« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »

2016年9月の60件の記事

2016年9月30日 (金)

相手の話をしっかり聞く

 『相手の話をしっかり聞く』
他人への気遣いで大切なのは、

話を聞いてやることだ。

人間は歳を取ると、
どういうわけかこれが
苦手になるらしい。

むしろ、自分の自慢話ばかり
したがるようになる。

だけど、自慢話は
一文の得にもならないし、
その場の雰囲気を悪くする。

それよりも、相手の話を
聞く方がずっといい。
 - 北野たけし -

14519650_660060450823415_2161317689





許し合い、正し合う

 【許し合い、正し合う】 松下幸之助さん
私が家内と二人で商売を始めてしばらくしたころのことです。
当時は商売がすこし順調に進んできたところで、
朝から晩まではり切って一生懸命に働いておりました。

ところが、そのうちに従業員がふえてきて、7,80人になってきましたが、
その中に一人悪いことをする人がいたのです。
それは非常に信頼していた店員の一人でしたが、
ちょっと会社のものをごまかしたというわけです。

私は生来、潔癖症というか多少神経質の点もありまして、非常に悩んだのです。
“困ったことやな。あの男がそういうことをするとは思わなかったけれども、
いったいこれからどうしたものだろうか”
と、その夜は一晩寝られずに朝まで悶々(もんもん)として悩んでいました。

“なるほど、彼は悪いことをした。だから当然のこととしてやめさせるのも一つの方法だ。
しかしやめさせるにしても、そのことがよかれあしかれ周囲の者に
いろいろな形で影響してくるだろうし、
それがほんとうに会社のため、また本人のためになるのかどうか”と、
あれこれ考えさせられたわけです。

ところが、つづいて翌日の晩も考えているうちに、ふと心に浮かんだことがありました。
それはこの日本にいわゆる罪人と言う人が何人いるだろうかということです。
これは相当あるにちがいない、と考えました。
刑が決定して監獄に服役している人も多いですし、未決で裁判中の人も相当あります。
またそういう裁判沙汰(ざた)になっていなくても、軽犯罪的なものもあります。
警察で説諭して釈放されるとかいうような軽犯罪もあれば、
一方では警察につかまらないが、悪いことをしている人も大ぜいいます。

したがって、私どもの会社に日本人が7、80人いれば、
1人以上は悪人とまではいかないまでも、
よくないことをするという人が出てきてもふしぎではないと気がついたのです。
そうしてみると7,80人の人を使っているようなところに、
一人や二人は軽犯罪をするような人も含んで使わなければいけないのではないかと、
そいう考えが生まれてきたのです。

そうすると、自分の心がふしぎにフーッと楽になったのです。
肩の荷が下りた感じでした。
それで本人にはこれからは二度とそういうことはやめさせることにして、
訓戒だけにしてしておくことにしたわけです。
そのことがあってから私は、非常に大胆に人を使えるようになりました。

大胆に人を使うことは、一面にはその人たちを信頼するということに結びつきます。
信頼された人たちは、いっそうはり切って自主的に働くようになりますから、
それぞれの知恵もますます生きてきて、
会社の経営もさらに順調にいくようになったというのが、私の一つの体験なのです。

そういう場合でも、基本的にはすべての人を生かしていくのだ、
この社会に生きる人びとをともどもに生かしていくのが
相寄って生きる人間としてのつとめなのだという、
豊かな心をつねに養っていることがきわめて大事だと思います。

お互いにあやまちを許し合い、また温かく正し合うというところに、
豊かな人間味と共同の幸せが生まれてきますし、
また自分が人びとを許す心をもってはじめて、
自分も人びとに許されるということになってくるのではないでしょうか。
 《人間としての成功》 『すべてがうまくいく』 PHP研究所

会社の中に罪人がいてもいい、という話ではない。
「ゆるし」の気持ちがあるのかどうか、ということだ。

ことの大小は別にして、生きている上において、あやまちを犯さなかった人はいない。
何らかの罪を日々犯しながら生きているのが人間だ。
ただし、大方の人はそれが犯罪までいくことはないのも事実。

あやまちを許せば、それが信頼に結びつく。
許し合い、正し合う姿勢が人間味をつくる。

14446145_1131745216905779_635599575





2016年9月29日 (木)

仕事っていうのは

好きなことは趣味でやればいい。
仕事っていうのは、
お金をもらってやることだから、
それはお金を払う人に対して責任を

取らなきゃいけない。
こっちが好きか嫌いなんかどうでもいい。
向こうがお金を払ったことに対して
責任をとれるか。
そういうことがちゃんとできてるって
プライドが持てるか。
そこだけでいいと僕は思う。
  林 修

14462723_1113839545319948_893282037





心に笑顔 声にも笑顔

 『心に笑顔 声にも笑顔』
心が暗く沈んではいないか。声や振舞に活気や明るさがあるか。
いつも心を明るくはずませていたい。
心に笑顔があれば、顔にも、声にも、振舞にも、明るい笑顔がついてくる。
そしてその明るい声や振舞が、まわりの人の心をひらき、
なごんだ空気をかもし出すのである。
「松下幸之助 成功 日めくり」より

「笑顔」の効果は絶大です!
いつも「心を明るくはずまた笑顔」があればすべてがうまくいきますね
その「笑顔」は三つの「潜在意識の脳の状態」から生まれてきます。

「心の状態(心に笑顔)」
「体の状態」
「周りの状態」

全部が揃わなくてもどこか一つが変われば自然に
「潜在意識の脳」が反応して「笑顔」が出てきます。
幸之助さんが言うようにいつも「心の状態」=
『心に笑顔」を持っていれば他の状態は揃わなくても「笑顔」は出てきます。

でも「心の状態」からはできない時もありますよね。。。
私もそんな時があります。
そんな時は「体の状態」だけをまず「笑顔」にしてみてください。

私は野波ツナさんのコミックで「さくら」として登場していますが、
そこに描かれているようにアスペルガーの夫といるときには
いつも口元だけは笑顔にしています。
それは、「言葉はそのまま」「笑顔もそのまま」にしか受け取れない
アスペルガーの特性を考えての行動でもあるのですが、何よりも大事な効果もあるんです

「体の状態」をまず「笑顔」にすると自分の「潜在意識の脳」は
「笑顔」になっている自分を感知します。

「潜在意識の脳」には主語や目的語などは存在しません。
「潜在意識の脳」は「体の状態の笑顔」=
「嬉しいこと」「楽しいこと」と単純に結びつけて反応して
「嬉しい状態」「楽しい状態」になります。
つまり「体の状態」「心の状態(心に笑顔)」を引っ張って変化させます。

この二つが変わったことでもう現れるのは本当の「笑顔」になります。
そしてそれは本当の「笑顔」=「顔にも、声にも、振舞にも、
明るい笑顔」ということになります。
そこで初めて
「周りの状態」=「その明るい声や振舞が、
まわりの人の心をひらき、なごんだ空気をかもし出す」
いい循環の始まりですね。
まずは「体の状態」を「笑顔」にしてみてくださいね
 田中順子



2016年9月28日 (水)

わたしが成功した理由

人生の中で、
なんどもなんども繰り返し、
わたしは失敗した 。

それが、わたしが成功した理由だ
  マイケル・ジョーダン

T02200146_06400426128760093811





うまそうに見えない人

  【うまそうに見えない人】  川北義則
先日、タクシーに乗っていたときのこと。
突然、急ブレーキがかかって、危く前のシートに頭をぶつけそうになった。
「すみません、大丈夫ですか。バイクがいきなり割り込んできたものですから。
ああいうバイクは、ミラーの死角から急に出てくるので、ほんと困るんです」
運転手は、申し訳なさそうに謝った。

前方に目をやると、急ブレーキの原因をつくった大型バイクが、
車列の間を左右へひらりひらりと出たり入ったりしながら、遠ざかっていくのが見えた。
それを見て、バイク乗りで知られる落語家の柳家小三治さんの言葉を思い出した。

「人の運転ぶりを見ていると、うまい人っていうのはうまそうに見えないね。
うわァ、すごいな、っていう走り方をしないのね。
狭いところをスパッと入ってね、下手すりゃ紙一重で危ないってところを、
間一髪でクリアして、どうだ、すごいだろうなんて、
そんな危ない運転を、本当にうまい人はしませんね。
スムースに流れるように、いつも安全なところを、それで速いっていう走り方ですね」

そういえば、先日乗ったタクシーの運転手は、スタートも停車も実にスムーズで
それでいて出すべきところでスピードを出す。
カーブもきれいに曲がる。
思わず「運転手さん、運転うまいね」と話しかけ、
「何かやっていたの?」と聞いたところ、以前はレーサーだったとか。
道理でと納得したものだ。

車の運転でも、たいしてうまくもないのに、
人さまの迷惑も考えず、これ見よがしに自分の走りをひけらかすのはみっともない。
そんなのは粋がった野暮天のすることで、本当にうまい人は私が経験したように、
一見、何でもない走りなのに実はすごいという運転をする。
決してひけらかさない。

これは、およそすべての趣味全般、嗜み事に通じる話で、
少しかじった程度のことを通ぶって話すのはみっともないし、
いくらその道に詳しいからといっても、
それをこれ見よがしにひけらかし、自慢されたら、誰だっていい気はしない。
    『男の嗜(たしな)み』PHP研究所

落語などの芸でも、ほんとうにうまい人はうまそうに見えないことが多い。
ここは面白いぞ、と声を張り上げて強調するようなこともなく、
淡々と、むしろつまらなそうにボソボソと噺をしたりする。
本当に実力のある人は、他人にひけらかしたり、いばったりはしない。

「無名有力」と言う安岡正篤師の言葉がある。
たとえ無名であっても、力のある人であれ、ということだ。
その反対が、有名無力の人。
いくら有名であっても、力がなければ、
世の中の役に立たないどころか、害毒になってしまう。
無名有力の人でありたい。



2016年9月27日 (火)

休息と安息は違います

最近体調を崩される方が多いですね
自分も崩してしまい病院に行きました
お医者さんに言われたのは
『休息とは
ずっと寝るということではなく
好きなことをして
息を休めるということですよ。
ずっと寝なきゃいけない場合は安静にと伝えます』
と言われました
皆さん休息はとれてますか?

