように、思考がどんどんプラスの方向に進んでいきます。
たった一言のほめ言葉だとしても、
相手の自尊心を満たしてあげられれば、その人の心を動かすことができるのです。
  『たった一言で人生が変わる ほめ言葉の魔法』  アスコム

原氏は、大切なのは、「結果」をほめるのではなく、
「行動や努力」、そして「人間性」をほめることだという。
例えば、子どもがテストで100点を取ってきたとき…
「100点を取って、えらいね」
ではなく、
「あのとき、テレビを見たいのをガマンしていたよね」
「いつもより早起きしてお勉強していたよね」
「お友達と遊びたいのを耐えてがんばっていたよね」
といえば、気持ちが子どもの心にしっかり届く。
努力したことや一生懸命がんばったこと、その「過程」をほめることが大事だという。
(以上、本書より抜粋)

【人間の究極の幸せは4つ】(大山泰弘)
1つ目は愛されること
2つ目が褒められること
3つ目が人の役に立つこと
4つ目が人に必要とされること
この4つは、「自己重要感」「自己有能感」「自己好感」という3つの欲求と同じだ。
ほめ言葉を使いこなしたい。

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2017年6月22日 (木)

迷ったときは人に聞く

『迷ったときは人に聞く』
迷いの種が生じたとき、自分で考え、結論を出そうという態度は大事である。
しかしそのことにこだわって、いつまでも一人で思い悩んでいては、適切な答は得られない。
考えてわからない時は、己の殻に閉じこもらず、素直に謙虚に人の教えに耳を傾けよう。
求める心が切ならば、それによって得るところが必ずあるに違いない。
  「松下幸之助 成功 日めくり」より

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もし行き詰ったら

 【もし行き詰ったら、自分以外の誰かを思いやる】

カリスマと呼ばれた心理学者、アルフレッド・アドラー。
は精神を病んだクライアントに対して、
これをすれば2週間で治る!」と処方したことがあります。
どんな処方をしたと思いますか?
『この処方通りにしたら、きっと2週間で全快します。
それはどうしたら、他人を喜ばすことができるか、 
ということを毎日考えてみることです』
自分を良くしたかったら、自分を良くすることを目指すのではなく、
他人を良くしろ、というのです。
行き詰っている時は、自分のことしか考えられなくなっています。
これはそのフレームをポンと外して差し上げる処方だったわけです。

渋沢栄一という偉人がいます。
彼は幕末から大正初期にかけて活躍した実業家です。
この人の存在なくして、日本の「カンパニー」の基礎は出来なかったと言われています。
手がけた事業は、500以上にもなります。
その事業のうちのひとつ「養育院」というのがありました。
貧しい人や、浮浪少年などの世話をする施設です。
そこに収容される人たちを長年観察していて、渋沢さんは気づきました。
お金に困っている人たちに共通する特徴、それには一貫したものがあると。
それは・・・

常に自分の都合だけを考えている
というものでした。
普通、自分だけよければいいと思っていたら、
せめて自分のことくらいは真っ先に良くなりそうです。
でも、それは逆だったのです。
自分だけ良ければいいと思っていると、自分すらよくならない。
自分ひとりすら養っていけなくなってしまうのです。
それでは、聖人君子のごとく、自分を殺して人の犠牲になるのが
ベストな生き方かというとそうでもない。
自分を思いやる心も、人さまへの思いに劣らず豊かでありたいものです。

聖書の中で、イエス・キリストはこう言っています。
「あなたの隣人を愛せよ」
しかし、その直前には大事なこの言葉があるのです。
自分を愛するように」と。

「自分を愛するように、あなたの隣人を愛せよ」
自分を好きになろうよ、
そして、そんな感じで周りの人を好きになってみようよ。
これは、大げさでなく、社会生活上の原点ではないでしょうか。
 参考本:常識を疑うことから始めよう
 著者:ひすいこたろう・石井しおり
 発行:サンクチュアリ出版

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2017年6月21日 (水)

世界の大偉業の大半は

世界の大偉業の大半は
もはやこれで絶望かと思われた時にも
..
なお仕事をやり続けた人々の手によって
成し遂げられた。
- デール・カーネギー -

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絶望は神さまからの贈りもの

 【絶望は神さまからの贈りもの】 ひすいこたろう さん
今日を境に、あなたの人生から、「不幸」はなくなります!

というのは「不幸」は「幸せ」の前触れだからです。
あらゆる「ピンチ」は「チャンス」に変わります。
そのことは、偉人たちの人生がはっきり証明してくれています。

例えば、坂本龍馬はツイてないことばかり起きる男だったし、
世界のクロサワ、黒澤明監督は自殺未遂をしています。
ベートーベンだって気力をなくし遺書を書いた日もあるし、
ビートルズのポール・マッカートニーは放火容疑で国外追放にされているし、
アップルのスティーブ・ジョブズは、
自分のつくった会社から追放されたはみだし者だった

女優のオードリー・ヘップバーンは自分にまったく自信がなく、
チョコばかり食べているのでブクブク太っていたし、


孫正義だって余命5年と宣告されています。
ガンジーはわずか4日のうちに3回も逮捕され、
マザー・テレサは町の人たちからツバを吐かれ、石を投げつけられていた。
このように、偉人ほど不幸に見舞われ、ピンチの連続だったことがわかります。

天に見込まれた人ほど、いろいろ起きるんです。
なぜなら、その方が成長するからです。

心は「喜び」を求めますが、魂は「成長」を求めているんです。
心は「安定」を求めますが、魂は「変化」を求めています。
不幸、逆境、困難、トラブル、ピンチは魂にとっては、ウェルカムなんです。
困難こそ、魂の成長を誘う、天からのギフトだからです。

きっとあなたの人生にも、
悩み、落ち込み、どうすればいいのかわからなくなるときがあると思います。
でも、実は、それこそが「チャンス」です。
もう前には進めない、右にも左にも後ろにも逃げ道はない。
そんなふうに行き詰まったときこそ、ひとつ上の次元にジャンプするしかなくなるからです

人は、外側(状況)を変えられないときに絶望します。
しかし、外側を変えられないときこそ、ほんとうの意味でチャンスなんです。
外側ではなく、自分の内側(心)を変えざるを得ないからです。
僕らの生きる真の目的は、内側(心)に変容を起こすことです。
内側の変化こそ、本質的な変容(トランジッション)をもたらすからです。

自らの人生に立ちふさがる「壁」に見えていたものこそ、
実は運命の「扉」だったことがはっきりわかるはずです。
絶望こそ、神様からの最大ギフトなんです。
 『絶望は神さまからの贈りもの』 SBクリエイティブ

実際、我々は、絶望の淵(ふち)にあるときや、不幸のどん底に落ちたとき、
悩みに悩んでいるときには、もうにっちもさっちもいかなくなり、
すべてを投げ出したくなる。
しかしながら、不思議なことに、時間がたつにしたがって、
それらの悩みや、嫌な気持ちが少しずつ薄らいでいき、
やがてほとんどそれが気にならなくなるときが来る。
「ときぐすり」という時間が薬となり、心を癒(いや)し、問題を解決してくれるからだ。

そして、気にならなくなる日が過ぎると、次には、
不幸も、逆境も、困難も、トラブルも、ピンチも、「あれがあったから今の自分がある」、
「そのことで生き方が変わった」と、そう思えてくるはずだ。
つまり、それがチャンスだった、ということ。

偉人と凡人の差は、そのチャンスだったと思うまでの時間の差。
偉人は、不幸や絶望が来た瞬間、それをチャンスだと思う。
凡人は、それがチャンスだと気づくのに多少時間がかかる。

幸福は不幸の顔をしてあらわれるという。
どんなピンチも、それをチャンスに変える人でありたい。




2017年6月20日 (火)

笑うから幸せなのだ

幸せだから
笑うのではない
笑うから
幸せなのだ
  **アラン:幸福論**
*********************************
ある時ベビーカーに乗っている赤ちゃんと目が合った
赤ちゃんは笑いながら
手足をバタバタしてとてもご機嫌
その無垢な笑顔につられて
こちらもつい微笑んでしまう
笑顔には笑顔を
引き寄せる効果があるようです
仕事帰りの道すがらショーウインドや
電車の窓ガラスに映る自分を見て
口が「への字」のようになっていたら
ご用心!

