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2014年7月の63件の記事

2014年7月31日 (木)

大切なものを大切に

大切だと思っているものを
しっかりと大切に出来る人は
素晴らしいと思う

大切だとわかっているのに
それが本当に大切なのか
試したり
油断したり
よそ見したり
甘えたりする

そして 後悔する
取り返しのつかない後悔をしたりする

僕は大切なものを
大切に出来る
心の強さが欲しい
 「 小出祐介さんの言葉より 」

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花結びの人

  【花結びの人】
花笑(はなえ)みということばが好きである。
このことばを聞くだけでも頬に微笑がのぼってくる気がする。
花笑みとは、もともと、つぼんでいた花がパアッとひらく様子を言うことば。

古典教室の堀川さんから、大変おもしろいことばを聞いた。
「公園の散歩などで行き会う人たちは二種類に分かれるんですよ。
花結(はなむす)びの人とカタ結びの人に」

“花結び”の人は、会えばにっこりきれいな微笑がこぼれる。
花結びした紐(ひも)の片方をひっぱるとするりとほどけるように、
表情がほどけてやらわらかい笑顔になる。
花笑み。
それである。

“カタ結び”の人は、その反対。
しっかりとカタ結びにした表情は、人と出会っても固く口を結んだまま、にこりともしない。

すてきな感性の持ち主の堀川さんらしい、なんとユニークな表現であろう。
この二つのことばを聞いてから、いろいろな人に会うのが、愉しくさえなった。
この人はカタ結びかな…近づかないうちから二つのタイプをあてられるのもおもしろい。

この花結び、カタ結びは、ただ表情だけではなく、会話にもつながる。
三十年ほど前、イギリス、ヨークシャーの嵐が丘に取材に行ったとき、
谷川の傍の狭い道で、土地の人に出会ったことがある。

昨日まではどんより曇っていたのに、
その日は朝から晴れわたって、せせらぎもきらめいていた。
向こうから来た人はすれちがいざま、花笑みを見せて、こう言った。
「やあ、あなたがたがいいお天気を連れてきてくれましたね!」
花結びの人の、ほんとうにおしゃれなあいさつをいまも思い出す。
   『ほほ笑みのある暮らし』中経の文庫

花笑みは、「花咲み」とも書く。
文字通り、花がパアッと咲いたような華やかな笑顔のこと。
笑顔は相手の心の扉を開くことができるが、固い表情は相手の心を閉ざしてしまう。

子どもは、「今泣いたカラスがもう笑う」というように、泣いていても、すぐ機嫌を直して笑う。
しかし、たいていの大人はそうはいかない。
誰かとケンカしたりすると、それが直るのに何日もかかったりする。
感性に柔軟さがなくなってきているからだ。
心にわだかまり、というしこりが残ってしまっている。

心に、こだわりがない人、淡々とした人、素直な人は、花結びの人。
わだかまりや、しこりという固い結び目を持っている人は、カタ結びの人。

花笑みのある「花結びの人」でありたい。


2014年7月30日 (水)

人生は

人生は、
できることに集中することであり、
できないことを悔やむことではない。
  
スティーブン・ホーキング

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自制心がある人

  【自制心がある人】  
「好感が持てる」というのは人間評価の最たるものである。
したがって、好感が持てる人は信頼できると言っていい。

では、どういう人が好感を持たれるのか。
その第一条件は自制心だと思う。
好感が持てる人には強い自制心がある。
自制心が強いかどうかが、人間評価の最後の最後を決める。

人間は元来が、我利我欲(がりがよく)、私利私欲の生き物だ。
常に「自分の得が多いように」と考える。
このおのれの欲をグッと抑えるのが自制心である。

もっとも、「欲を抑え込むこと」は一個の人間として社会的存在であり得る条件であり、
まったく野放図(のほうず)に欲望を発揮する人は皆無だろう。
もし、そんな人間がいたとしても、社会からはじき飛ばされる。
それでも、人によって強弱がある。
自制心が弱い人はわがまま、自分勝手と映り、自制心が強い人は人格者と映る。