Img_mainillust1





手に負えぬ深刻な事態

一休は他界する直前、
「この先、
どうしても手に負えぬ深刻な事態が
 起きたら、この手紙を開けなさい」と、
弟子たちに1通の手紙を残した。
果たして数年後、
弟子たちに今こそ師の知恵が必要という
重大な局面が訪れた。
固唾を呑んで開封した
彼らの目に映ったのは次の言葉だった。
「大丈夫。心配するな、何とかなる」
ーーーーーーーーーーーーー
「大丈夫。心配するな。何とかなる」
それがどんなに深刻な問題でも、
時間が全てを解決してくれるということ
でしょうか。
「この仕事は俺にしかできない」なんて話も
 よく聞きますが、そんなこともまずありません。
 ほとんど全ての事柄が「何とかなる」
 何とかなっているものなのです。

14440892_1112099555493947_118014998





2016年9月26日 (月)

わからなければ聞いてみる

 『わからなければ聞いてみる』 
どうにも判断がつかない。どうすればいいのかわからない。
そんなときには、素直に謙虚に人にたずねてみることである。
一人の知恵には限りがある。
その限りある知恵でわからぬままに歩むほど危険なことはない。
恥ずかしいのは人に聞くことではなく、
自分の殻に閉じこもって、
人の教えを請わないことである。

 「松下幸之助 成功 日めくり」より

Icon_2561




希望

  【希望】 日野原重明さん
私たち人間が幸福に生きるには、
やはり希望を持って生活することが欠かせないと思います。
たとえば不治の病にかかったりしたら、
もうまったく夢も希望も持てなくなるかもしれません。


しかし、残された日々、許された命のなかに、
自分には何ができるかということに生きがいを見つけ、
立派に生をまっとうしている人もたくさんいます。

「あなたの希望は何ですか」
そう人に問うと、
「出世がしたい」「有名になりたい」「もっとお金が欲しい」
「大きな家に住みたい」など、いろいろな答えが返ってきます。
死ぬときには、持っていけないものばかりを欲しがる人は、案外多いものです。
しかしそれは、希望というよりも欲望です。

エーリッヒ・フロムという心理学者は、
私たちの欲望は「外に対して願望を持つ」ということ、といっています。
つまり、地位や名声、財産などを求めることは、みんな外の願望です。

いっぽう、希望というのは内なるものなのです。
自分を見つめ、自分の内側に求める未知なる能力といってもいいでしょう。

外に対する願望は、何を持つかという「having」です。
希望とはそうではなくて、どうありたいかという「being」なのです。

どういう人になりたいか。
どういう人生を過ごしたいか。
そんなことに、めいめいが想いを持ってほしいものです。
 出典元:(日野原重明 生きるのが楽しくなる 15の習慣)
------------------------------------------------------------------
言われてみると、人というのは、希望よりも欲望ばかりのような気がしますね。
私も、自分の内側の希望に目を向けていきたいと思います。

T02200329_03000449127963776081





2016年9月25日 (日)

真の友は永遠に

良い友はお互いを思いやる
親しい友はお互いに理解し合う
しかし真の友は永遠に共にいる
言葉を超え、距離を超え、時を超えて

「最高の英語の名言」より (訳:舟田 譲二)

Good20friends201





言い訳をしない

   「超一流の生き方」
こんな「実験」をやってみてください。
どんな小さなことでもいいから、あなたが失敗したことを頭に思い浮かべます。
次に、その失敗に対して、一切、言い訳をせず、ただひと言、
「それは自分のプロセスが悪かったのだ」と、
自分自身にきっぱり宣言する。

さて、その結果は――
その失敗から受けるストレスはきっと嘘のように軽くなっているはずです。
さらに、いままで気づかなかったそのとき自分とったプロセスの
ダメな点もクリアに見えてくる――。

そう、この「実験」こそが、極意の1ミリなのです。
何かに失敗したとき、ほんの一瞬でもいいから、
「それはすべて、自分のプロセスが悪かったのだ」と意識する。

それをコツコツ続けていれば、あなたは必ず、
結果のみと闘える超一流のほうへと変わっていきます
  超一流の人の「健康」の極意  小林弘幸 著  ポプラ社より

何かに失敗したとき、自分以外のせいにすると、それはストレスになるそうです。
「あいつが悪い」とか、「なんでこの会社は」って、、、
一切、言い訳をせずに、自分の責任として捉えると、
課題が見えてきて、そのプロセスを誰よりも客観的にシビアに省みることを意識します。

そして、コツコツとそれを積み重ねていくと、
「結果」の成功の精度が良くなっていくと言います。
結果を出している人が、超一流と言われますね
まずは、言い訳をしない事からですね。




2016年9月24日 (土)

「開き直ること」が大切

人生は
「開き直ること」
が大切ですよ。
開き直るとは、
閉じていた心を開いて、
曲がっていた心を
まっすぐに直すこと

だれだって、完璧ではないから、
ついつい余分なことを考えたりする。
「オレは何であんなことをしてしまったかな」とか、
「オレってダメだな」とかって。
でも、そういうときに、
「そうだよな、わかるよ。人間だから間違いだってあるよ」
と自分に向かっていう。
それだけで心が柔らかくなる。
人生は「開き直る」ことが大切ですよ。
開き直るとは、閉じていた心を開いて、
曲がっていた心をまっすぐに、ピッと直すこと。
  斎藤一人

T02200311_035004941335140977011





客も人、気持ちいい関係大事

10年位前のことである。
当日勤務していた病院で、
患者さんの名前に「様」を付けて呼びましょうということになった。
世の中の流れがそうだったのだ。

呼び方を変えた後、一部の患者さんの態度に変化が表れた。
横暴になり、スタッフへの暴言や暴力、その上セクハラまて行われ始めた。
医療はホテルのようなサービス業とは質が異なるのだから
「様」と呼ぶ必要が無いのではとの議論の末、従来通りの「さん」に戻した。
すると患者さんに再び変化が表れ、元に戻った。

日本のサービス業は素晴らしく、【お客様は神様」のような対応を受けることが多い。
客としては、知らず知らずのうちに、態度が横暴になっていきやすい。
客対スタッフあ有る前に、人対人である。
人として向き合い、気持ちよく関係を築いていきたいと改めて思った。

Cs9immtusaa6h8w1_2




2016年9月23日 (金)

「ありがとう」と「ごめんね」が増える

自分では気づかない自分の短所もある。
別れた後にそれを知って、
あの人は我慢してくれてたのかなと考える。
また一つ、
「ありがとう」と「ごめんね」が増える。

T02200277_07620960137160405061





包む文化

 【包む文化】 外山滋比古さん
こどもに勉強を教えていたFさんが、外国人に日本語を教えることを始めた。
なれないこともあって、まごつくことが多かったが、いちばんびっくりしたのは月謝である。
日本のこどもは月末になると、封筒などに入れたお金をもってくる。

ところが外国人は、むき出しの金を差し出す。
はじめは、手が出なかった、とFさんはいう。
それで月謝袋をつくり、それに入れてもってくるようにした。
それでも、ハダカの金をもってくる外国人がなくならない、となげいていた。

日本人はものを買うとき、乗物の切符を買うときなど、
機械的な支払以外、むき出しのカネを出すことはない。
カネは包むものと決めている。
見舞いなどで現金を手渡すことなど、いくら非常識だって、しない。
かならず、包み金にする。

結婚祝いはかつては品ものを贈るのがならわしだったが、
同じものがダブって貰った人が困ることから、現金を渡すことが多くなった。
いくら乱暴な人でも、ハダカの金を出すことはない。

香典は昔から金ときまっていたが、きれいな新券の紙幣では、
いかにも、用意して待っていたかのようでおかしい。
わざと折目をつけ、手許(てもと)にあったのをとりあえずもってきたように装う。
そして、包みの袋にはカネをかける。

品ものを贈るにしてもムキ出しは禁物である。
いくら親しくても、ビニール袋に入れたりんごを贈るのは、常識的ではない。
わけを話し、失礼を詫(わ)びる。
できれば、化粧箱に入れる。
そうすると、ずっと上等な贈りもののように見える。

むき出しがはばかられるのは、カネや品ものだけではない。
ことばも、ナマでは差し支(つか)えがあるから、手紙にする、ということがある。
顔をつき合わせているときには言いにくいことが、手紙なら書きやすい。
心やさしい、のである。
相手に強い打撃を与えそうなことは、なるべく、ゆっくり出す。
頭からノー、とやるのは、いかにも気の毒である。

まるで無茶な話でも、のっけに、“反対です”などとするのは大人気ない。
「さようですな。そういう考え方も可能でしょう。…」
といかにも、半分承知したようなことを言うが、決して、イエスではない。
“しかし、ながら”というようなことばをはさんで、
すこしずつ、賛成できないことをはっきりさせる。
最後は、「どうも賛成いたしかねます」というようなことになる。
 『本物のおとな論』 海竜社

日本の「包む文化」は、奥床(おくゆか)しい。
奥床しいとは、上品で、慎(つつし)み深く、深い心遣いが感じられること。
本来は、その奥(先)に、行かし(心ひかれる)という意味。

包む文化は、ときとして、過剰包装とか、資源の無駄遣いとか言われることもあるが、
お互いの気持ちを尊重するとても上品な大人の行為。
子どもや赤ちゃんはハダカで飛び回っていても何も言われないが、
大人はそうはいかないのと一緒だ。

日本人はイエス、ノーをはっきり言わない、と今まで散々こき下ろされてきたが、
実は相手を思いやったり、傷つけないための、奥床しい日本の伝統文化なのだ。
包む文化を今一度見直したい。



2016年9月22日 (木)

人生を生きていると

人生を生きていると、
さまざまな自分と出逢う。


「情けない自分」
「格好悪い自分」
「怯える自分」
「逃げ出した自分」

見たくない、認めたくない
自分達と出会う。
しかし、彼らを
排除してはいけない。

彼らはあなたの一部であり、
彼らを受け止めることで、
あなたは完成する。
 - 作者不詳 -

14115650_1174248282636919_404314914





刺し言葉

 【刺し言葉】 小林正観さん
「なるほど」「そうね」で始まる会話、「でも」や「だって」でとぎれる言葉。
自分の発言から「でも」や「だって」を取り去る。
揶揄(やゆ)や嫌みや皮肉を言わないようにする。
それだけで、まわりの世界は変わってくる。

相手の発言に「なるほど」「そうね」と肯定すれば、会話はそこから始まります。
逆に、「でも」「だって」と否定すれば、そこで会話はとぎれてしまいます。

たとえば、「この前の週末、伊豆で桜が満開でした。
すごくきれいでした」と明るい表情で話してくれた人に対して、
「でも、うちのほうはまだ全然咲いていませんよ」と答えると、
会話はそこで終わってしまいます。