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感謝される事を求めるより、感謝する

 【感謝される事を求めるより、感謝する】
ポジティブ発想が習慣化すると、自然と表情に笑顔が多くなります。
よほど特殊な状況ではない限り、笑顔でいる人を見て不快に思う人はいないでしょう。
多くの場合その人に好意を抱くと思います。
だから笑顔には、その場をポジティブなものに変えてくれる効果もあります。

視点を変えると、常に笑顔でいようと心がけていればポジティブ発想が身につくことになります
笑顔でいるときに、後ろ向きの発想は起こりにくいからです。
笑顔が似合うポジティブシンキングの持ち主には、人に感謝する心も育まれます。
こちらも感謝されて不快に思う人はいないでしょうから、
感謝された人は多くの場合、あなたに好意を抱くでしょう。

一方でネガティブシンキングの人はというと、
人に感謝をするのではなく、感謝されることを求める傾向があります。
これは「GIVE」ばかりを求めるということで、
周囲から煙たがられたり、敬遠されたりする可能性が増えてしまいます。

笑顔でいるとポジティブになり、人に対する感謝の気持ちが芽生える。
これは「億万長者マインド」を身につけたということです。
感謝されることばかり願っているのは「貧乏マインド」の持ち主です。
 お金を稼ぐ人は何を学んでいるのか?  稲村 徹也 著  きずな出版

「俺がこんなにしてやったのに、あいつは感謝もしないで・・・」
「せっかくあなたが喜ぶと思って作ったのに・・・」
これらは、感謝を求めている人の言葉です。
結果的に感謝されるかどうかは「相手の気持ち」です。
こちらが求めるものではありません。
「したことは報われるはずだ」と考えていると、そこから苦しみがはじまります。
恋愛でも、「自分はこれだけ尽くしているのに」と見返りを求めたら・・・。
「あなたが勝手にしたことでしょう」と思われます。

“相田みつを”さんの詩「のに」をご紹介いたします。
「あんなにして
やったのに
『のに』がつくと
ぐちが出る」

“for you”誰かの「ために」「ために」と続けていると、「のに」とか不満が出てきてしまうのです。
その解決策は、“if you”だと思います。
もしあの人だったら「どうしたら喜ぶかな?」と続けていても、愚痴は出ません。
【自分がしたことは、やっただけで終わり】
見返りや感謝を求めるより、与えてなお感謝をする側になったら素晴らしいですね

いてくれるだけでありがたい。
共に歩んでくれるだけでありがたい。
感謝までしてくれるなんて、こちらこそ有り難い。
そんな風に思えたなら、人もお金も放っておかないでしょうね




2017年6月19日 (月)

強さは

強さは、勝つことから
生まれるのではない。

強さを鍛えてくれるのは、
苦労なんだ。
困難にめげず、
あきらめないと決心する、
それが強さなんだ。
 「アーノルド・シュワルツェネッガー」

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自分というものは常に自分と共にある

晴れてよし 曇りてもよし 富士の山
もとの姿は かわりざりけり
(晴れていても曇っていても、富士山は変わらぬ元の通りの姿のままそこにある)
これは誰が詠んだ歌か実は分かっていないのだが、鉄舟先生が三島の龍澤寺に参禅をしているときに、ふっと口から出た悟りの歌として知られている。
(中略)

歌にあるように、曇って見えなくてもそこに富士山はある。
見えないからといってなくなるわけじゃない。
いつもと変わらず、そこにある。

よく「自分探しの旅」とかいうけれど、どこかへ探しにいったって自分は見つからない。
あるいは「自分を見失う」ということを我々はよくいうし、そういう状態に陥るときも実際にあるけれど、朝から晩まですべてのことは自分自身がやっているのである。

「ふと我に返る」という言葉もある。
これは、ある瞬間に「なんでこんなことをしたんだろう」とか
「なんでこんなことを言ったんだろう」と気づくことだ。
そういう「なんでこんなことを・・・」という状態を「自分を見失っている」というのだろうが、
そういうときも常に自分は自分とともにあるのだ。
それをしっかりと体得する。
そして常に自分と一体となっていく。
もし自分自身を見失ったという状態になったとしても、そこで「自分というものは常に自分と共にある」とわかっているのといないのでは大きな違いがある。
  山岡鉄舟 修養訓  平井 正修 著  致知出版社

雨の日も晴れの日もあります。
生きていれば良いことも悪いこともあるでしょう。
でも、どんなときも忘れてはならないのが、そういうのも含めて自分だし、
そういうのも含めて「人」なんです。

仏教の経典『二入四行論』にこんな教えがあります。
「心というものが最初から存在しているのではない。
心というものはいつも、対象物によって生じる。
対象物が心というものを引き起こすのだ。
しかし、この対象物とされるものも、心によって対象物とされるにすぎない。
どちらも、相手がなければ存在しない。
心も物も、それ自体では存在することができない」

晴れの日の富士山も、雨の日の富士山も、その富士を思う気持ちが富士山を存在させるのであって、富士に思いを馳せていなければ、そもそも存在しない。
心が動くのは、その出来事や感じたことや言われたことに「覚えがある」から動くのであって、
ガリガリの人が「デブ」と太った人に言われたところで何とも思わないし心は動かない。

どんな泣ける映画を見ても泣いたことがない人が、かわいがっていたペットが亡くなってしまったときに朝まで泣いたという話を聞いたことがあります。
世話をし、可愛がり、思い入れがあることには心が動くのです。
しかし、その人のペットが亡くなったからといって、
そのペットを見たことも世話をしたこともない人にとっては、泣けないでしょう。
対象物があって、はじめて存在するのです。
自分という存在も、良いことも悪いこともいろいろあるけれど、
そういう出来事のおかげで生かされているし、存在しているといっても過言ではないでしょう。

【自分というものは常に自分と共にある】
ということは、雨や晴れ、良いことや悪いこと、好きも嫌いも、
自分を存在させてくれている「ありがたいこと」なんですね
「存在そのものが有り難い」という感覚は、大切な人との別れ、自分自身の大病、
貧しい生活、などを経験した人はピンとくるでしょう。

愚痴もケンカも、少しぐらい出来が悪い子でも、ちょっと生意気な彼女でも、うるさい先生でも、
「存在そのものが有り難い」ですね



2017年6月18日 (日)

妬まずそねまず我が道を

 『妬まずそねまず我が道を』
人の成功は羨ましい。
しかしその羨む気持ちを、
「よし、自分も頑張ろう」と励みにするか、
妬みやそねみに転ずるか。
その差は限りもなく大きいと言えよう。
人の成功には、やはり心からの拍手を送りたい。
その上で、
なすべきをなして
自分の道をしっかり歩もうという決意を新たにしたい。
  「松下幸之助 成功 日めくり」より

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自分を元気づける良い方法

友人と飲みに行き
あまりに楽しくて

飲みすぎてしまい
泥酔して、歩けなくなった時、
隣を見ると自分以上に泥酔し
倒れこむ友人。

すると、なぜか酔いが覚めて
友人を介抱してあげる自分がいる。
「酔っている人を助けると
不思議と自分の酔いが覚める。」

元気も同じ。
自分と同じように苦しんでいたり
悩んでいたり、困っている人を
「必死に助けようとすると
自分の苦しみや不安がまぎれ
少し元気になる自分がいる。」
自分のためにも
目の前の人を助ける。

逆に、人からの助けを待っていると
元気はみるみるなくなっていく。

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2017年6月17日 (土)

一歩進めば景色も変わる

 『一歩進めば景色も変わる』
困難に直面し、窮地に立った時、
ただ困った、困ったと右往左往してはいないか。
思い悩んでいるばかりでは、事態は変わらない。
まず自分の足で、一歩を踏み出してみよう。
自分が動けば周りの景色が変わって、
それまで見えなかったことが見えてくる。
解決の糸口も、そこから生まれてくる。
「松下幸之助 成功 日めくり」より

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命の授業

全国で「命の授業」という講演活動を続けている
腰塚勇人(こしづかはやと)さんという方をご存じでしょうか。テレビ番組「アンビリバボー」でも平成22年に取り上げられたことがありました。