いろいろな資質は別にして、自制心のある人は信頼できると思う。
しかし、いつまでもそれがその人にあると思ったら間違いである。
ある程度歳を取ると、自制心はどうしたって弛(ゆる)む。

また、年齢だけでなく境遇や立場によっても自制心が弱まる人もいる。
「係長としては非常に立派であったのに、課長になったらおかしくなった」
「部長としては頼もしい人が、副社長になったらもうどうしようもなくなった」

こういうケースは係長としての自制心、部長としての自制心はあっても、
課長としての自制心、副社長としての自制心はないということだ。
つまり、人間としての自制心ではなく、ポジションにおける自制心であったわけだ。
そこを勘違いして、その人の自制心と思ったら大変な見込み違いになる。

では、人間としての自制心と、境遇やポジションによる自制心の見分け方
はあるかと問われたら、ほとんど不可能だと答えるしかない。
ただ、自制心とよく似て非なる「皮かぶり」であれば、察知できる可能性はある。
「欲しがりません勝つまでは」で、局長になるまでは我慢する。
そして、局長になった瞬間、「さあ、これでわが望みを果たした」とタガが外れる。
そういう人は、必ずどこかで「局長になるまでは」というような気分を口にしているはずだ。
平素の言葉の端々(はしばし)にアンテナを張って、わずかなひと言を聞き逃さなければ、
「皮かぶり」は見つけられる。

いずれにしても、自制心が極端に弱い人は信頼できない。
それどころか、近くにいたらどんなとばっちりを食うかわからない。
そういう人には近づかないことである。
    『人間の見分け方』PHP文庫

自制心とは、セルフコントロールのことだが、自分で自分を律すること。
些細なことで怒ったり、キレたりする人はセルフコントロールができていない。
また、威張(いば)ったり、愚痴ったり、不平不満を言ったり、
大きなことを言う人もセルフコントロールができない。
そして、そういう人は、人からは好かれない。

人はどこかで弛(ゆる)みが出たとき、タガがはずれ、セルフコントロールができなくなる。
セルフコントロールができない人は、自分の利や得を先に考える。

中国の六然の中に、次のような言葉がある。
「得意澹然(とくいたんぜん)」
「失意泰然(しついたいぜん)」
得意のとき、調子のよいとき、有頂天になったときには、
おごりたかぶったり、傲慢(ごうまん)にならず、淡々としていること。
失意にあるとき、物事がうまくいかないときには、
がっかりしたり自暴自棄になったりせず、ゆったりと構えていること。

自制心のある人でありたい。
    谷沢永一


2014年7月29日 (火)