会話をするときは、最初から「でも」「だって」
という言葉を使わないようにしたらいかがでしょうか。
人間関係も変わってきます。

もう一つ言ってはいけないのは、「揶揄」「嫌味」「皮肉」です。
これはチクチク人を刺すので、私は「刺(さ)し言葉」と呼んでいます。

たとえば、恋人に対してこんな言葉を投げかけたとしましょう。
「そんなに仕事が好きなら、仕事と結婚したら?」
これは、おそらくかわいさ余って言ったのでしょうが、
言われた相手はチクチク刺された痛みで逃げてしまいます。
どんどん距離は離れていきます。

「刺し言葉」は、発した人の意志とは逆の働きしかしない言葉なのです。
「嫌味や皮肉でチクチク刺せば、
ひと刺しごとに相手は離れる」ということを覚えておきましょう。
 『心を軽くする言葉』 イースト・プレス

「あかるい」の「あ」を取ると、「かるい」になる。
明るい人は、軽い人だ。
軽さとは、「軽(かろ)やか」であり「さわやか」であり、「軽妙洒脱(けいみょうしゃだつ)」。
軽妙洒脱とは、さわやかで洗練されていて、
俗っぽくないことであり、軽やかでしゃれていること

この反対は「重い」や「重苦しい」。
「揶揄」や「嫌味」や「皮肉」は、重苦しくて、暗くて、陰気になる。
肯定は明るいが、否定は暗い。

「でも」や「だって」や「刺し言葉」はやめて…
人の心を軽くする言葉を発したい



2016年9月21日 (水)

学ばない者は人のせいにする

学ばない者は人のせいにする。
学びつつある者は自分のせいにする。

学ぶということを知っている者は
だれのせいにもしない。
僕は学び続ける人間でいたい。
  - 三浦知良 -

14207834_1174246849303729_651211749





お母さんは見守り隊

 「お母さんは見守り隊」
口に入れたら危ないと 部屋を片付け
あんよの時は 声を掛け応援する
子供がこけたら グッとこらえて起き上がるのを待ち

ケンカして泣いても 側で見守る
毎朝忘れ物はないかと 気に掛け
今日はどうだったかと 尋ねる
一番美味しいところはみんなにあげて
芯の固いところを自分が食べる
一番早く起きてきて 
寝るときはみんながちゃんと寝たか見回る
大事な試合の時は お弁当を作り
勉強で疲れて寝てしまったら 
そっと肩に毛布を掛ける

呑んだくれて帰った時は 
ほどほどにしなさいと声を掛け
結婚の時は 傍らで幸せを願う
孫が出来れば 一緒に喜び
腰が痛いと言いながら 孫を抱く

最期の最期まで 
子供の幸せを願うのだから
いつまでたっても 
母を超えることなんてできないなぁ
母が結局出来ること 
それは一人で生きていけるように 
導き見守ること死してなお 空から見守る

T02200218_06140609137502199431





2016年9月20日 (火)

人生に大切なのは

人生に大切なのは、
どの道を選ぶか迷うことより、
選んだ道をどう生きるかなのよ。
それを忘れないで。

ブリジット・バルドー(フランスの女優)
【ブリジット・バルドー女を極める60の言葉】より、PHP文庫

14359157_1106546189382617_351386126






「がんばれ」という言葉

  「がんばれ」という言葉
日本は世界でも有数の豊かな国になったけれど、
今は八人に一人がうつ状態だという。...

周囲を見渡しても、うつ病というほどではないけれど、
けっこうな数の人がうつ状態で苦しんでいる。

うつの人に一番いってはいけないのが、「がんばれ」という言葉。

日本人は「がんばる」という言葉が大好きだ。
だから、相手の気持ちを想像する前に、
口癖のように「がんばれ」と言ってきた。
また、自分も言われてきた。
だから、悪い言葉じゃないと思ってきた。

でも、心の中で葛藤(かっとう)している人にとっては、
その「がんばれ」がムチにもなる。

たとえば、進行したがんの患者さんのところにお見舞いに行ったとき、
つい「がんばってね」なんて口にしてしまう。
言う側は簡単。
なんとなく病室を出やすくなる。
だけど、言われたほうにすれば、
「俺のがんばりが足りないからよくならないのか」と、
ますます自分を責めてしまう。

もちろん、「がんばれ」という言葉で励まされて、立ち直る人もたくさんいる。
とはいえ、その言葉が、ときに悪いほうに作用することもある
と知っておくことが大事だと思う。

少なくとも、「がんばれ」と「がんばっているね」
という言葉の差に気がつくだけで、救われる人が出てくる。
「がんばっているね」という言葉は、自分のことを認めてくれる言葉。
魔法の言葉なんだ。

病気に苦しむ人にとって、受けとめてもらうことは、すごく大事。
「つらかった」とポロリと弱音を吐いたとき、
主治医が「つらかったでしょう、よくがんばってきましたね」
なんて言ってくれたら、生きる力がわいてくる。

  鎌田實  出典元:(いいかげんがいい 集英社)
------------------------------------------------------------------------
言葉というのは、薬にもなるし、ムチにもなってしまう。
言葉を使うときには、励ましているつもりが相手を追い詰めていないか?
考えながら使う必要がありますね。

ちょっとした使い方の違いなのですね。
相手の立場になり、相手を思い遣りながら、使いたいものです。


14292242_679660535545662_8102108702



2016年9月19日 (月)

自信が無いときは

 【自信が無いときは】
自分に自信がない時、
周りの人が輝いて見える。
自分は自分でしかなく
自分でいいのに他人と比べて
卑屈になる。
自分の悩みや不安を聞いて
支えてくれる人は
本当に助かる。
でも自信を持って歩き出す時、
自分の背中を押すのは
やっぱり自分しかいない。
歩き出す事が自信になる。

T02200324_03500516137486453751





今、自分から

帝国ホテルで、料理人から重役になった“村上信夫”さんのお話です。
_______

帝国ホテルの重役・村上信夫さんは、厨房(料理人)から重役になった方
(帝国ホテル初のケース)ですが、一六歳で就職したとき、「鍋磨き」から始まったそうです。

すべての新人が、二~三年は洗い場だけ、という厳しい世界でした。
村上さんはそのとき、「日本一の鍋磨きになろう」と決意したのだといいます。
当時、調理用の鍋は全て銅製で、村上さんが磨いた鍋は鏡のように光り、
人を写すほどでした。
村上さんの鍋は本当にピカピカだったのだそうです。

先輩の料理人は自分の味を盗まれないために、
鍋には洗剤や石鹸をドンと入れて洗い場に送ってきたのだそうですが、
それが、三カ月ほど経ったときに、「今日の鍋洗いは誰だ」「ムラです」「そうか」と、
村上さんのときだけ洗剤を入れずに鍋が返ってくるようになったとのこと。

ほかの人のときは相変わらず洗剤が入っていたらしいのですが、
村上さんだけは鍋についたソースをなめることを許され、
先輩の味つけをひそかに学んでいった、というのです。
日本一の料理に重役の出発点は、ピカピカの鍋磨きから、でした。
  こころの遊歩道 小林正観 著 イースト・ブレスより
_______

戦国時代、天下をとった秀吉さんも、庶民から成り上がり、関白にまでなりましたが、
最初は下足番からでした。
そのときあたえられた役割を、相手の想像を遥かに超えて行ったのです。
今いる環境に不満がある人や、上司に認めてもらえないと感じている人は、
ためしに1ヶ月でも何かを「日本一」のレベルでやってみたらいいと思います。
トイレ掃除でも、挨拶でも、頭を下げる角度でも、
なんでも日本一のレベルでやったら放っておけなくなるでしょう

人生は「今・いま・イマ・居間(笑)」の連続です。
今、目の前のことに全力で取り組む人は、将来もそのように取り組むでしょう
今、楽を選ぶ人は、将来もそうなのです。

8時30分出勤の会社でよく遅刻する人が、
9時出勤にしてくれたら遅刻をしないと言い出して、ついに出勤時間を9時にしたのですが
しばらくすると結局その人は遅刻を頻繁にしたそうです。

環境や周りを変える努力をしても、自分自身が変わっていなければ、
それは水の泡になってしまいます。
今、自分から、ですね



2016年9月18日 (日)

やっと幸せになれた

1人目の人とは幸せになれなかった
2人目の人とも幸せになれなかった
3人目の人でやっと幸せになれた
じゃあ最初から3人目の人と付き合えば
最初から幸せになれたかというと
たぶんなれなかったと思う
お互いにいろんな出会いと別れを経験して
愛され、笑い、傷つき、泣いて、
やっとお互いの幸せに巡り会えたんだと思う
まるで「パズル」のように

14355009_1103447529692483_496478237





離婚を招く会話のパターン

【これは怖い!85%の確率で別れるという離婚を招く夫婦の会話パターン 】

ワシントンの心理学者であるジョン・ゴットマン博士が
夫婦の会話を10年以上にわたって分析した結果、
離婚を招く会話のパターンを発見したそうです。
これにより、夫婦の15分間の会話で4年以内に離婚するかどうか、
85%の確率で言い当てられるようになったとの事。
その、博士が導き出したという離婚を招く会話のパターンをご紹介します。
離婚したくない、夫婦仲良くなりたい…という方はぜひチェックしてみてください!