腰塚さんは大学卒業後、天職と思えた中学校の体育教師になり、
学級担任やバスケット部顧問として充実した教員生活を送っておりました。
しかし、2002年3月(37歳)スキーで転倒して「首の骨」を折るという大事故に見舞われます
幸い手術により一命は取り止めますが、一週間たっても首から下は全く動かず、
担当の医師からは、「一生寝たきりか、車椅子の生活になるでしょう」と宣告されます。
絶望の余り腰塚さんは、舌を噛んで自殺を図りますが、あまりの痛さに未遂に終わります。

そんな死ぬことばかりを考えていた腰塚さんに、生きる勇気を与えてくれたのは、
周りの人々の温かい応援と励ましでした。
「何があってもずーっと一緒にいるから」と言ってくれる奥さん…
「代われるものなら代わってあげたい」と言うお母さん…
「腰塚さんの辛さは本当には分ってあげられないけど、私に出来ることは何でもしますから
我慢しないで言ってくださいね…」と声をかけてくれた看護師さん…
「先生、待ってるから!」
回復をひたすら信じ、
心温まる激励を送り続けてくれた学校の生徒や同僚の先生たちでした

その後、厳しい困難なリハビリに取り組んだ結果、
ついに4ヵ月後、現場復帰を果たすまでに回復するのです。
主治医の先生も、「首の骨を折ってここまで回復した患者は腰塚さんが初めてです」と
驚嘆するほどの回復振りでした。
まるで奇跡のような出来事でしたが、腰塚さんは、自らも驚きとともに、
その理由についてこう語っています

腰塚さんには、色んな人たちからの応援の声に、自分の心の変化を感じたそうです。
事故で死んだ教え子の存在、病気で死んだ友達の存在。
生きてる人たちからも、亡くなった人たちからも
勇気と優しさを、実感としていただいた瞬間がありました。
「ああ自分は一人じゃない」「生きなきゃ・・・」
「助けて」って言っていいんだって気がつきました。

動けなくても「花」のように生きることは、出来るかも知れない。
腰塚さんはいつも「笑顔」でいることに決めました。
どんなことにも「ありがとう」を言おうと決めました。
腰塚さんは人々の深い愛情に包まれながら、
「これからは、今のすべてを受け入れ、そのすべてに自分が責任を負い、 
すべてに感謝をしていこう」と心に誓います。
そうしたら、いつしか手足が動き始めてくれたそうです。
そして、必ず学校へ戻ると決めました。

現場復帰に当たって、腰塚さんは次のような「五つの誓い」を立てます。
「口」は…、人を励ます言葉や感謝の言葉を言うために使おう
「耳」は…、人の言葉を最後まで聴いてあげるために使おう
「目」は…、人の良いところを見るために使おう
「手足」は…、人を助けるために使おう
「心」は…、人の痛みがわかるために使おう
この「誓い」は自分を助けてくれた人たちがしてくれたことを、
今度は自分がしようという思いから生まれたものです。

念願の現場復帰を遂げた腰塚さんは、今回の体験を「命の授業」と名づけ、
6分ほどの「ムービー(動画)」にして、インターネット上に公開しました。
そうしたら、たちまち多くの人々の知るところとなり、
さらには学校関係者などから講演の依頼が相次いで寄せられるようになりました。

腰塚さんの講演はどこも大きな反響を呼びました。
命の尊さ、生きていることの素晴らしさ、
仲間の大切さなどを訴える腰塚さんの講演は、
特に子供たちにとって素晴らしい「命の授業」になりました。

反響の大きさを身をもって知った腰塚さんは、
この活動(「命の授業」の講演)を自分の使命にして生きていこうと決意しました。
そうして、2010年3月、22年間の教員生活を退き、
現在は、全国の小学校、中学校、高校を始め一般企業の方々に、
講演活動を続けておられます。

腰塚さんは今回の事故を振り返り、次のように語っています。(一部抜粋)
……私は首の骨を折るという大きな失敗をしました。
しかし失敗したことによって、私の命が周りの人々、
あらゆる命によって生かされ、支えられていることを知りました。
失敗は決して悪いことではありません。
本当に悪いことは、他人のせいや環境のせいなどの言い訳をして何もしなくなることです。

この人生はすべて自分が源で作られています。
だからそのすべてに責任を負い、今のすべてを受け入れ、
すべてに感謝していくことが大事なことです。
どんな出来事も、すべて必要があって起こっているのです。
何事も自分が成長し幸せになるための「学び」になるのです。
私は今でも下半身から下は余り感覚がありません。

しかし、そのことがいつも私に
「手足が当たり前に動くことの幸せ」を教え続けてくれています。
だから麻痺して余り動かない右半身と下半身は、私にとって「宝物」です。
今は、そんな大切なことを気づかせてくれた事故に感謝しています。

「いつも笑顔でいよう」
「いつも感謝しよう」
「周りの人々の幸せを願おう」
これが私の原点です……

http://www.inochi-jyugyo.com/

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2017年6月16日 (金)

一寸先は光

自分を暗くするようなことは
絶対言わない方がいいですよ。
聴いてる周りの人も知らないうちに
暗くなってしまいます。

どうせ言うならやっぱり
『一寸先は光』 でしょう!!
  斎藤一人

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笑っているお母さんが大好き

子どもは、笑っているお母さんが大好き。

料理がうまくなくても、
お部屋が散らかっていても、
ちょっとぐらい口うるさくても、
お母さんが笑っていたら、それが幸せ。
そんな話をしていたら、
「それは俺も一緒だよ」とパパが言う。

家に帰って来た時に、
「おかえり」って笑顔で迎えてくれるのが、
いちばんうれしいというパパは多い。
ね、

いいお母さんってなんだろう?
いい妻ってなんだろう?

家事を完ぺきにすることを目指すより、
誰かと比べて自分はダメだと落ち込むより、
もっと頑張らなきゃと焦るより、
今、笑っているほうが大事かも。

家族みんなで笑っているこの瞬間が、
いちばんいちばん大事かも。

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2017年6月15日 (木)

努力

何のために努力を
続けるかというと、
やはり自分のためです。


いつからかコツコツ
努力することが
カッコ悪いという
風潮がありますが
いいじゃないですか。
カッコ悪くたって。
- 渡辺謙 -

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喜怒哀楽の総量

僕は「失敗しても、必ずしも挽回する必要はない」「簡単に挽回できなくて当たり前」だと考えています。
なぜなら、人間は失敗する生き物だから、失敗するたびに「挽回しなくては」と考えてばかりいると、やがて失敗することが怖くなり、身動きが取れなくなってしまいます。
(中略)

失敗すること自体には、なんの問題もありません。
失敗も勉強になるので、そこから何かを学び取ればいいのです。
これを、“喜怒哀楽の総量”という視点で考えてみましょう。

恋人ができた場合、その喜びは100ポイントのプラスになったとします。
でも、不幸にして振られてしまった場合、今度はマイナス100ポイントに相当しそうです。
つまりプラスマイナスゼロ。
恋人がいたという事実は、振られてしまったとたん、価値がなくなってしまうのです。
でも、僕はそうは考えません。
その経験を絶対値で捉え、恋人ができたのも、振られたのも100ポイント。
合計すると経験値が200ポイント上がったと考えるのです。
つまり、喜怒哀楽の総量として、人生を捉えるようにしています。

マイナスだと思われがちな経験も、「経験した」ことに違いはありません。
経験しなかった人よりも、確実に知識が増え、物事を判断するときの材料になるでしょう。
失敗も成功も、すべての経験から人は学び、賢くなることができるのです。
 本物の思考力 出口 治明 著 小学館新書

HONDA創業者、本田宗一郎氏の言葉がある。
「創業当時、私が「世界的視野に立ってものを考えよう」と言ったら噴き出した奴がいた」
「私の最大の光栄は、一度も失敗しないことではなく、倒れるごとに起きるところにある」
「やろうと思えば人間はたいていのことができると私は思っている」