素晴らしいチャンス

あなたが行き詰ったと感じ
もう一歩も進めないと思った時
そして

人生の全ての目標を見失ったと感じた時
それは最高のチャンス
それはすべてをもう一度やり直し
人生の新しいページをめくる
素晴らしいチャンスなんだよね
~~~☆~~~☆~~~☆~~~
何事も前向きに考えられる人に、
そして全てをチャンスと捉える人に
なりたいですね(^O^)

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失敗はすべて灰になったよ

  【失敗はすべて灰になったよ】
トーマス・エジソンも決して不幸に屈服せず、
逆境を有利な状況へ転化する術を心得ていた人物だ。

1914年12月、ニュージャージー州ウエストオレンジにあるエジソン研究所は
火事によってほぼ全壊した。
エジソンは一夜にして、
再び手に入れるのは絶望的と思われるほどの設備と
ライフワークである研究記録のほとんどを失った。

エジソンの息子チャールズは父親を見つけようと狂ったように周囲を走り回った。
ついに彼は火のそばに立ちつくしている父親を見つけた。
その顔は炎を受けて赤々と輝き、白い髪が冬の風になびいていた。

「私の胸は強く痛んだ」チャールズ・エジソンは語っている。
父はもう若くはないのに、すべてを失ってしまったのだから。
だけど、驚いたことに父は私を見つけると大声で叫んだ。
「母さんはどこだい?
すぐに見つけてここに連れてきなさい。
こんな光景は生きている間に二度と見られるものじゃないからね」

次の朝、希望や夢が黒焦げになったたくさんの燃えさしの間を歩きまわりながら、
67歳のエジソンは言った。
「災害には大変なありがたみがあるね。
われわれの失敗はすべて灰になったよ。
これから真っさらでスタートできることを神に感謝しなければ」

行く手をはばむ大きな岩をも敷石に変えてしまうこの天賦の才は、
どんなタイプの困難にもどんな人々の間にあっても大きな力を発揮することだろう。
  『今できる事から始めよ!』三笠書房

カーネルサンダースがケンタッキー・フライド・チキンを創業したのは、65歳の時だった。
田中久重が現在の東芝の前身「田中製作所」を銀座につくったのは、75歳の時。

東芝元社長、岩田弌夫氏の名言がある。
『平凡の凡を重ねよ、いつかは非凡になる』
遅咲きの成功者の共通点は、
一つの分野を何歳になってもあきらめずにコツコツと探求したことだ。
平凡なこともそれを突き詰めると、いつか非凡に至る。

いくつになってもあきらめずに、前に前に進む人でありたい。


2014年7月28日 (月)

キスの効果

 【キスの効果】
キス1回で
モルヒネ 10倍の鎮痛効果
ストレスの 1/3解消
キス1分間で 6.4カロリー消費
出勤前にキスをしてから
家を出るカップルのほうが、
そうでないカップルに比べ
欠勤率が低く、
交通事故に遭う確率も低い。
収入も 25%高く、
寿命は 5年長いそう。

******************************
ってことでキスをしよう!
その前に相手を探さなきゃいけないかもしれないけど・・・w
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はきものをそろえる

【はきものをそろえる】

はきものをそろえると
心もそろう

心がそろうと

はきものもそろう

ぬぐときに
そろえておくと
はくときに
心がみだれない

だれかが
みだしておいたら
だまってそろえて
おいてあげよう

そうすればきっと

世界中の人の心も
そろうでしょう
  藤本幸邦 長野県円福寺の住職

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以下藤本氏のインタビューより抜粋です

「はきものをそろえる」という言葉には、
「脚下照顧」、「自分の足元を見よ」「自分の行いを見よ」と言う意味と、
もう一つ深い意味があるのです。


人間はすべて二つでバランスをとっているのです。
右足と左足の二つがあるから歩くことができるのです。
目も二つ、耳も鼻の穴も二つ、手も二つでしょう
脳も大脳・小脳二つ。

この世の中は全部二つ、二つを揃えることが大切なのです。
「ロはひとつでしょう」と言う人がいましたが、
入る口と出る口があるのです。
善があれば悪がある。
肉体があるから精神があるのです・・・

誰かのはきものが、みだれていたら、黙ってそっとそろえてあげられるような人こそが、