妻・何であなたはいつもそうなの
   文句でなく相手を批判してしまう
夫・仕方ないだろう、仕事なんだから
   守りに入る
妻・いつもいつも同じじゃないの
   相手が非を認めるまで
夫・お前だって人の事言えないだろう
   批判と守りが。

いつも、いつも。仕方ないだろう、仕方ないだろう、
何度も繰り返される
そして・・・次に始まるのが、見下し。

妻・あなたは所詮そんなものよね、
   見下しが頻繁だと
夫・誰が聞いても、お前が間違ってるさ

夫婦関係は、

妻・本当に情けない男
   かなり危険な状態
口論の限界を超えた夫は

夫・無視する
   実は、相手に危害を加えない為の行為
   しかし、無視を続けると
妻・ねえ~、ちょっと・・・
   相手は絶望感を味わう。
   ここまで来ると夫婦間は、かなり隔たりが進行している。

上手くいく夫婦、
妻・いつもいつも、
夫・仕方ないだろう
夫・ムゥ~、 ピク・ピク・ピク
妻・アハハ、まあいいや。
夫・スピ、スピ

独自の修復努力をしている
「夫婦げんかの終わらせ方を教わっていない以上、対応のしようが無いのです。」
ゴットマン博士

どれも夫婦なら一度は交わしていそうなセリフばかり…
会話がヒートアップするとつい心にもないことを言ってしまいがち。
夫婦間だけでなく、職場や学生生活など、あらゆる人間関係に関して当てはまる会話も。
お互い気をつける事で円満な人間関係を築きたいものですね。
出典元:
【夫婦図鑑】 離婚を招く会話のパターン



2016年9月17日 (土)

言葉を変えてみよう

言葉は人を喜ばせたり
悲しませたり
助けたり
傷つけたり
勇気を与えたり
きゅんとさせたり
想いを伝えたり
感動を与えたり
人を幸せにしたり
言葉は人を変えるし
人柄は言葉にあらわれる
性格を変えたいなら
まず言葉を変えてみよう

13001307_476651799198996_3115383846





「夜と霧」に人間性を学ぶ

 「夜と霧」に人間性を学ぶ  内藤正弘
役に立たないと考える人間を排除した究極の施設が、戦時中のナチス・ドイツの強制収容所だ。
オーストリア出身のユダヤ人心理学者・ビクトールフランクルは体験記「夜と霧」で、
絶滅思想に打ち勝ったヒューマニズムを記録した。役に立たなくなれば直ちにガスかまど行き、重労働、飢え、病、暴力の収容所生活では、豊かな内面を持った繊細な人々の方が、粗野な人々よりも過酷な生活をよく耐えたと書いている。

繊細な人々とは、思いやりの言葉をかけ、なけなしのパンを譲る人々であり、夕焼けに照り映える山並に感動する人々であり、自分を失わずユーモアを持つ人々、その日のスープにありつけなくなってさえ、収容所の演奏会に参加した人々であった。

粗野な人々とは、優しい言葉や夕焼けは胃袋を満たしはしないとする人々である。瀕死の人々の着ているコートや履いている靴に関心を寄せ、目の前に有る役に立つものこそ生き延びるチャンスを増やすと考える人々であった。
フランクルはいてつく夜間の重労働のさなか、愛する妻に思いをめぐらせた。
その思いはたった今昇って来た太陽よりも明るく自分を照らしたという。
この世に何も残されていなくても、愛する人を思えば、いっときであれ至福の境地になれる。「愛は人が人として到達できる究極にして最高のものだ」という真実を得た。

役に立つかどうかの思想が吹き荒れる今日、人を愛すること、他者への思いやり、共に歌い笑い、自然の美しさに感動するヒューニラズムの言葉にあふれる「夜と霧」にふれてみたい。
  東京新聞「ミラー」より

14359022_1412599475421546_401375091





2016年9月16日 (金)

本当は・・・

人を癒すという行為は
本当は自分を癒しているのかもしれない。
人を育てるという行為は
本当は自分を育てているのかもしれない。

人を励ますという行為は
本当は自分を励ましているのかもしれない。
人を笑わせるという行為は
本当は自分を笑わせているのかもしれない。

人を愛するという行為は
本当は自分を愛しているのかもしれない。
人にアドバイスしたはずの言葉が
本当は 自分に言ってほしかった
言葉かもしれない

誰かの為にと思っている行為は
本当は 自分に向けられた
モノかもしれない

13528709_501279706736205_2594538748





人に何かを教えることは出来ない

人に何かを教えることは出来ない。
ただ、その人が自分で気がつくように
助けることが出来るだけだ。
 
(ガリレオ・ガリレイ)

苦手な相手はいませんか?
もしかしたら、あなたにとってその人は
あなたのやりたいことを阻害する存在に
映っているかもしれません。

でも本当は、人は誰をもコントロールできません。
もし、相手の態度に合わせてしまっていたとしたら、それを決めたのは自分だからです。

また、誰かを言葉で何かに仕向けようとすることはできても
本当に相手を思い通りに動かすことはできません。
相手がそうしようと決めた時だけ、そうなるからです。
周りの人に影響を与えたり、与えられたりすることはあっても
いつも、人は自分で全てのこと決め、選択しています。

「気づき」は、その人の中にのみ発生します。
周りの全ての情報は、手助けやヒントにすぎないのです。
何者も、あなたを本当の意味ではコントロールできないのです。

心は常に「あなただけのもの」なのです。
「気づき」は常に自分の中にある答えとビンゴした状態。
答えが見えないのは、あなたに盲点があるからです。

外側の嫌な人は、ひょっとしたら
あなたの盲点(大切なこと)を教えてくれる
素晴らしい存在かもしれませんね。
 " 目にうつる全てのものはメッセージ "

あなたの苦手な人は・・・
自分の知らない何かを教えてくれる
メッセンジャーかもしれません。

14370064_1462999573715351_506593498





2016年9月15日 (木)

どんな状況でも諦めない

100回叩くと
壊れる壁があったとする。

でもみんな何回叩けば
壊れるかわからないから、
99回まで来ていても
途中であきらめてしまう
 - 松岡修造 -

14079902_1174237905971290_209456284





今いくよ・くるよの泣き笑い漫才

いくよちゃんと出会ったのは、高校時代です。
二人とも、ソフトボールの強豪・京都の明徳商業高校(当時)のソフトボール部でした。
その練習が、とにかく厳しかった!、
毎日夜遅くまで練習で、当時は水も飲んだらダメ、泣いても笑ってもダメ。
思い返しても、あの三年間ほど辛いものはありませんでした。

吉本に入ったのは、高校卒業後に知り合いから
「吉本が漫才師を募集してる」と聞いたからです。
でも面接の結果は、全然ダメ。
面接官全員から「やめとき」と言われました。

が、やめろと言われたら燃えるのが体育会系です。
「根性も貯金もあるから大丈夫です!」
と言い切って、島田洋之助・今喜多代師匠に弟子入りさせてもらいました。
そこからが長かった。
師匠や先輩からは怒られてばかりやし、やってもやっても売れへんのです。
お金もなくなるから、ガソリンスタンドや喫茶店で必死にアルバイトをして。
でも、辛いとはまったく思わなかった。
二人とも、「あのソフトボール部の練習に比べたら、何でもあれへん」と思っていたのです。

そして十年目。転機がやってきます。
当時の大スター、やすしきよし師匠が出演する
大人気番組「花王名人劇場」に出演するチャンスが飛び込んできた。
うれしかったけど、実は、
「ここでウケなかったら芸能界に見切りをつけよう」と二人で考えていました。

当日は二人で気合を入れて「それいけーっ」と舞台へ出て行きました
必死やから力が入ったんでしょう。
私がお腹をポーンと叩いたら、ベルトのバックルが弾けて飛んだんです。
それでお客さんがドッと笑った。
いくよちゃんも、つけまつ毛をバタバターッとさせて、首の筋が浮き上がって。
それを見て思わず、「あんた首に筋が出てるやん」「御堂筋や!」と。
私たちを支えたギャグ誕生の瞬間です。

悔いが残らないよう、全力でやったらウケた。
それからは信じられへんくらい仕事がきて、
二人で全力で駆け抜けてきましたね。
*************************

いくよちゃんにがんが見つかったとき、私は謝りました。
ずっと一番近くにいたのに、全然気づけなかった。
でも、彼女は逆に私を励ましてくれたんです。
「普段からやるべきことをやってたら、 ここ一番のときも大丈夫やから」と。

本当に前向きな人でした。
彼女が亡くなるときのことです。
心拍がだんだん弱くなって、もう(止まった)——-。
そのとき、私は出せる限りの大きな声で叫びました。
「大丈夫かーーー!」と。
そしたら、ピクッと動いたんです!感動しました。
あれはきっと、「ありがとう」と言ったんやと思う。
そこまで周りに気を遣う、素晴らしい人でした。

それを思うと、私も頑張らんわけにはいかんでしょう。
いくよちゃんと漫才はもうできないけど、私なりにできることをやっていきたい。
私はお客さんが大好きやし、大笑いしてもらいたい。
いくよちゃんも、「くるよちゃんは明るくて、 どこへ行っても喜ばれるんやさかい大丈夫。
 一人であかんかったら私が空から突っ込むし」と背中を押してくれてる気がします。
誰よりも、そして最期まで前向きやったいくよちゃんを見習って、
これからも笑顔で生きていきたいと思います。

14264967_737160829755042_5607782580





2016年9月14日 (水)

自信はない

自信はない
でもとにかくやってみようと
決意する。
その一瞬一瞬に賭けて、
ひたすらやってみる。
それだけでいいんだ。
また、それしかないんだ。
 岡本太郎

14322762_1457984570883518_318264733





笑顔などつくれるわけがない時に

私が好きな言葉の一つに、「Keep Smiling(いつも笑顔で)」があります。
ともすれば、私たちは笑顔を忘れがちですが、
誰かににっこりほほ笑みかけるのは、やっぱりとてもいいものです。

いつも笑顔でいるには、いいことをたくさん考えることです。
いいことというのはつまり、明るくポジティブなこと。
どんな状況に置かれても、悪い面ではなく良い面を探し出そうとできれば、
自然と気持ちまで明るくなります。
たとえ病に臥していて、そんなふうに考えるのが難しくても、
そう考える権利だけは、自分が認めない限り誰にも奪うことはできません。

(中略)
いつも楽しそうにしている人が一番美しいと、私は心から思います。
どんなにきれいでも、ぶすっとしていたらちっとも美しく見えません。
どんな人でも、にっこり笑えばたちまち輝いて見えます。
笑顔は、私たちの魅力を最大限に引き出してくれる魔法なのです。
だから、ほらあなたも笑ってみて。
高いお金を払って顔のリフトアップをするより、よっぽど効果的ですよ。
 人はいくつになっても、美しい ダフネ・セルフ 著 幻冬舎より
_______

【苦しい時こそ笑顔でいこう】という詩をご紹介致します。
苦しければ 苦しいだけ
辛ければ 辛いだけ
笑顔を ふやそう
笑顔などつくれるわけがない時に
笑顔をつくることに
人間の価値がある

希望 理想 夢をしっかりもって
楽観的になること
塞ぎ込んでいても
情況は少しも変わりはしない
無理をしてでも 偽ってでも
良い方向へと 望みをつないでいこう

苦しいからこそ 笑顔でいこう
辛いからこそ 笑顔でいこう
悲しいからこそ 笑顔でいこう
ありがとう と 笑顔でいこう
 「商売繁盛ありがとう」清水英雄 著 (総合法令より)
___

楽しいとき、嬉しいときは、誰でも笑顔でいられます。
笑顔などつくれるわけがない時に笑顔をつくれる人もいます。
悔しくて涙が止まらないとき、
悲しくて一晩中泣いたとき、
苦しくて必死で頑張っているとき、
信じていた人に裏切られたとき、
大切な人がいなくなったとき、
それでも人には笑顔で接する人がいます。
そういう人のことを人は「美しい」というのです。



2016年9月13日 (火)