「日本人は、失敗ということを恐れすぎるようである。
どだい、失敗を恐れて何もしないなんて人間は、最低なのである」

「私がやった仕事で本当に成功したものは、
全体のわずか1%にすぎないということも言っておきたい。
99%は失敗の連続であった。
そして、その実を結んだ1%の成功が現在の私である。
私の現在が成功というのなら、私の過去はみんな失敗が土台作りをしていることになる。
私の仕事は失敗の連続であった」

「チャレンジしての失敗を恐れるな。
何もしないことを恐れろ。
失敗が人間を成長させると私考えている。
失敗のない人なんて本当に気の毒に思う。
困れ。
困らなきゃ何もできない。
自分の力の足りなさを自覚し、知恵や力を貸してくれる他人の存在を知るのもいい経験である」

人を成長させるのは、成功も失敗も含めた「経験」なのでしょう。
今は、失敗しないように育てる傾向があります。
しかし、それでは本当の意味での成長につながりません。
転びながら、傷つきながら、それでも立ち上がりながら、学んでいけたらと思います。

2017年6月14日 (水)

自分のやったことは

自分のやったことは
必ず自分に振りかかってくる。

何かをした、
その相手に仕返しをされる
という意味ではなくて、
まったく違う人に
やられるということ。
自分の行いは、
巡り巡って自分の元に
戻ってくるものです。
だから、正しく生きていたい。
 - IKKO -

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イチロー選手を追いかけた老人の死

この話は人の縁というものが、不思議につながることを示すお話しとして、
またイチロー選手のファンへの温かさを示すお話しとして、貴重な事例だと思います。

イチロー選手のマリナーズ時代のお話しです。
死ぬ前に一度でいいから、大ファンのイチロー選手のプレイを、
マリナーズの本拠地で見たい・・・。
ある老人が、がんを患い、余命いくばくもないことを知りながら、
日本からシアトルまでやってきました。
そして、マリナーズでプレイするイチローのシーズン最終戦を観ることができました。
老人は、その後、本当にホテルで急死したのでした。

老人の身元確認と日本への搬送手続きをした、シアトル日本領事館のある警察官が、
老人の最後の旅に奇妙な感動を覚え、そのことを妻に話しました。
妻は、行きつけの美容院でその話をしたそうです。
そこは偶然にもイチロー夫人の行きつけの美容院でもあったといいます。
美容院の店長から、この老人の話がイチロー夫人に伝わり、夫人からイチロー選手へ。
そして、イチロー選手は、知人の日本人警察官僚に連絡を入れます。
その老人の遺族と連絡を取りたいという希望を告げたのです。
ここから先がまた不思議な縁つながりがありました

イチロー選手の知人の警察官僚の方が、改めてその老人の遺族と連絡をとると、
偶然にもその老人の甥が、警察官僚の方のかつての上司だったそうです。
このご縁つながりには眼をみはるものがあります。

その後、イチロー選手から、老人のご遺族あてに、老人が見たシーズン最後の試合でイチロー選手が使ったスパイクが送られてきたそうです。
輝かしい業績や高い地位にではなく、むしろ、他人が知らないような、こんな小さな温かさをかいま見るとき、スーパースターではなく、その人となりの真価を感じる、
・・・それは私だけの感じ方ではないように思います。
 (参考記事:産経新聞 福島香織ブログ)

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2017年6月13日 (火)

夫婦というものは

夫婦というものは、
決して恰好のいい所だけを見せて生きている恩ではない。
むしろお互いに欠点をもろに見せ合って生きている。
その欠点も長所も含めて、相手を肯定して生きている。
そこに夫婦の安らぎがある。                                                 
 (三浦綾子『白き冬日』) 三浦綾子読書会

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今あるものに目を向ける

 【 今あるものに目を向ける 】

私にはお金がない

私には時間がない
私には魅力がない

もっと仕事ができるようになりたい
もっと人に好かれるようになりたい
人と比べて 自分には「ない」「たりない」
と 思ってしまうのが悩みの始まりです

「ない」「たりない」と思っていると
「やっぱりね」「ほら」
という出来事を体験し続けます
そういう体験をしたからそう思うのではなく
そう思っているからそういう出来事が起こります

自分には「ない」「足りない」と落ち込んだ時には
意識的に「ある」に目を向けて
「ある」に気づいてください

私にはお金がある
私には時間がある
私には魅力がある
実はわりと仕事ができてる
実は好いてくれている人もいる。

「ない」より「ある」に
目を向けることが大切です。

それでもあるに目を向けれない人や
自分の「ある」を信じれなかったり
「ある」と思えない人は
「かも」をつけて つぶやいてください

私にはお金があるかも
私には時間があるかも
私には魅力があるかも
実はわりと仕事ができてるかも
実は好いてくれている人もいるかも

最初は思えなくてもいいです
今は信じられなくてもいいです
でも「思ってみよう」

「信じてみる」から始めると「そうなんだ」という
現実(証拠)がやってきます
どんな現実がやってくるか
楽しみですね
 出典:心屋仁之助 「自分がイヤだ!と思ったら読む本」




2017年6月12日 (月)

心の訓

「心の訓」
一、つらい事が多いのは、
  感謝の心が足りないから
二、苦しい事が多いのは、
  甘えがあるから
三、悲しい事が多いのは、
  自分中心の心が多いから
四、心配する事が多いのは、
  今を懸命に生きようとする
  心が足りないから
五、行き詰まりが多いのは、
  自分の心が裸になれないから
  すべて自分の心がきめる

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強く必要とされる人

 【強く必要とされる人】 日本経営合理化協会理事長、牟田學さん
テーブルの上に置いてある1個のグラスは、それがどんな形であっても決して生命体ではない
しかし、喉がカラカラに渇いた人が、そのグラスに水を汲んで飲む。
そうすると、グラスはその人によって生かされ、生命を持つ。
つまり、生きていることになる。

キェルケゴールは、存在しているものはみんな生きていると説いている。
たとえ、それが生命体であってもなくても、別の個体に強く必要とされるものは、
その存在の価値が高くなり、長く生き続けることができると教えている。
この哲学は、実存主義として、フランスのサルトルやボーボワールや、
インドのタゴールによって主唱され、
21世紀の哲学として資本主義社会の中で生き続けて久しい

会社はさまざまな商品やサービスを売っているが、
1個のグラスと同じようにお客様に「あなたの商品やサービスは素晴らしい。
あなたからしか買わない」と言わしめないと強い存在にはなれない。
会社はお客様という別の個体に生かされているのだ。
また、社長という存在は、多くの社員から「あなたがいるから、私たちは食いっぱぐれがない。
ありがとう、ありがとう」と言われて強く生きているのだ。

ルールや慣習や、提供している商品やサービスの品質、値段、納期を磨き、
どんなライバルよりも高いレベルにあって初めて評価され、強い存在になれる。
一度でも、不正があったり、裏切ったり、嘘や、不便や欠点があれば、
別の個体は、即座ににそれを察知し、必要としなくなってしまう。
それが現実であり、そこに実務がある。

会社でも、家庭でも、またどんな集合体でも、男女仲でも、親子でも、上役と部下でも、
情が下手だと嫌われ、疎(うと)んじられる。
情が上手だと愛され、好かれる。
また、実社会には、情の外に科学がある。
この二つを処世の哲学として、存在価値を高め良心を養い、新しい秩序をつくることだ。

情とは喜怒哀楽である。
情は社長業の必須の要素である。
強い情は目的を達成するのに大いに役立つ。
しかし、対人関係には反対で、嫌われることが多い。
下手な情だということになる。
情の弾力性は社長にとって大事なことだ。
 『社長のいき方』PHP研究所

行徳哲男師にこんな言葉がある(「感奮語録」より)。
「陽明学の教えの中に『天下のこと万変といえども、
吾がこれに応ずる所以は喜怒哀楽の四者を出でず』とある。
どんなに世の中が激しく移り変わろうとも、
喜怒哀楽の四者を大事にしておけば生きていけるということである。
陽明学は学問、政治すら喜怒哀楽が要(かなめ)であると言っている。