本当に思いやりのある人なのだと思います。

そんな人がひとりでも増えれば、
そんな子供が沢山育てば世の中は、もっともっと素敵なものになるでしょうね

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私も、小さいころから「履物はきちんとそろえるよう」と親からうるさく言われてきました。
こんな意味が込められていたんですね。
家族が、心がそろって出かけられるように!
みなが幸せな気持ちで、一日すごされますよう!。

はきものを、そろえていきたいですね

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2014年7月27日 (日)

未来をつくる

過去は私たちのものだが、
私たちは過去のものではない。
私たちは現在を生き、
未来をつくる。
たとえ、
その未来に私たちがいなくても、
そこには子どもたちがいるのだから。
  (マハトマ・ガンディー)

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無料体験レッスン

   【無料体験レッスン】  精神科医、ルイス・ターターリャ
『人生はすべて“無料体験レッスン”と考える』
出会った人はすべて、人生の教えを与えてくれる先生だと思う。
たとえ、自分より年齢がずいぶん若い人の発言であろうと、子どもの発言であろうと、
学ぶべきところはあるはずだ。
つまり、自分以外の人はみな大切な「先生」なのである。

私が医学生だったとき、新生児集中治療室を担当していたある看護師は、
どんな人をも自分の「先生」にするという素晴らしい人だった。
その看護師は、病院に入院中の赤ちゃんをも先生にして、
「どうすればいい看護ができるのかを、
この赤ちゃんから大いに学べました」と感謝していたものである。

人に教えを請うのは決して自分の弱さにはならない。
むしろ素直に頭をたれることが、自己成長のカギなのである。
ガミガミと文句ばかり言ってくる人でさえ、
「この人は私に忍耐の大切さを教えてくれているんだ」と思えば、
その人に対して腹は立たないはずぬだ。

なにせ忍耐力のレッスンを無料でしてくれる先生なのだから。
人の話を真剣に聞けなくなったら、
あなたの心の広さはそこでストップしてしまったのだと思って間違いない。
何歳になっても成長を続けている人は、いつでも他人を自分の先生だと感じ
実際、素直に教えを請える人なのだ。
  『不思議なくらい 心が強くなるヒント』三笠書房

「我以外皆我師(われいがいみなわがし)」という吉川英治氏の言葉がある。
すべての事柄は、みなそこに学ぶことがあり、よき経験となる。
学ぼうとする心があるなら、大きな挫折や失敗にさえ学ぶことができる。
つまり、自己成長のカギはどこにでもある、ということ。
嫌なことも、嫌な人も、失敗も、挫折も、すべて、「無料体験レッスン」。
いくつになっても成長し続ける人でありたい。


2014年7月26日 (土)

自分のせいではない

自分はすべて被害者で、
相手はすべて加害者だという考え方は、
決して自分を幸せにはいたしません。

なぜなら、それは問題の解決にはならないからです。
何か不都合なことが起こると、
自分のせいではなく、
相手のせいにしてしまう。

つまり自分はまったく責任はないと思いこむ。
それは大人の生活感覚ではないと思います。
 
 ( 三浦綾子 『ちいさな郵便車』)

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低い声の効用

  【低い声の効用】
大声で泣きわめく子に、
負けじとカン高い声で叱責の言葉を浴びせている母親の姿を見るたびに、
私が思い出す一つの研究があります。

それは、アメリカのケニヨン大学の言語研究班とアメリカ海軍が共同で、
聖書にある「穏やかな答えは怒りを払う」という言葉の真実性を
心理学的に立証してみようとした研究です。

この研究のそもそもの目的は、
指令を出すときにもっともふさわしい声の高さを調べようとしたもので、
電話と船の中にある伝声管を使って、
さまざまな声の高さで送り手が受け手に質問を発してみました。
すると、話し手が高い声で質問すれば高い声で、
低い声で質問すれば低い声で答えがかえってくることが判明しました。

とくにしつけの問題として見た場合、じつに興味深い示唆を含んでいると思うのです。