神にとっては、あなたが死ぬ理由はない

本保郎牧師の著書に次の言葉あり。
<あなたには死ぬ理由があるかもしれないが、
神にとっては、あなたが死ぬ理由はない>

癌になると死にたくなる。失恋すると死にたくなる。
夫に女が出来ると死にたくなる。愛するものに死なれると死にたくなる。
借金で首がまわらなくなる と死にたくなる。受験に失敗すると死にたくなる。

死にたい理由はいろいろある。
しかしそれは人間の側の理由であって、
神から見ると、決して死ぬ理由とはな らない。
確かにそうなのだ。視点を変えると、死ななくてもよい筈なのだ。
  (三浦綾子『北国日記』) 三浦綾子読書会

T02200220_04000400137460722201





人間がすごいのは弱いから

  【人間がすごいのは弱いから】 西田文郎さん
人は自分にないものを持っている人を尊敬します。
他人を敬うこと自体は素晴らしいことです。
ところが、自分が持っていないものだけに意識を向けていると、
「あれもない、これもない」とマイナスの錯覚を起こしてしまいます。
そうした考えから脱するには、「有無・無有の思考法」が役に立ちます。
つまり、「相手にあって、自分にない」という思考を逆転して、
「相手になくて、自分にある」ことを考えてみるのです。

私は企業の社員教育にいくと、物事を逆から見るという訓練をさせます。
たとえば、支店に勤めている人は、本店に対してコンプレックスを抱いている人が多い。
どうせ、支店では大したことができないと思っている傾向にあります。
そういう場合には、「本店にあって支店にないものは何ですか」と一方思考で考えさせると
「やっぱり本店はすごい」と思って勝てなくなってしまう。
ところが、逆から見てもらうと
「支店にはあれもある、これもある」とどんどんアイデアが出てくるのです。

人間がすごいのは弱いからです。
像やライオンより強いからではありません。
人間は弱いからこそ、自分にあって相手にないものを常に脳に問いかけてきた。
だからこそ、人類はここまで発展してきました。

そもそも、世の中に絶対ということはありません。
いままでこうだと決めつけていたことも、
逆の立場になってみると、違った側面が見えてきます。
この逆からの発想が、いつの間にか自分が絶対と決めつけている
「正しさ」に拘泥(こうでい)していることに気づくための、もっとも有効な方法です。

一つひとつ逆から見る癖をつけておくと、自分と反対意見を持った人がいても
「そういう考え方もあるよね」と受け入れられるようになります。
そうすると、世の中から喧嘩や争い事がなくなるはずです。
自分だけが正しいと思ったら、破滅が始まります。
自分の「正しい」をやめる勇気を持ちましょう。
それが悪い錯覚を外すためのもっとも重要なポイントです。
そして、それが進歩や進化につながっていくのです。
 『錯覚の法則』 大和書房

我々は錯覚や思い込みの達人だ。
一度こうと思ったら、その考えからなかなか抜け出せない。
たとえば、業界一位の会社には到底追いつけないし勝てないとか、
スポーツでいうなら○○秒の壁は破れないとか優勝は絶対無理とか。
「打つ手は無限」という滝口長太郎さんの詩がある。

【打つ手は無限】
すばらしい名画よりも
とてもすてきな宝石よりも
もっともっと大切なものを私は持っている。
どんな時でも
どんな苦しい場合でも
愚痴を言わない。
参ったと泣き言を言わない。
何か方法はないだろうか
何か方法はあるはずだ
周囲を見回してみよう。
いろんな角度から眺めてみよう。
人の知恵も借りてみよう。
必ず何とかなるものである。
なぜなら打つ手は常に
無限であるからだ。

「人間がすごいのは弱いから」
どんなに苦境に陥ろうと、あきらめず、くさらず、様々な手をかんがえる。
弱さを自覚し、自分にあるものに光をあて続けたい


2016年9月12日 (月)

前向きな解釈を探してみる

怒られた→腹が立つ or 有難い
断られた→落ち込む or 力が出る
笑われた→恥ずかしい or バネになる
無視された→キレる or 成長のチャンス
結果が出ない→諦める or 改善のチャンス
...
問題が起きた→なんで自分が or 良くなるチャンス

出来事は1つだが『感じ方』は無限にある。
感じ方は人によって違う「のではなく」
『四六時中、頭の中が何でいっぱいか』によって変わる。

感謝、夢、貢献、成長、責任感で頭が一杯な時
自己否定感、被害者感、義務感で頭が一杯な時
全く違う感じ方をする。
どうしてもうまくいかない時は
あえて前向きな解釈をいくつか探してみる。
すると、うまく行きだす。

14199478_1151485508232044_763804058





第16回シルバー川柳

全国有料老人ホーム教会の「第16回シルバー川柳」入選作品をご紹介します。

 1 猫 
猫までが 妻の真似して 俺またぐ (男性 69歳)
  猫に、家の中で一番地位が低いと思われているようですね。

▼ 2 持病
クラス会 それぞれ持病の 専門医 (男性 73歳)
  
詳しくならざるを得ませんものね。

▼ 3 ボケ
ボケもよい 昨日のケンカ もう忘れ (男性 72歳)
  
お互い忘れれば、いつまでも仲良くいられますね♪

▼ 4 金
金よりも 大事なものが 無い老後 (男性 51歳)
  
独身高齢者が増えてまいりました。

▼ 5 絵手紙
絵手紙で いい味出してる 震える字 (女性 48歳)
  
趣がある文字になっているのでしょうね。

▼ 6 大往生
ポックリと 逝きたいくせに 医者通い (男性 68歳)
  
ポックリ行く方法を知りたいのは、医者も同じかと。

▼ 7 母の歳
気が付けば 母のとし超え 我を知る (女性 78歳)
  
この先は、お母さんが生きられなかった年齢。

▼ 8 生存確認
「やめとくれ」 ただの寝坊で 脈とられ (男性 49歳)
  
年齢が行けばいくほど、その機会が増えます。

▼ 9 生きる糧
見栄と欲 捨ててしまえば 生き仏 (男性 91歳)
  
人はいつ悟るのでしょう。もしかすると、悟らない方が楽しく生きられる?

▼ 10 誤魔化し
こんにちは 思い出せずに さようなら (女性 73歳)
 
誰か分かないまま話が盛り上がり、
 そのまま笑顔でお別れするというパターン、意外と多いですよね。


▼ 11 答え
あれよあれ それよそれよと 答え出ず (女性 81歳)
  
アレとかソレで話しが通じるようになりますが、
  結局ソレが何だったのか名前を思い出せないというパターンが増えるようです。


▼ 12 自由
希望なし 目標なくて 自由あり (女性 83歳)
  
確かに、希望も目標もないということは、自由だということですね!

▼ 13 意味が無い
チンをして 出すの忘れて 冷蔵庫 (女性 67歳)
  
肉が硬くなっていく…

▼ 14 お金
金が要る 息子の声だが 電話切る (女性 72歳)
  
家族でも お金の無心は ご法度です。
15 犬
飼犬が 徘徊防止に 付いて来る (男性 63歳)
  
優しい犬ですね。

▼ 16 嗜好品
この歳で 止めてどうする 酒たばこ (男性 67歳)
  
副流炎で奥さんを病気にしないように…

▼ 17 電話
やっと立ち 受話器を取れば 電話切れ (女性 63歳)
  
「おおっと家主、電話に気付いた!だが高齢なので立ちあがれない!
  ゆっくり膝を立て…、立ちあがったぁ~!!
  今電話へと、電話へと向かっております!」
  というライブ実況を着信音にしてみてみてはいかがでしょうか。


▼ 18 骨密度
ハグされて こわい私の 骨密度 (女性 41歳)
  
ポキッと行きそうですよね。

▼ 19 念仏
五郎丸 まねて念仏かと訊かれ (女性 55歳)
  
ルーティンポーズをしても、拝んでいるようにしか見えない…

▼ 20 基地問題
基地(きち)問題 うちがもめるは 墓地(ぼち)問題 (男性 51歳)
  
どこにする?あそこなら交通の便がいいからみんなお参りに来てくれそうだけど…」
  なんだか神様がどこにお社を建てるか相談しているかのようですね。


みなさんそれぞれ大変な経験をされて、それを面白おかしく川柳にされていますね。
こういう風に、いくつになっても余裕のある気持ちを持ちたいものです。



Post191514_ic1



2016年9月11日 (日)

ラクに生きてる人って、感謝が多い。

ラクに生きてる人って、
感謝が多い。
イヤなことにも感謝する
もちろん、
よかったことも感謝する

何をやってもトントンうまくいく人と、
反対に何をやってもガタガタしてうまくいかない人の
違いはたった一点
「感謝」なんです。
ラクに生きている人って、
感謝が多い。
でも、
「いいことがあったら感謝する」では普通。

だって、
「いいこと」なんてめったにないから、
感謝が少なくなっちゃうよね。
それよりも、イヤなことにも感謝する。
もちろん、よかったことにも感謝するんです。
 斎藤一人




人生は10%と90%から成っている

「人生とは、自分の身に起こる10%と、それにどのように反応するかの90%から成っている」
 
--作者不詳 (訳:舟田 譲二) アカデミー学院 学院長 舟田譲二

人生とは本当に摩訶不思議なものです。
健康で、家族に恵まれ、楽天的に、幸せに一生を過ごす人がいるかと思えば、
かたやさまざまな病気を抱え、サポートしてくれる家族はいず、その結果悲観的になり、
不幸な一生を送る人もたくさんいます。
これを「不公平だ!」と言う人もいます。

でも考えてみれば、そもそもこの地上において、みんなが公平ということはあり得ません。
たとえ工場でベルトコンベアーに乗って次々と生み出される機械物でも、
出来不出来があります。ましてや、
命を持つものですべてが同じ、公平などということを望む方がそもそも間違っています。

動物や植物の世界でも不公平は存在しています。生まれつき足が不自由な犬もいます。
同じ農園で栽培されている同じ種類の果物でも、
美味しいものもあれば美味しくないものもあります。
でも、ここで大切なのは、動物や植物はほかと比べて不公平だ、
なんてこれっぽっちも考えていないということです。

これに対して、人はほかの人と自分を比べるから、「不公平だ!」と言いたくなるわけです。
動植物と違って我々人間には知恵があるからそのように感じるのは当たり前だ、
と言う人もいるでしょう。
ところが、またまた不思議なことに、同じ病気を抱えている人、経済的困窮の中にいる人、
家族関係で問題のある人等々、似たような状況の中にあっても、
ある人はその中で生き生きと、幸せに生きていますが、
別の人は不平・不満が口を突いて出てきて、恵まれている人を嫉妬したり、
恨んだりする人すらいます。