孔子は喜怒哀楽の激しい人だった。
『憤(いきどおり)を発して食を忘れ、楽しみを以(もっ)て憂(うれ)いを忘れ』
と『論語』にもあるとおり、弟子の願回が殺されたときには辺りはばからず泣きわめいた。
そのときの様子は『慟哭(どうこく)』という言葉のいわれになっているほどである。
四大聖人の一人と崇(あが)められるほどの孔子ですらこれほど感情を露わにした」

人間にとって一番つらいことは、
「お前なんか必要ない」、「出ていけ」、「一緒にいたくない」という存在の否定だ。
まさに、「いじめ」がそれだ。
反対に、「あなたが必要だ」、「是非来てください」、
「一緒にいたい」と言われるほどうれしいことはない。

会社も商品も、そして家庭も友人も同じで、
人から必要とされなくなったらそれは存在の否定を意味する。
つまり、生きていないのと一緒。
多くの人から強く必要とされる人には、大いなる「魅力」がある。
その「魅力」の源泉は、「喜怒哀楽」。
強く必要とされる人でありたい。



2017年6月11日 (日)

社会生活のルール

目上に対しては謙虚に、
同僚に対しては礼儀正しく、

目下には優しくふるまう。
これはみんなが
心地よく生きるための
社会生活のルールである。
- ベンジャミン・フランクリン -


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一番じゃなきゃダメなんですか?】

  【一番じゃなきゃダメなんですか?】 アカデミー学院 学院長 舟田譲二 

 
30代の会社員女性。小学5年の息子が、何をやっても1番になれません。
 息子は控えめで人が嫌がることはせず、いつもニコニコと穏やかです。少年野球をしており、毎日、自ら進んで投球練習や素振りをコツコツやっています。性格がいいからか、今年はキャプテンになりました。しかし、試合ではそこそこ活躍するものの、最優秀賞などの個人賞は取れません。
 本人も悔しい思いをしているようですが、賞を取った子に笑顔で、「おめでとう」と声をかけます。その姿を見ると、悔しくて歯がゆい気持ちになるのです。
 思えば、息子はリレーの選手に選ばれるわけでも、書道で表彰されるわけでもなく、特に目立ったところがありません。悪くないけれど、決して目立つことのない息子。活躍する他のお子さんを見て、正直羨ましくなってしまいます。
 こんな母親に心の持ちようを教えてください。(埼玉・Y子)

 

 ◇大日向雅美(大学教授)
 なぜあなたはそれほどにお子さんを人と比べ、1番になることを求めるのでしょうか。他者と比べて得られる相対評価は、相手次第で浮き沈みします。
 あなたが書いておられることを見れば、息子さんは他の人にはない資質をたくさん持っていて、なんと素晴らしいことかと思います。地道な努力を惜しまず、自分が評価されなくても友だちの成功を祝福することなど、よほどの人格者の大人でもなかなかできないことです。少年野球のキャプテンに選ばれたのは、それだけ仲間や指導者から人望があるということではないでしょうか。
 育つ過程にある子どもにとって大切なことは、その子にしかない良さをしっかり認めてもらうことです。それが自己肯定感となり、その人らしい心豊かな人生を送る鍵となります。
 ないものねだりも、子を思う親の情ゆえかもしれません。しかし、失礼を十二分に承知で申し上げれば、ご自分はこれまでどれほどのことをなし得ていらしたのでしょうか。そうして、わが身を振り返り、子どもに過剰な期待を抱いて追い詰めないよう自戒することこそが、本当の親の情ではないでしょうか。

(2017年6月7日付 読売新聞 「人生案内」より)

蓮舫さんがこれを読んでおられたら、「一番じゃなきゃダメなんですか?」ときっとおっしゃるところでしょう(笑)。

先日テレビに出ていた双子の東大生は、おふたりとも子どもの頃の成績は学校では断トツでしたが、やはりひとりのほうが別の子よりも常に成績が上でした。
兄妹ふたりだけの小さな世界でも一番、二番が生まれます。
ましてや、10人、20人、30人...といれば当然のことながら、一番から最下位の人までいます。
それでは、一番の人には価値があって最下位の人には価値がないのでしょうか?
そんなことはありません。
一人ひとり違っていていいのです。違って当たり前です。
ロボットじゃないのですから、みんな一人ひとり違うことが素晴らしいのです。
さらに、適材適所で、一人ひとりに合った学校や仕事があり、伴侶、友人などがいます。
そうでないと逆に不公平になります。
一人ひとり違うほうが公平で、自分の器に応じたことができれば、それが最高に素晴らしいのです。
世の中のお母さん、お父さんたち、お子さんをほかの子たちと比べないでください。
そして、世界にふたりといない大切なお子さんをありのまま受け入れ、認めてあげてください。
それがお子さんを最高に生かしてあげる方法です。

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2017年6月10日 (土)

声なき声を聞く

 『声なき声を聞く』
“もっとこうしてくれたらいいのに”と、自分が他人に思うのと同様に、
他の人も自分に対してさまざまな要望を抱いている。
面と向かっていわれる忠告もある。
が、無言の要望も少なくない。
そうしたいわば声なき声をも敏感に察知し、
それに応えるよう心がけたい。
察しあい、応えあいが豊かな人間社会を築くのである。
 「松下幸之助 成功 日めくり」より

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「エジソン流」悩みの解決方法

  「エジソン流」悩みの解決方法
人生は希望に満ちている一方で、悩みの連続でもある。
仕事も同じだ。
成功のチャンスがある一方で、困難な状況が毎日のように起きる。
悩みや困難にぶつかった時、私たちはどうすればいいのだろうか。
飲酒などの享楽に走ることで憂さを晴らす人もいる。
だが、享楽は問題をつかの間忘れさせてくれるだけで、
問題そのものを解決してくれるわけではない。
享楽にふける間に問題が大きくなる場合も多い。

エジソンは、働くことで逆境を乗り越えた。
こう振り返っている。
「困難な苦しい時、自分は気分を変えることに努めた。
そして困ったことから念を外すためにも、人一倍働いた。

悩みの解決には、仕事が一番の薬であった。
決してお酒では問題は解決できない」
何があろうとも逃げないのがエジソンの流儀だった。
実際、問題に直面すると、エジソンは次々と解決策を発案した。
問題が解決するか、もはや絶対に無理だとわかるまで解決策を考え続けた。
  トーマス・エジソン 神の仕事力  桑原 晃弥 著  電波社
_______

問題を解決する方法は、問題に立ち向かうこと、逃げないこと。
お酒に逃げても、遊びに逃げても、根本の解決にはなりません。
例えば経営に行き詰ったとき、例えば人間関係で問題を抱えたとき、例えば思うように結果が出ない時。
逃げて解決しますでしょうか。

掛け算を覚える所で行き詰っている子どもが、
あきらめて英語の勉強をしても、掛け算が解けるようにはなりません。
一生掛け算を覚えない覚悟があるなら覚えなくてもよいでしょう。
それ以外の場合は逃げても問題の解決にはなりません。

経営が行き詰ったとき、もうどうなっても構わないのであれば、酒浸りも良いでしょう。
人間関係も、その人とは一生関係を持たないのであれば、修復する必要もありません。
他の人と仲良くすれば良いでしょう。
解決したいか?したくないか?
どちらが正解ってわけではありません。

世の中には理解できない人もいますし、思うように結果が出ないときもあります。
ただ、やれるだけやって、自分が納得するのであれば逃げるのも一つの手段ですが、
精一杯頑張らずに逃げるのは、逃げ癖がついて「人のせい」にする人生を歩むことになります。

雨が自分にだけ降らないように、困難も悲しみも自分にだけ降りかかっていると思っちゃいけない!
みんな色々あるけど頑張ってる。
だから、みんな凄いし、みんな尊敬できるし、みんな愛がある。
困難なときほど、我武者羅に働こう



2017年6月 9日 (金)

優しさは余裕から生まれる

「優しさは余裕から生まれる。」
幸せって
余裕から生まれるもので
自信も
余裕から生まれて
優しさも
余裕から生まれる。
で、余裕は何から生まれるかというと
人や物への感謝から。
余裕がない人は
“ありがとう”と“当たり前” を
勘違いしてると思う。