つまり、大声で泣く子供に対して、母親がヒステリックに叱責の声を高めれば高めるほど、
子どもの声は高くなりこそすれ、低くなることはありません。
子どもの声を高めてさせているのは、
じつは母親のカン高い声であるとさえ言えるのです。

事実、この種の母と子の言い争いは、
際限なく続き、どちらかが疲れ果てるまでエスカレートしていく傾向があることは、
誰もが幾度となく目撃していることでしょう。
ここから導き出される結論は、
叱責の言葉こそ、ふだんの会話より、
もっと低い調子で語りかけるくらいのつもりになることが必要ということです。

低い声は、感情のエネルギーが噴出した高い声とは対照的に、「理性」を感じさせます。
逆に言えば、低い声を使うことによって、
相手から自分が理性的に思われると同時に、事実、自分が理性的になれます。

また、低い声は、相手と二人だけの話、
ほかの誰でもないあなたへの語りかけであるということが強調される点です。
演説の声のように、大きな声というのは“公の声”であるのに対して、
小さな声は“私的な声”であり、いわゆる“差しで話す”という人間関係を作り出します。
そして、ふだんと違う口調という点で、話し手のいつにない重大な決意が感じ取れます。
心して聞かないと大変だという相手の注意を喚起できるのです。

低い声は、物理的に言っても、精神を集中し耳に全神経を集めないと聞き取れません。
最初は話される内容を聞き入れるつもりはなくても、
聴覚をそこへ傾けさせることが、内容の受け入れにつながることが少なくないのです。

こうしたさまざまな点を総合してみると、
低い声、穏やかな話し方というのは、相手の傾聴を誘うことがわかります。
少なくとも、声高の言い合いがエスカレートするのを防ぎ、
子どもを自分の土俵に引き込むことができるのです。
   『しつけの知恵』PHP文庫

大きな声はよくて、小さな声はダメだ、と一般には言われる。
もちろん、大きな声の方が、元気よくみえ、ポジティブに感じるのは確かだ。
しかし、時と場合によっては小さな声が必要なときもある。

相手が、突如ヒステリックに激昂したような時、
相手が感情的になり大声になればなるほど、
こちらは低い声で冷静に話した方が話はこじれない。
相手と同じように感情的になってしまっては、ただの子供同士のケンカになってしまう。

また、講演会の場で、聴衆がざわざわとざわついてしまったとき、
講師はわざと小さな声で静かに話すと、聴衆は静かになるという。
「静かにしなさい」と怒鳴るよりも効果的だ。

アナウンサーやニュースキャスターの声も、
昨今はどんどん低い声の人が多くなってきている。
知的で理性を感じさせ、説得力も増すからだ。

なんでもかんでも、大声で元気よく話せばいいわけではない。
ときに、低い声や小さな声で、静かに話してみることも必要だ。


2014年7月25日 (金)

自分のこと

 「『自分のことは、
自分が一番よく知っている』
という人がよくあるが、
わたしはあまり信じない。
自分よりもむしろ、
傍ら(かたわら)の人のほうが、
わたしたちの姿を
適確に見ていることが多いからだ。

(三浦綾子『夢幾夜』)

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人生のゴール設定

  「人生のゴール設定」
人生のゴールを設定していないと、
ちょっとした逆風が吹くだけで挫折したり、引き返したりしてしまいます。
その逆風は、
誰かに行く手を阻まれたり、
足を引っ張られているように感じられるかもしれません。
しかし、本当の意味で行く手をふさいでいるのは自分自身です。

人生のゴールが明確ならば、
一時的に障害物とぶつかって挫折をしたとしても、
踏み台に変わります。
人生のゴールを見据えているならば、
障害物を乗り越える体力や実力を身に着けて、
1~2歩下がって、助走をつけてから障害物を乗り越えることもできます。

人生の逆境を赤信号、
人生の順境を青信号と考えたとしたら、
安全を考えて、すべての信号が青になるまで出発しないとしたら、
いつまで経っても人生のゴールを目指す旅に出発することはできません。

さあ、人生のゴールを設定し、今から出発しましょう。

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2014年7月24日 (木)

言葉は

言葉は人を喜ばせたり
悲しませたり
助けたり
傷つけたり
勇気を与えたり
きゅんとさせたり