作家、三浦綾子さんは結核、脊椎カリエス、心臓発作、帯状疱疹、直腸癌、
パーキンソン病など次から次へと襲う病魔と闘いながらも、
「私はこんなにもたくさん病気をして、神様にえこひいきされている」と言って、
感謝をしながら一生を送られました。
一生、綾子さんの介護を続けられた夫の三浦光世さんも、
不平不満をこぼしたことはなく、夫婦円満で幸せな人生を送られました。

このように考えてみると、冒頭の言葉、
「人生とは、自分の身に起こる10%と、それにどのように反応するかの90%から成っている」
は確かに真理だと言わざるを得ません。


2016年9月10日 (土)

妻の原由子さんについて

 (妻の原由子さんについて)
炊事洗濯しながら音楽もやってるんだから。
たとえば、朝10時に食器洗って、
夜の9時にはコンサートやってるわけでしょ。
それを全部やっちゃうわけだから凄いよね。
ホントに彼女って人は。
内心辛いこともあるんだろうけど
すべてを自然に見せてしまうから偉いよ。
  桑田佳祐

O06400480137445879121





思い通りにいかない人生

 【思い通りにいかないから人生は面白い】 曽野綾子さん
たとえば、入社試験を受けて、「彼は入ったのに、私は落ちた」
みたいな話がよくあるでしょう。
私は自分がもし落ちていれば、必ず、落ちたほうがよかったんだ、と思うたちです。

この前、第一志望の会社に就職できなかったという人に会った時、
「その会社にはすごく嫌な奴がいて、入らなかったほうがよかったのよ」
と言いました。
「自分の良さをわかってくれない会社なんか入らなくてよかった」でもいいのですが、
私がその会社に入っていたら将来、何か自分に悪いことがあるだろうという気がする。
そして受かった第二志望の会社に、自分がやるべき任務があったんだ、と受け取るのです

楽観主義者だと言われればそうですが、私はうまくいかない時はいつも神さまから
「お前は別の道を行きなさい」という指示があったと思うんですね。
だから運が悪い場合はそこでぐずぐず悩むのではなくて、
運命をやんわり受け入れられる心理でいたい。
そして、次の運命に協力的になる。
自分で望んだわけではないけれど、それによって神さまは私に何をご期待ですか?
と考えるわけですね。
そうすると、たいてい運命が開けてくるものです。

事実、最善ではなく次善で、うまくいった人はたくさんいます。
「ほんとうは三井物産か三菱商事に行きたかったけれど、競争が激しくて、入れんかった。
それで地方の小さな会社に入社したら、大学を出ている社員も少ないし、
あんまり頭の切れる同僚もいなくて、気がついたら社長になっとったわ」
というような人は、実に多い。

「オレは、こんな会社じゃなくて、もっと一流の会社に行きたかったんだ」と嘆くのではなく、
「拾っていただいてありがとうございました」という謙虚な気持ちで、一所懸命にそこで働く。
そうすると、結構うまくいくことが多いですね。
《思い通りにいかないから人生は面白い》
 『人間の分際』 幻冬舎新書

人間の価値は、思い通りにいかなかったときに、
どう考えるか、どんなふうに行動するかによってわかる。
どんな理不尽なことでも、それを従容(しょうよう)として受け入れるか、
それとも不平不満と愚痴のオンパレードで過ごすのか。

うまくいかなかったり、落ちぶれてしまったときに、どう動くか。
見苦しくジタバタするのか、はたまた従容という、
危機のときにもゆったりとして慌(あわ)てて焦(あせ)ったりしていないか。
何をしたかではなく、何をしなかったかを見る。

「入れなくてよかった」「失敗してよかった」「うまくいかなくてよかった」
と考えることができる人は、何度失敗しても、うまくいかなくても、
必ず何度でも立ち上がることができる。

 「思い通りにいかないから人生は面白い」と思える人でありたい。


2016年9月 9日 (金)

覚悟

 【 覚悟 】
本当に行動している人の周りには
必要な人間が自然とタイムリーに
集まってくるものなんだ。

失敗を怖がっている
やつって多いけど、
ぶっちゃけ1回や2回の
失敗で死ぬほど、
人間は弱くないぜ。

覚悟を決めろ。
覚悟さえ決めれば勇気なんて
勝手に湧いてくる。
 - 高橋歩 -


O06000330137430861381





多様性を認める

 【多様性を認める】 曹洞宗徳雄山健功寺住職、桝野俊明さん
私は「白黒をつけない、グレーゾーン」を大切にする生き方をおすすめしたい、
と思っています。

仏教の教えの根幹にあるのが「中道」という考え方です。
白、あるいは黒という、極端な一方に偏らない姿勢でいなさい、
というのがお釈迦様が説かれた中道ですが、
現代流に言い換えると、自分を主張して相手を組み伏せるのではなく、
お互いが成り立つような着地点を見つけなさい、ということになると思います。
「自分」をあくまで押し通せば、「相手」を否定することになる。
そうではなくて、自分の顔も立ち、相手の顔も立つような道を探っていこう、ということですね

「なんだ、物事を曖昧(あいまい)にしろってこと?」
そんな反論が出そうですが、「曖昧さ」というのは、じつは賢く生きる知恵なのです。
物事にはっきり白か、黒かをつけるのではなく、
曖昧にするということは、「多様性」を認めるということです。
多様性とは、豊かさと同義です。

人はそれぞれ、さまざまな考え方や、いろいろな価値観を持っています。
自分の考え方、価値観だけが正しくて、それ以外は間違っている、
という生き方をしたら、必ず軋轢(あつれき)が生まれます。
そして、そこに苦しみが生じる。

これは、「自分のいっていることが正しい」「あの人のいっていることは間違っている」と
二者択一で物事をとらえることをやめなさい、という意味。
どちらが善か悪か、白か黒か、得か損か…というこだわりを忘れなさい、ということです。
自分とは違うが、相手も受け入れていこう、というのが多様性を認める、ということです。
そのほうがずっとのびやかに、心豊かに穏やかに生きられる、とは思いませんか?

ビジネスの世界でも「この条件は一歩も譲れない」という姿勢で臨んだら、
まとまる話しもまとまらなくなります。
相手との関係もギスギスしたものにならざるを得ないでしょう。
その場はそれで押し切っても、
“煮え湯”を飲まされた相手はもう二度とこちらとビジネスをしたいとは考えません。

やはり、お互いに譲るべきは譲って、どちらも受け入れられる「落としどころ」を見つけるのが
ビジネススキルでもあり、ビジネスセンスでもあると思うのです。
そんな日本人的な手法はグローバル化がどんどん加速する中では通用しない、
という意見もあるでしょう。
しかし、私は、日本人流に立ち戻るところにこそ、ビジネスチャンスはあると思っています。
なにも不得手なグローバル流で勝負することはない。
得手を全面に押し出していけばいいのです。

禅に「不戯論(ふけろん)」という言葉があります。
これは、自分にとっても相手にとっても利益のない議論をしてはいけない、ということ。
お互いに「自分が、自分が」と、相手を忖度(そんたく)せず話し合っていると、
結局どとらも損をするのです。
考えてみれば、最近よく言われる「Win-Win」とは、敗者をつくらないということ。
まさしく日本人流ではありませんか?
 『競争からちょっと離れると人生はうまくいく』 三笠書房

「大人になるということは、曖昧さを受け入れる能力を持つということである」
 (フロイト・精神分析学者)
白か黒かで、決着をつけなければ気が済まない人は子ども。
相手を屈服させるまで議論して勝ったとしても、遺恨(いこん)が残るだけ。

昨今よく言われる「多様性」は、ダイバーシティというが、企業や組織において、
年齢、男女、文化、宗教や価値観等々を問わず
「多様な人材を活かす」という意味で使われている。
女性の社会進出のような意味で使われることが多いが、
本来は、様々な価値観を受け入れるということ。

大人になるということは、多様性を受け入れる能力があるということ。
白黒をつけない生き方は魅力的だ。

2016年9月 8日 (木)

あなたがいるから

   「あなたがいるから 」
あなたがいるから毎日、頑張れて
あなたがいるから、今日もやるぞって思えて
...
あなたがいるから、怖くても勇気が持てて
あなたがいるから、本気になれて
あなたがいるから、元気になれて
あなたがいるから、がむしゃらになれて
あなたがいるから、「ほら、今日も笑えたよ!」

O03200320137301906691





ある校長の話

東京のある学校の卒業式の1週間前に、一人の不良学生が校長に呼び出された。
常日頃悪行を重ねていた学生は、叱られるのを覚悟して、校長室のドアを叩いた。
「入れ」という威厳のある声と共に、
「鍵をかけなさい」といって鍵を渡しながら校長は、自らカーテンを閉めた。
学生は逃げられないようにして殴られると観念した。

「腰をかけ給え」といいながら、校長は、右に左にと歩きつつ、
「お前のいたずらは有名であり、他の先生の手もやき…云々」と切り出した。
学生は「きたなあ…」と奥歯をかみしめて身構えた。

「然しよくよく考えてみるに、君はお母さんを亡くし、その後に来たお母さんにいじめられ、
本当に可哀想だと世間のうわさだが、大変だったなあ…。
思えば、そのうっ憤ばらしに、悪いと知りながら、やった事であると私は思う。そうだな」
学生はおもわず拳を握りしめ、うなずきつつ、胸の熱くなるのをおぼえた。

「然し、ここでよく考えてみなさい、今さらお母さんの死を悔いても仕方がない。
人間は、必ず死ぬ。
いずれの日か死ぬという人生を、今日一日を価値高く生きよと、母の死は教えているのだ

君のお母さんは、若くしてこの世を去ったが、立派なお母さんだった。
君のお父さんが、“まま母”と、君との間に立って、どれほど、気を遣い、
心を痛めていられるかを考えたことがあるかい。

人間だけが、神の立場や相手の立場に立って考えることが出来るのだ。
自分を捨てて、心から親孝行をすれば、どんなひどい“まま母”でも、
必ず感動するときが来る。

今、君が、すぐやるべきことは親孝行だ。
これは人間だけにある行為なのだよ。
こんな話をするのも、亡くなった君のお母さんが、草葉の陰から手を合わせて、
私を通じて話をしているような気がしてならない。

まして、君は数多い卒業生の中で、将来大人物になる素質がある。
長年教育をやって来た私の立場から、それはよく判る。
だが一歩誤れば犯罪者にもなる。
今が大切な分岐点だ。