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自己肯定感が低い人の原因

 「自己肯定感が低い人の原因」
大多数の人々の自己肯定感は低い。
その結果、人を信頼することができない、
攻撃的な行動をする、悪口を言う、誰かに反感を抱く、他人を批判する、
批判されることに耐えられない、グズグズする、ほめられても素直に受け取ることができない
―――これらは、自己肯定感が低い人の特徴だ。
アメリカの国民の3人に2人は自己肯定感が低いために苦しんでいるといっていいだろう。

子どもの発達に関する研究で、
小学3年の初めには子どもたちの約80パーセントが高い自己肯定感を持っていたのが、
小学5年生になるころには20パーセント程度に下がり、
高校3年生になるころにはわずか5パーセントにまで激減することがわかった。

多くの人は、自分の学力や容姿、学歴などについて自信が高く持てず、苦しんでいる。
その原因は2つある。
1つには、自分の外見や持っているものがどうあるべきかをメディアや広告がたえず訴えかけてくることだ。
流行の髪型や服装、魅力的な容姿をメディアに見せつけられ、自分が劣っていることを痛感させられる。
こうしたイメージ戦略によって、
「今のままではダメだ」「もっとよく直していかなければ」と思い込んでしまうのだ。

私たちが低い自己肯定感に苦しむことになる、もう1つの原因は、
自分の基準ではなく他人の基準によって自分を判定しようとすることにある。
他人の基準をクリアしなければならないという思いに縛られていては、みじめになるだけだ。
他人のようにできないと、「自分はどこかおかしいのではないか」とさえ感じるようになってしまう。
 相手の心をつかんで離さない10の法則
  カート・モーテンセン 著 弓場 隆 訳 ディスカヴァー

マリリン・モンローに代表されるグラマラスな女性がもてはやされた時代に、
オードリー・ヘプバーンはコンプレックスの塊でした。
華奢な身体、太い眉毛に大変悩んでいたと言います。
しかし、あるときからコンプレックスを愛して強調しだし、多くの人に愛されるようになっていきました。
そのことを、こう語っています。

「わたしにとって最高の勝利は、ありのままで生きられるようになったこと、
自分と他人の欠点を受け入れられるようになったことです」
美のトレーナーとして数々の№1美女を創りだしてきたスティーブン・ヘインズ氏はこう言います。
「鏡の前で、チェックして!
そこに好きな自分が見えますか?
鏡の前に立って、自分の姿をしっかりと見つめること。できる?
できない人多いよね。
今の自分を受け止め、認めることが大切。
自分を認められない人は、人からも認められないよ」

「日本の女性に何より足りないのは自己肯定感。
仕事も、家庭も、子育ても頑張っている。
周囲に優しい心遣いができる。
そんな自分をどうして認めないの?

あなたは間違いなく素晴らしいんだよ!」
自分が胸張って頑張ってると思えれば、人と比べる必要なんてない!
比べることに、意味も価値もないと思います。
だって、みんな違う人でしょ?

たまたま同じ国の、同じ地域の、同じ歳の、同じ性別の、同じ学校かもしれないけれど、
やりたいことも、夢中になるものも、好きなことも、嬉しいと思えるものも、守りたいものも、
大切にしたいものも、全部が一緒な訳ない。

多くの人を幸せにしたい人もいれば、たった一人を幸せにしたいと願う人もいたっていい。
どちらが正しいとか間違ってるもない。
お金があっても不幸な人はたくさんいるし、地位が高くても不幸な人はたくさんいる。

この世に生を受け、歩み、自分の歴史を振り返ったときに、
自分が納得する人生が、一番いい人生。
人と比べている場合じゃありませんね

2017年6月 8日 (木)

怒りを感じたら「100から3ずつ引き算」

怒りを感じたら「100から3ずつ引き算」

怒りを感じた時の有効なやり過ごし方
カチンと来たら、
まず深呼吸をしてすぐには言動に走らず
頭の中で100から3ずつ引き算をする。
「97、94、91、88……」とアタマの中で数えているうちに
6秒間という怒りのピークは静かに過ぎ去っていき、
不思議と落ち着いて話ができるようになります。

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大事なものは表に出ない

  【大事なものは表に出ない】 渡辺和子さん
私の出身校である東京の武蔵野の私立の小学校には、当時の日本のトップリーダーの子女も多く通っていました。
その頃珍しい男女共学で、「心の教育」に力を入れ、毎朝、全員が講堂に集まって「心力歌(しんりょくか)」を唱え、大きな鐘の響きとともに始まる凝念(ぎょうねん)に、指を組み心を静めてから教室に入るのです。

入学してすぐ担任にいわれたこと一つは、「校門を通る時、男の子は必ず帽子を取って守衛さんに、先生にするのと同じ態度であいさつしなさい」ということでした。
6年間、これを続けている間に、いつしか習慣になり、これが一つのリーダー学であることに気付いたのは、社会に出てからでした。

「土の中の水道管
高いビルの下の下水
大事なものは表に出ない」(相田みつを)

私が、今も職場で特に目立たない働きをしていてくれる人たちにあいさつをするのは、多分、小学校で身についたことなのです。
学生たちにも、「お掃除や草取りをしていてくださる人たちに、ごあいさつするのですよ」といっています。

「給料を払っているのに、あいさつしたり、ありがとうという必要はないでしょう」という若い教師も、いないではありません。
それは、大きな考え違いです。
あいさつは、身分や立場とは無関係なのです。
特に、あいさつしてもらうことの少ない人たちに、あいさつは、「あなたは、ご大切な人なのですよ」と伝える最良の手段であり、お互いが、お互いのおかげで生きていることを自覚し合う、かけがいのない機会なのです。

《目立たない仕事をしている人へのあいさつを忘れてはいけない。
私たちはお互いに「おかげさま」で生きているのだから》
  『置かれた場所で咲きなさい』 幻冬舎

「花を支える枝
枝を支える幹
幹を支える根
根は見えねんだなあ」(相田みつを)

我々はつい、きれいな花だけを見てしまい、それを支えている根のことを忘れている。
花でも、木でも、そして人間も、根がしっかりしていなければ、しっかりとそして、どっしり生きることはできない。

人間にとっての根になるものは、「笑顔」「礼儀作法」「あいさつ」「感謝の心」「思いやり」などとともに、「弱者への共感」「卑怯なことを憎む心」「惻隠(そくいん)の情」などがある。
「弱者への共感」とは、弱い者いじめをしないことや分け隔てがないことであり、「惻隠の情」とは相手の心情を深く理解することができることだ。

「目立たない仕事をしている人へのあいさつを忘れてはいけない」
おかげさまの気持ちで日々過ごしたい。


2017年6月 7日 (水)

自信に根拠はいらない

【 自信に根拠はいらない 】
すぐ悲観的になって
自分に自信が持てない人は
いつも一生懸命で
周りに気を遣って
人の気持ちに敏感で
すぐ一人で抱え込む人

でも本当は誰にも負けない
何かを持っている人
ただ気付いてないだけ
後は自信と自分の持っている
才能に気付くだけだよ
 「 作者不詳 」

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HONDAの雄叫び

HONDAの雄叫び
日本を代表する会社の心です

かんばっていれば、いつか報われる。
持ち続ければ、夢はかなう。そんなの幻想だ。
たいてい、努力は報われない。
たいてい正義は勝てやしない。
たいてい、夢はかなわない。
そんなこと、現実の世の中ではよくあることだ。
けれど、それがどうした?スタートはそこからだ。

技術開発は失敗が99%。
新しい事をやれば、必ずしくじる。腹が立つ。
だから寝る時間、食う時間を惜しんで、何度でもやる。
さあ、きのうまでの自分を超えろ。
きのうまでのHondaを超えろ。
負けるもんか。
HONDA

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2017年6月 6日 (火)

失敗は

失敗はイヤというほど
したほうがいい。

そうすると
バカでないかぎり、
骨身に沁みる。
判断力、
分別ができてくる。
これが成長の正体だ。
- 田中角栄さん -

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尊敬できる人

 【尊敬できる人】
世界20カ国の青少年に 「先生を尊敬しているか」と質問したところ、
「はい」と答えた割合は、 韓国、アメリカ、EU(欧州連合)の80%以上に対して、
日本はわずか21%で最下位である。
19位の国ですら、70%が「はい」と答えているのに、
20位の日本は、恐るべき最下位である。