だから、これからは、本来の君に返り、心を明るくして朗らかにし、
清く正しくもつことを心がけ、人の為、母の為になるように生きて欲しい。
とはいっても、人間は照れくさいもので、すぐには出来ない。
昔から人間は転機が大切だ。
だから、卒業式を君の人生の転機としたらどうだ」

諄々と道を説く校長の前に、その学生はハラハラと涙を流しながら、今までの悪行を詫び、
そしてこれほどまでに、自分のことを見ていてくれた校長先生に対し、
心より感動し、先生の為には命まで惜しくないと、教えに従うことを誓った。

それをみながら校長は
「そうか判ってくれたか、本当にありがとう。
やはり私の目に狂いはなかった。
さあ男は泣くんじゃない」
と、学生にハンカチを渡す校長がまた、涙、涙であった。

そして最後に
「全校生の中に、君だけが大人物になる素質があり、君の将来こそ、私の唯一の楽しみだ
然し校長としての立場上、君だけ可愛がる訳にはいかないからこそ、
鍵をかけ、カーテンを閉めて、他人に判らないようにして話をしたのだ。
いいかい、男と男の約束だ。
このことは絶対人に言うなよ」と言って、かたい握手をして別れた。

学生は卒業後、世間でも驚くほどの親孝行者となり、勤勉努力し、
校長の予言通り大会社の社長となった。

星霜幾十年、すでに白髪になった老校長を囲む会が、盛大に催された。
その席上、かつては不良学生だった社長が立って、卒業1週間前の感動をそのままに、
「私はここで、男の約束を破る」と前置きし、あの時の状況を語った。

「私の現在あるのは、あの時の校長先生の一言です。
もし、あの感動がなかったら、私はどうなっていた事でしょう」
と言って、涙ながらに挨拶しながら、先生のところへ駆け寄っていった。
これを聞いていた人々は、一瞬水を打ったような静けさになった。

そして、アッと驚きの顔を見合わせながら
「俺も言われた」「僕もだ」と驚きが感動の渦となって広がっていった。
思えば、ある人は喫茶店で、ある者は自宅に呼び出されながら、所を変え、時を変えて、
その少年の心の中にある“命”の力を引き出したのだ。
  「人生山河ここにあり」 佐々木将人 著 マネジメント社より
_______

たった一人でも、心の底から信じてくれている人がいるだけで、人は頑張れるものです。
この校長先生は、生徒さん全員に、コッソリ呼び出して「自己重要感」を満たし、
相手の可能性を存分に引き出したのですね


2016年9月 7日 (水)

三つの幸せ

  【三つの幸せ】
一つ目の幸せは、「してもらう幸せ」
周りの方々にも励ましていただいたとき、
私たちは元気になります。

二つ目の幸せは、「自分でできる幸せ」
自分が好きなことができるようになると、
とても嬉しくなります。

三つ目の幸せは、「人のお役に立つ幸せ」
人の役に立つ何かをして差し上げる、
相手の喜びをわが喜びとする。

「してもらう幸せ」から
「自分でできる幸せ」へと進み
「人のお役に立つ幸せ」を
味わえる人生を送りたいものです。

13483394_497267613804081_1279587864


自分が嫌えば 相手も嫌う

 『自分が嫌えば 相手も嫌う』 松下幸之助
いろんな人が働く職場である。
どうも虫が好かない、苦手だという人も、なかにはいるかもしれない。
しかしそう思えば、その思いが伝わって相手も同じように思うだろう。
一度、相手のよいところを捜し、自分の思いを変えてみよう。
そうすれば、相手も必ず変わってくる。
相手の心には自分の心の影が映っているのである。
 「松下幸之助 成功 日めくり」より

「相手のよいところを捜し、自分の思いを変える」
とても理にかなっているお言葉です。
「人」と「過去」は変えられない
変えられるのは「自分」と「未来」だけ
(ただし「過去のイメージ」は変えられます。)

でも、いきなり大嫌いな上司やまわりの人にこれをするのが辛いあなたに一つアドバイス
自分の心の中のその感情を持った小さな自分に語りかけてあげてください。

「嫌いなんだね。わかってるよ」(承認)
「そうれを相手にぶつけなくて偉いね」(褒める)
「我慢してくれているんだね。ありがとう」(感謝)
「いいんだよそのままでいたって」(癒す)
「でも、今の環境が変わるまでもう少しだけ頑張ってね。」(応援)

この「承認して」「褒めて」「感謝して」「癒して」「応援して」
心の中の小さな自分にこの5つをしてあげてください。

「そんなことを思ってはいけない」というのは決してしてはいけない自分に対する「無視」です
究極に自分を追い詰めてしまうので「嫌いと思っていい」とまず思ってください。
そして楽な気持ちで笑顔のあなたになってくださいね。

そんなあなたになったら初めて「嫌いじゃないところ」を見つける作業に入ってくださいね。
そんな作業に入った笑顔のあなた言動は相手に移っていきます。
鏡で写すように(ミラーリング)感情も移っていきます。
きっと笑顔が戻ってくるようになります。


2016年9月 6日 (火)

その人の見方次第

このコップに、水が半分入っている。
半分も入っていると思う人がいて、
半分しか入っていないと思う人もいる。

同じ現象で
「もある」と思うか
「しかない」と思うかは、
その人の見方次第。

同じように、
幸せの感じ方も変わってくるだろう。
 (ケント・ギルバード)

14212711_1452616514753657_327531463






音楽の力

音楽の力で、心や体の病気を治そうとする行為は、
古くから世界中の宗教儀式として行われてきました。
現在、そのような、音楽で心身の回復を目指す「音楽療法」が、
科学的にも研究されています。

音楽療法は20世紀初頭、アメリカで始まりました。
戦争で傷ついた負傷兵のレクリエーションとして
病院で音楽が演奏されることが始まりでしたが、
この過程で音楽が心の回復にとても効果的だということが分かってきました。

そして、1950年には全米音楽療法協会が誕生。
以来、精神分析、心理療法という側面からも、音楽療法は研究されていったのでした。

最近の研究では、音楽は特に、うつ病に対してモチベーションを上げる効果や、
認知症に対して記憶の再生に効果があるとして、実践をしている施設が多数あります。
また、音楽が影響を与えるのは心のだけではありません。
音楽を聴くことでストレスが緩和され、結果として、
高血圧や自律神経失調症などのストレス性疾患の予防にも効果的である
という研究が進んなされています。

その理由はこうです。
人はストレスを感じた時に、コルチゾルというホルモンを分泌しますが、
それが分泌されすぎると体調不良の原因となります。
音楽を聴いて日頃からストレスを緩和していくことは、このコルチゾルの過剰分泌を防ぎ、
その結果、ストレス性の疾患を予防できる、というわけです。

さらに、『痛みからの自己解放』という本の著者であるデビット・E・ブレスラ博士は、
音楽は脈拍などに影響を与え、さらに疲労を少なくする、ということを述べています。

科学的にはいまだ未知の領域も多い音楽の力。
しかし、そこには心身の健康に大きな効果がありそうです。
 一瞬でやる気を引き出す38のスイッチソング 斉藤 迅 著 文響社より
______

勝負に挑む前に聴く音楽や、
ランニングの時に聴く音楽、
運転中や通勤時に聴く音楽、
寝る前に聴く音楽、
一人黙々と頑張るときに聴く音楽、
悲しみに押し潰されそうなときに聴く音楽、
それでも起ち上がろうと決意する時の音楽、

さまざまなシチュエーションで聴く、さまざまな音楽があります。
節目節目で音楽を取り入れてきたのが人類です。
科学的な根拠がない時代から、音楽は大切にされてきました

背中を押してくれたり、悲しみを和らげてくれたり、
ときに奮い立たせてくれるものであったりします(^_^)b
音楽の力、生かしていきたいですね


2016年9月 5日 (月)

できると思えばできる

「 できる 」と思えばできる
「 できない 」と思えばできない
これは ゆるぎない絶対的な法則である
 by パブロ・ピカソ

O04100272137381528781





ほんものの人間にめぐり逢えたおかげ

つまづいたり
ころんだり したおかげで
物事を深く

考えるようになりました

あやまちや
失敗をくり返したおかげで
少しずつだが
人のやることを 暖かい眼で
見られるようになりました

何回も追いつめられたおかげで
人間としての
自分の弱さと だらしなさを
いやというほど知りました

だまされたり
裏切られたり したおかげで
馬鹿正直で 
親切な人間の暖かさも知りました

そして・・・・・
身近な人の死に逢うたびに
人のいのちのはかなさと
いま ここに
生きていることの尊さを
骨身にしみて味わいました

人のいのちの尊さを
骨身にしみて 味わったおかげで
人の命を ほんとうに大切にする
本物の人間に裸で逢うことができました

一人の ほんものの人間に
めぐり逢えたおかげで
それが 縁となり
次々に 沢山のよい人たちに
めぐり逢うことができました

だから 
わたしの まわりにいる人たちは
みんな よい人ばかりなんです
  相田 みつを


O04800480137317062361

感謝することを忘れるな
助けることを忘れるな
思う気持ちを忘れるな
真っ直ぐ差を忘れるな
痛みを忘れるな
孤独を忘れるな
寄り添うことを忘れるな
泣く事を忘れるな
笑うことを忘れるな
抱きしめる忘れるな
愛することを忘れるな
たいせつな人を忘れるな



2016年9月 4日 (日)

心のあり方

同じ運命に会っても、
一人は喜び、一人は、当然な顔をする。
自分の人生を豊かにするのも貧しくするのも、
その人間の心のあり方によるのだろう。
 (三浦綾子『北国日記』) 三浦綾子読書会

O20481365137389143021





正しいストレス解消法

  【正しいストレス解消法】 アカデミー学院 学院長 舟田譲二
今の時代、完全にストレスフリーな生活なんてあり得ません。
小さな子どもでも日常の生活の中でストレスをたくさん感じています。
ましてや、我々大人はだれでもさまざまなストレスを抱えています。
そこでいろいろなストレス解消法が言われているわけですが、なんと、多くの人がやっている下の解消法は逆効果なんだそうです。

1.愚痴を言う
ストレス発散しているように思えますが、
ネガティブな事が会話に入ってくるとストレスが上がってしまうとのこと。
吐き出してスッキリしているつもりなのに、
言葉にしてしまうことで、イヤだという感情が再確認されるわけです。

2.お酒を飲む
ストレスが生じるような出来事を経験した直後にアルコールを摂取すると、体内のコルチゾール値が抑制されるそうです。コルチゾールはストレス対処に必須の物質で、分泌が抑制されると、緊張感が長い時間残ったままになってしまうのだといいます。