また「親を尊敬するか」の問いには、 世界の平均は83%なのに、
なんと日本では25%だ。

さらに大きな問題は、日本の高校生の自己評価の極端な低さである。
現在、日本の高校生の66%が、自分は駄目な人間だと思っている。
その割合は、アメリカでは22%、 中国にいたってはわずかに13%である。

この原因は、いろいろ考えられるが、戦後60年の教育の中で、
人間として真のあるべき姿を、
大人や先生が十分に教え、 示してこなかったからではないか。

 (平成 22 年 3 月 22 日 産経新聞コラム)

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2017年6月 5日 (月)

愛とは

愛とはよい相手を
見つけることではありません。
愛とはお互いよい相手に
なることです。

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人生を円でとらえる

 「人生を円でとらえる」
人間、生きていればいろんな困難に直面し、その時々で思い悩む生き物である。
そう考えると人生には苦悩が付きものであるといえるかもしれないが、
幸い私は今まで生きてきた中であまり深刻に悩んだことはない。
それは人生をシンプルに考えているからだ。

多くの人々は人生を「線」で考えている。
だから人生が苦しく、重いものになってしまう。
過去から現在、果ては死へと続く直線で人生をとらえてしまうと、
その度ごとに遭遇する喜びや哀しみが個別のものとなる。
本来は喜びも哀しみも、人生に巡ってくるものすべてに連動性があり、
つながっているものなのだ。

私は人生をシンプルな「円」としてとらえている。
喜びの反対側に哀しみがあり、優しさの反対側に怒りがある。
辛いことの反対側には楽しいことがあり、虚しいことの反対側には充実感がある。

「明けない夜はない」とか「止まない雨はない」と言ったりするが、
人生もそれと同様、同じ状態が永遠に続くことなどありえない。
しかし、人生を「線」で考えていると「この苦しみが永遠に続くのではないか」
と感じてしまうようになる。
人生を「線」ではなく「円」でとらえれば、苦しみも哀しみも、楽しさも喜びも、
すべて連続してつながっていることが理解できるはずだ。
「運に選ばれる」法則76  桜井 章一 著  宝島社

川の水は、上流から下流に流れ、海に辿り着く。
これだけだと「線」の考え方だから、上流が良かったとか、下流は嫌だとなります。
しかし実際は、海の水は蒸発して雲となり、やがて雨や雪となって地上に降り、
そして地下水や川の水となって、再び海へと戻ります。
循環しているのです。

暑い日や運動した後の、コップ一杯の水が、この上なく美味しく感じるように。
悲しい出来事のあと、優しくしてくれる人の温かさを知るように。
哀しみを乗り越えて立ち上がったとき、いつも以上に誇らしい気持ちになるように。

人生は円のように循環していると捉えれば、この苦しみもいつか役に立つ!
この悲しみがあったおかげで強くなれる!という考えになります。
そして、循環だとしたら、善循環と悪循環というように、
上向いていく循環と、下降する循環があることに気づきます。
らせん階段を昇るのか降りるのかのように。

この違いは何かといったら、それこそが「出来事に対してのとらえかた」ということです。
○○のおかげでと思えば昇っていく。
○○のせいでと思えば降りていく。

精神科医の斎藤茂太氏はこんな言葉をのこしました。
「『好き』という感情は好循環を生む。
反対に『嫌い、イヤだ、だめだ』という感情は悪循環をつくり出す」
心が循環(らせん階段の方向)を決めますね


2017年6月 4日 (日)

ユダヤの格言

★【ユダヤの格言】
「人は転ぶと、まず石のせいにする。
石がなければ坂のせいにする。
そして、坂がなければ
はいていた靴のせいにする。
人はなかなか自分のせいにはしない」



タテヨコ不変の法則

 【タテヨコ不変の法則】 小林正観さん
《「10年たっても20年たってもどんなときでも(タテ)、年上に対しても年下に対しても誰に対しても(ヨコ)、
同じ笑顔、同じ丁寧さを保ち続けること」。それが「タテヨコ不変」の意味。》

「タテヨコ不変」とは人格向上のための第一歩です。
「タテの不変」とは、
10年ぶり、20年ぶりに会っても同じ笑顔、同じ親しさを保ち続けられるということです。
年がたてば、人はそれなりの“社会的立場”を背負うようになりますが、
「偉そう」になったり、威張ったり、横柄になったりしないことがとても大事なことに思えます。

「ヨコの不変」とは、
いまの自分を取り巻いている人に対して同じ態度や同じ笑顔を示し、それを保つということです。
目上の人や同僚だけでなく、目下の人や、出入りの業者さんにも丁寧に接するということです。

「ヨコの不変」を持っているかどうかは、次の3つの場合で見分けられます。
1.車を運転するとき
2.酒を飲んだとき
3.財力や権力を手に入れたとき
自分が有利な立場や優位に立ったときに急に態度が変わるのは「業(ごう)が深い」のだそうです。
そういう人は「業の修正」をしながら「喜ばれる存在」を目指していくことになるのでしょう。
  『心を軽くする言葉』 イースト・プレス

その人の本性(ほんしょう)があらわれやすいのは、
「車を運転したとき」や「酒を飲んだとき」だといわれる。
理性や自制心がはずれやすいからだ。

車に乗ると人が変わったようになる人は、お金や権力を手に入れたときにも同じようになる。
普段押さえていた理性や自制心が、車という力を得たときにはずれてしまうからだ。
これは、飲食店やお店など、弱い立場の人がいるところで、
大声で怒鳴ったり怒ったりする人も同じだ。
お客という立場(力)を得たときに、理性のコントロールができなくなってしまう。

『「偉そう」になったり、威張ったり、横柄になったりしないことがとても大事』
どんなときも、同じ笑顔で、同じ丁寧さを保ち続けること…
「タテヨコ不変の法則」を肝に銘じたい。


2017年6月 3日 (土)

喧嘩っていうのは

喧嘩っていうのは
私は変わらない
お前が変われ という
変わることを
拒否してる同士の
意見の
押し付け合いなんです
よく喧嘩する仲ほど
変化し合えない
関係なんです
違う人間同士が
長く付き合っていくためには
お互いの意見を
受け取り合い
変化し合っていかなきゃ
長続きはしません

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子ども

新評社から出版されている『あなた自身の社会 スウェーデンの中学教科書』
に掲載されている「子ども」という詩の一節を紹介します。

批判ばかりされた子どもは
 非難することをおぼえる
殴られて大きくなった子どもは
  力にたよることをおぼえる
笑いものにされた子どもは
  ものを言わずにいることをおぼえる
皮肉にさらされた子どもは
  鈍い良心の持ち主となる

しかし、激励をうけた子どもは
  自信をおぼえる
寛容にであった子どもは
  忍耐をおぼえる
称賛をうけた子どもは
  評価することをおぼえる
フェアープレーを経験した子どもは
  公正をおぼえる
友情を知る子どもは
  親切をおぼえる
安心を経験した子どもは
  信頼をおぼえる
可愛がられ抱きしめられた子どもは
  世界中の愛情を感じとることをおぼえる

 「あなた自身の社会 スゥエーデンの中学教科書」ーより抜粋ー 
  作詩・ドロシー・ロー・ノルト  訳・川上邦夫

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2017年6月 2日 (金)

みんな家族

家族って
血でつながっている人だけじゃない。
家族って
人生であなたと一緒にいたいと
思ってくれる人たち。
家族って
ありのままのあなたを
認めてくれる人たち。
家族って
あなたに笑顔でいてほしいと
願ってくれる人たち。
家族って
たとえどんなことが起きても
あなたを愛してくれる人たち。
血が繋がってなくても、
みんな家族なんだよね。

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自己暗示でやる気を高める

 【自己暗示でやる気を高める】 内藤誼人さん
フランスの精神療法研究家のエミール・クーエは、「私はよくなる、毎日よくなっていく」
といった暗示をかけるときには、朝目覚めたばかりのときと、夜の寝る前に、
20回ずつ繰り返すことを勧めている。

20回も暗示をかけるのは大変だと思われるかもしれないが、
実際にやってみると、そんなに時間も手間もかからない。
「さあ、やる気が出てくるぞ!」
「ほら、どんどんやる気が出てきた!」
「やる気が頭からつま先まで溢れてきたぞ!」
といった言葉を20回くらい唱えるだけなのだから、せいぜい1分とか、2分くらいなものであろう。

しかも、“暗示のかかりやすさ”というものは、慣れればなれるほどに高まっていく。
はじめのうちは20回くらい唱えなければ暗示にかからなくとも、そのうちに10回になり、5回になり、という具合に回数はどんどん減っていくのが普通である。
そのうち、1回だけ、「ほら、もうやる気が溢れてきた」と唱えるだけでも、
やる気が面白いように出てくるようになる。

やる気が出ない人は、自分に悪い暗示をかけているからやる気が出ないのであって、そういう悪循環を断ち切りたいのであれば、とりあえず朝晩、20回ずつ自分に良い暗示をかける習慣を持ってほしい。

暗示というのは、決して精神的なものばかりではなく、きちんとした身体反応(生理反応)を伴うものなのである。
たとえば、バラの花粉でぜんそく発作が起きてしまう女性に、
「今からあなたにバラの花束を渡します」
といいながら、造花のバラの花束を手渡すと、それだけで発作が起きてしまうことがある。
もちろん、造花のバラに花粉などはないのだが、
私たちの脳みそは、「バラだ!」と認識しただけで、身体がそれに反応してしまうのである。

さらに、「今からタバコの火を手に押しつけます」という暗示をかけてから、ペンなどを手に押しつけると、信じられないかもしれないが、押しつけた場所にやけどの痕ができてしまうことすらある。

これらの例でわかるように、暗示というものは、単なる精神現象ではない。
「さあ、やる気がでてくるぞ」という暗示をかけると、私たちのやる気を引き出してくれるホルモンであるテストステロンなどが分泌されてきて、身体的にも、やる気に満ちあふれた状態になる。
自分に暗示をかけることは、単なる気休めではなく、実際の生理反応を伴うものなのであり、効果的なものなのだ。

まったく何の効能もない薬でも、「これは効く!」と信じて服用すると、私たちの身体はそれに反応し、病原体などをやっつけてくれることがあり、これは「プラシボ効果」(偽薬効果)として知られている。
やる気がない人は、まず考え方を変えなさいと私がアドバイスするのも、単なる気休めではない。

「嫌だな」とか「やりたくないな」と思っていると、本当に身体も重くなってきて、仕事は遅々としてはかどらなくなるのに対し、暗示で気合を入れておけば、不思議なくらい身体も軽くなってきて、本当にスイスイと仕事をこなせるようになるのだ。
 『自分を「やる気」にさせる! 最強の心理テクニック』 ぱる出版

中村天風師はこう語る。
「鏡を利用する自己暗示法を真剣に実行しさえすれば、信念はどんどん煥発(かんぱつ)されるはずである。
私は毎晩の寝がけに、『今日1日、本当にありがとうございました。本当にうれしく、ありがたく、これから休ませていただきます』
鏡を前において、顔を写して、じいっと顔を見て、『お前は信念が強くなる!』と一言いって、床の中に入る」

鏡に写る自分自身に向かっての自己暗示は効果抜群だ。
なぜなら、鏡に写った自分を見つめることで、集中力が増し、自分自身の意識、すなわち「自己意識」を高めることができるからだ。
自己暗示で自分のやる気を高めたい。


2017年6月 1日 (木)

人と自分を許す

「謝らせたい。」「仕返ししたい。」
「おとしいれたい。」「笑い者にさせたい。」
「ギャフンと言わせたい。」
「自分が悪いことを認めさせたい。」
と思えば思うほど苦しんでる自分がいる。
頭ではなく「心と身体」が苦しんでいる。
それが続くと、病気や貧困になっていく。
憎い相手は、どんどん幸せになっていく。
自分も幸せになりたいので、もう許す。
許せない自分のことも、もう許す。
完璧なんてないよねー、
まぁー、いっかぁー

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ぼくの人生 こんぺいとう

 【ぼくの人生 こんぺいとう】 国府小学校6年 河上 光
僕には、「発達障害」というものがあります。
障害ではあって病気ではありません。
これは生まれた時からある物なのです。
ちなみにぼくの障害名は、
「ADHD(注意欠陥多動性障害)」と、
「高機能自閉症」です。
他にも発達障害の内には
「LD(学習障害)」や、
「アスペルガー症候群(略してアスペ)」、
さらに「自閉症」などあります。

僕に障害があるとわかったのは、2歳9ヶ月の頃です。
しゃべり始めが遅く、不思議なことばを言っていたらしいし、
走り出したら止まらないので、
障害にくわしいお医者さんにみてもらったようです。
そのとき「ADHD」としんだんされたようです。
不思議な言葉のことは、「あ、宇宙語ですね」と言われたそうです。

一年生の時、「高機能自閉症」としんだんされました。
小学校に入ってからいじめが多くなりました。
からかわれている事もありました。
しかし、幼いころは
遊んでくれているんだと思っていました。
でもそのうち、いやがらせだと分かりました。
「ガイジ」とも呼ばれました。
悲しかったです。
泣いて帰ることもありました。
そんな時お父さんは、
「発達障害を持っていることは悪いことではない。
 悪いのはいじめることだ」と言ってくれました。
確かにそれが分かった気がします。

発達障害にもいい所があると分かりました。
興味あることに集中やひらめいたり、熱中しています。
パズルやマンガ作り、テレビ「IQサプリ」は大得意でした。
なんでも夢中になると、
周りの様子が分からなくなることが欠点ですが、
これは作用の中に入れておきます。
僕がまだ小さい頃、何かに夢中で、
線路に座り込んでいたらしいです。
でも、ご近所の人がぼくを家まで送ってくれたらしいです。

3年生になった時、
初めてぼくの障害名を聞きました。
テレビを見て、
(発達障害の)「ぼくはどれ?」とお父さんに聞いたらしいです。
聞いた時は大したリアクションではありませんでした。
しかし、聞かれたお父さんは
なんと言おうかとドキドキしていたらしいです。
友達と遊びたいけど、どんなふうに話しかければいいか、
どう反応すればいいか分からないから、
友だちとケンカになったり、友だちを泣かせてしまったり、
そういうことをしたことがあったけど、僕は友達がたくさんほしいです。

4年生の時、
仲の良いクラスの友達と、どうすれば友だちが増えるのか相談しました。
そして、みんなに手紙を書こうと決まりました。
夜まで書きました。
数日後、みんなに手紙をわたしました。
内容は、「ぼくは、『ADHD』と、
『高機能自閉症』という発達障害を持っています。 ・・・・」
みんなの反応はというと、
内容を分かってくれて、友だちになってくれた人もいたけど、
逆に、手紙を返したり、破っていたり、いじめがエスカレートしたり、いろいろでした。
これを聞いたお父さんは、
「お前は勇気がある」と言ってくれました。

お父さんは、
発達障害のある子どものことを「こんぺいとうキッズ」と呼んだりしています。
色も形も色々で、いいところ、苦手なところの、でこぼこがいっぱいあるけど、
そこがまたみりょく的だからこんぺいとうなのです。
ぼくは聞いただけで、何をするかは苦手ですが、
目で見て何かをするのと、パズルや迷路は大得意です。
忘れっぽいですが、
思い立ったらすぐに始める行動力があります。
運動は苦手ですが、ちょうせんする心はあります。

発達障害のない人たちへ、
発達障害の人に「かわいそう」や「かわっている」
など言わないで下さい。
その人が悲しんでしまいます。

発達障害がある人たちへ、
あなたのところでいじめはありますか?
いじめは自分のせいと思っていませんか?
決してそうではありません。
からかう方が悪いのです。
まだみんなに発達障害だと伝えていないのなら、
朝か帰りにみんなに告白しよう!
きっと友だちが増えるかもしれないよ。
自殺なんかするよりも、
今、自分のいいことを探してみよう。

時間という物は味方、
そして、発達障害は天からのプレゼントだ!
プレゼントだからいい物に決まっているじゃないか!

平成21年度人権作品コンクール
小学校作文の部 最優秀賞
国府小学校6年 河上 光


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