3.ゲームで発散
何が間違いかというと「睡眠時間を削って、新たなコミュニティで頑張る」という状態を発生させてしまっている点です。目の疲れはそのまま脳に伝わり、判断能力が鈍くなります。その結果、小さな事でもイライラしたり、怒りっぽくなるのです。

4.衝動買い
お金をたくさん使うことで、ドーパミンが分泌され、ストレスを忘れてハイになっている状態。家に帰ると体がぐったりしたりと、かえってストレスを感じることに。「罪悪感の残る買い物」「無断欠勤や予定をすっぽかしたときの買い物」は、ストレスが溜まる買い物の仕方だそうです。

5.甘いものにも逃げる
一時的に血糖値が上がって気分は落ち着きます。でもその後脳は血糖値を上げようとアドレナリンを分泌。急にイライラしたりという副作用ももたらします。甘いものが、コルチゾールを生成する副腎という臓器の機能を低下させるため、よりストレスに弱い身体ができてしまいます。

6.とにかく寝る!
休みの日に寝だめをする人ほど「不眠」や「抑うつ」を訴える割合が高いことが明らかになりました。寝溜めをすることによって、体内リズムが狂い、正常に働いていた身体の作用がうまくいかなくなっていることが原因です。

7.無理に予定を入れる
“はしゃぎ系”のストレス解消をしていると、気付かないうちに疲労をためこんでいき、うっかり自分の首を絞めていることになるかもしれないのです!“食べる、飲む、買う”というようなことをしすぎるのは、その反動で落ち込むことがあります。

一番間いいストレス解消法は「深呼吸」!!
深呼吸は、体のストレスを下げる最も効果ある方法の1つ。正しい呼吸法は、血圧、脈拍数、汗も減り、消化も助けるという健康にも良い影響が。1回、2回、3回とゆっくり大きく息を吸ってゆっくりと吐きます。鼻から吸い、口から出すとよいでしょう。「深呼吸くらいで」とバカにしたものじゃありません。深い呼吸は副交感神経を優位にしてくれるので、気持ちが落ちつきます。
(以上、「NAVERまとめ 『マジか…やりがちだけど逆効果だったストレス解消法』」より)

私もこの深呼吸、よくやります。
確かに効果テキメン。
お試しあれ!


2016年9月 3日 (土)

これだけは、覚えておきなさい

『これだけは、覚えておきなさい。
何もかも失ったと思える瞬間でさえ、
あなたの未来だけは
まだ残っているということを。』
 ~ボブ・ディラン

T02200222_07930800137389196401




人は注目されると輝く

 【人は注目されると輝く】 萩本欽一さん

《誰かが見てるから、人は頑張れる》
人間ってね、注目されると輝くんですよ。
たとえば、「どうして私って美人じゃないのかしら?」っていう人がいたら、
強引に女優さんの事務所に入れてみるといいね。
それだけでキレイになっちゃうから。
見られると本当にキレイになるんですよ。

能力が埋もれている人っていうのは、みんなに見られてないということなんです。
みんなに見られたら、能力が自然に出てくる。
でも、そのまま埋もれちゃうっていう人もいるんですよ。
そういう人は見られてないんです。

見られるのがイヤだっていう人もいますね。
そういうのを得意だとか不得意というところに入れちゃうんだよね。
人前に出て挨拶するのが苦手だって思いこんで、
自分でどんどん目立たないようにしちゃう。

でも、1回そういう人を注目されるようなところに置くと、
とてつもない力を発揮したりするんです。
だから、上にいる人間は、
そいう目立たないやつを目立つところに置いてあげないといけない。
そうしないと、本当にそいつはずっと目立たないままで終わっちゃう。
 『人生にはチャンスが三度ある』 ビジネス社

甲子園の高校野球の試合で、もし球場に応援の人たちがいなかったとしたら、
その高校は実力の半分も発揮できないかもしれない。
誰かに見られている、誰かに応援されていると思うと、
人はとてつもない力を出すことができるからだ。

仕事などでも、昨今は「見える化」ということが盛んに言われる。
この「見える化」も、ある意味で言うと、
誰かが頑張っている姿を見えるようにする、ということでもある。
また、プレゼンやスピーチも同じで、大勢の人の前で発表するために必死に勉強したり、
練習したりすることで、埋もれた能力が発揮されることが多い。

人生は舞台だ、とはよく言われる言葉。
舞台では、誰かにスポットライトがあたり、満座の中でその一挙手一投足が見つめられる
人は、たった一人でも「誰かが見ていてくれる」と思ったら頑張れる。

「人は注目されると輝く」
いつも輝いている人をめざしたい。

O07200960137389169681





2016年9月 2日 (金)

有害な思考

行動となって
現れないような思考は
無用であり、
時には有害でさえある。
土光敏夫
(元・経団連会長、元・石川島播磨重工業社長

14192565_1444157805599528_234704403





議論に勝っても恨みを買うだけ

 【議論に勝っても恨みを買うだけ】 西沢泰生さん
《俺は議論はしない。 議論に勝っても、人の生き方は変えられぬ。》
(坂本龍馬・幕末の志士)

よく、「言った、言わない」で言い争いになることがあります。
待ち合わせをしていて、「1時に変更って言ったろう!」
「いや、1時半だとしか聞いてない」という議論ですね。
これでもし、伝えたほうが「ほら見ろ、このメール」って証拠を示しても、
もう片方は不愉快なまま。
それより、「もっとちゃんと伝えればよかった、ごめんごめん」と言えば、
「いや、こっちこそ、もっとメールに注意していればよかった」と丸くおさまります。

作家の向谷匡史(むかいだにただし)さんは、予約したレストランに奥様と出かけていくと、
お店のマネージャーから
「失礼ですが、予約リストにお名前が見あたらないようですが」との言葉。
向谷さんが「おかしいな、電話したんだが」と言うと、このマネージャー、間髪を入れずに
丁寧に頭を下げてこう言ってきたのだそうです。
「それは誠に申しわけございませんでした。私どもの手違いかと存じます。
いますぐテーブルをご用意させていただきますので、少々お待ちいただけますか?」

あとからわかったのですが、実は予約はしていなかったそうです。
向谷さんと奥様が、お互いにお互いが予約を入れたと思っていたというミス。
結果としては、100パーセント向谷さんの過失でした。
しかし、「どっちが正しいか」を追求することなく、
自分たちのミスとして丁寧な対応をしたこのお店は、
上等な常連客を獲得することができたというわけです。

坂本龍馬は、この名言のように、
議論で相手を負かすことには何の意味もないと言っています。
これ、たとえ相手のほうが100パーセント間違っていてもです。
相手の間違いを指摘して、言い負かしても、
相手は考えを改めることはなく、ヘタに恨みを買うだけ。
だったら、議論なんかしないで、相手に花を持たせておけばよいというわけですね。
 『1分で心に効く 50の名言とストーリー』 大和書房

「正しいか正しくないかではなく、楽しいか楽しくないか」で判断する、という言葉がある。
ワクワクするかどうか、気持ちがいいかどうか、ほっこりするかどうか、という基準だ。

正しさを追求する人は、自分の正当性や道理にかなっていることを主張する
「オレが、オレが」の人になりやすい。
「ゆるし」や「あそび」や「余裕」のない人だ。

議論で言い負かしても、かえって相手はそれを根に持つだけ。
だからこそ、一歩下がって、「負ける」修行をする。

ときに、「負ける」ことも必要だ。



2016年9月 1日 (木)

幸せになれる女性の共通点

【 幸せになれる女性の共通点 】
「素直な女」
  :人の意見を聞く耳を持っている
「自由な女」
  :自立している

「モテる女」
  :人を心地よくさせる、一緒にいると楽しい
「愛される女」
  :人の気持ちを受けとれる
「豊かな女」
  :小さなことでも満足出来る
「センスのいい女」
  :感性が優れている、
   素朴なものにも美しさがあることを知っている
「甘え上手な女」
  :要求しない、人に助けたいという気持ちを起こさせる
「馬鹿な女」
  :自分に足りないものがあることを知っている
「心地よい女」
  :人の気持ちを邪魔しない
「成功する女」
  :人の気持ちがわかる、
   相手の望みがわかる、
   相手の必要なものがわかる
出典 : 『美人塾』 - 小林悟

14183914_1446394955375813_186459348





しつけとはどういうことですか

 【 しつけとはどういうことですか 】
私は六人の息子を持っているわけですが、
彼らがまだ小さいとき、どうしても履物を
きちんとそろえられなかった。
叱っても、そのときはそろえるが、すぐに元通りに戻ってしまうのです。
それで、私が尊敬する糸賀一雄先生にお尋ねしました。

「しつけとはどういうことですか」と。
先生は、「自覚者が、し続けることだ」とおっしゃる。
「自覚者といいますと?」と聞くと、
「それは君じゃないか。君がやる必要があると認めているんだろう?
 それなら君がし続けることだ」
「息子は?」「放っておけばいい」というようなことで、
家内も自覚者の一人に引っ張り込みまして、実行しました。

実際にやってみて、
親が履物をそろえ直しているのを目の前で、
息子がバンバン脱ぎ捨てて上がっていくのを見ると、
「おのれ!」とも思いました。
しかし、糸賀先生が放っておけとおっしゃったのですから、仕方ありません。
私は叱ることもできず、腹の中で、「くそったれめ!」と思いながらも、
自分の子供であることを忘れて、履物をそろえ続けました。


すると不思議なことに、ひたすらそろえ続けているうちに、
だんだん息子のことも意識の中から消えていって、
そのうちに履物を並べるのが面白くなってきたのです。
外出から帰ってきても、もう無意識のうちに、
「さあ、きれいに並べてやるぞ」と楽しみにしている自分に気がつきました。

さらに続けていると、そのうちに、そういう心の動きさえも忘れてしまい、
ただただ履物を並べるのが趣味というか、楽しみになってしまったのです。
それで、はっと気がついたら、なんと息子どもが
ちゃんと履物を並べて脱ぐようになっておりました。

孔子の言葉に、「これを楽しむ者に如かず」というのがありますが、
私や家内が履物並べを楽しみ始めたとき、息子はちゃんとついてきたわけです。

私事で恐縮ですが、
ここに教育の大事なポイントの一つがあると思います。
口先だけで人に、「こら、やらんかい」とやいやいいうだけでは、誰もついてきません。
自分が楽しんでこそ、
人もついてくるんだという人生観を、私は履物並べから学んだ次第です。
 《 田村 一二 》

13321972_490890474441795_3954570036





« 2016年8月 | トップページ | 2016年10月 »