想いを伝えたり
感動を与えたり
人を幸せにしたり
言葉は人を変えるし
人柄は言葉にあらわれる。

性格を変えたいなら
まず言葉を変えてみよう

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悲劇の主人公

  【悲劇の主人公】  創成館高等学校理事長・校長、奥田修史
私はよく本校の生徒たちにこう話す。
「自分だけ悲劇のヒロイン、ヒーローを気取るな!
生きてる奴は、大人も子供も、みんな思い十字架を背負って生きてんだ!」

一度、親が離婚している境遇にあり、少し素行の悪い女子生徒から、
「親が離婚した子供の気持ちがわるかるか!? 」
と泣きながら言われたことがあった。

私は、「わかるわけねぇだろう!俺の親は離婚してねぇよ、馬鹿野郎!」と答えた。
その女子生徒は一瞬面食らった顔をしたが、私はこう続けた。
「お前、予想外の言葉に驚いてんだろう。
これが俺の本心だ!

神様じゃあるまいし、自分の経験したことないことまでわかるか!
でもな、これだけは絶対に理解しろ!
お前の親が離婚してようがしてまいが、社会に飛び出したら何の関係もない。
社会に出たら、お前個人だけを見て判断される。
乗り越えるしかないんだよ。

お前の幸せな人生は、乗り越えた先にあるんだよ。
乗り越えるというのは、忘れることじゃないぞ。
覚悟することだ。
親が離婚するっていうのは、子供にとっては重い十字架を背負うことになる。
その十字架を背負う覚悟を持つんだ。

俺の親は離婚していない。
でも俺は俺で、重い十字架を背負っている。
生きている誰しもが、重い十字架を背負って生きてるんだ。
顔は笑って、心で泣いて。
みんな歯を食いしばって一生懸命生きてる。

お前のお父さんもお母さんもきっとそうだ。
離婚したからって、子供のことを気にしない親がいるわけないだろう。
だけど、お前もそろそろ覚悟しろ。
お前から憎まれようが一向に構わんが、
俺がいま言ったことだけはきちんと頭に叩き込んどけ!」

この話し方は私の話し方である。
もちろんいろいろな考えがあっていいと思うが、
私は「情熱をぶつける」こと以外に子供の心を揺さぶる方法はないと考えている。
何とか理解してほしいという、祈りにも似た感情がそこにあることだと思う。
  『ヤンチャ校長、学校を変える』 宝島社

よく、自分の受けた悲惨な体験は、
のうのうと生きている幸せな人にはわからない、と言う人がいる。
悲劇のヒロイン・ヒーロー、つまり悲劇の主人公を演じてしまうような人だ。
世界一かわいそうな私に、同情してほしいとか、一緒に悲しんでもらいたい、と。
だが、世界を見渡せば、その人より悲惨な体験をしている人は、
何万人、何千万人といるはずだ。

不幸自慢をしたり、不幸を愚痴ったりすれば、幸福になれるなら何度も言えばいい。
しかし、愚痴や泣き言や不平不満は、言えばいうほど気持ちは暗くなり、
不幸は加速する。
人生において大きな困難が起きたときは、
そのことだけに目がいって、一瞬、他の広い世界が見えなくなってしまっている。

「人生はクローズアップで見れば悲劇。ロングショットで見れば喜劇」
   (チャールズ・チャップリン)
どうせ生きるなら、悲劇ではなく、喜劇の主人公として、面白おかしく人生を演じたい。


2014年7月23日 (水)

頑張った時

頑張った時、
頭をなでてくれる、
大きな手が欲しくなる。

疲れた時、
包み込んでくれる、
優しい腕が欲しくなる。

泣きたい時、
涙を受け止めてくれる、
大きな胸が欲しくなる。

一人になる時も必要だけど
支えてくれる大切な存在が
いてくれると思うだけで
心が解放される。
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成功者たちは不思議な習慣を持っている

ケンタッキーフライドチキンといえばカーネル・サンダースさんですね
1009回の売り込みに失敗して、
1010回目にして成功したというお話はあまりにも有名ですが、
その裏にあった以下のお話はあまり知られていないかもしれません。

「ケンタッキーフライドチキン」が創業されたのはカーネルが65歳のとき。
敬虔なクリスチャンだったカーネルは、
日々教会に通い、「60歳も過ぎ、最後のチャンスを逃してはならない。
どうか神様お願いします」と神に祈っていました。

とはいえ、なかなか成果は上がらず、資金は尽きかけていました。
しかしそれでも、なんとかしたいという必死の思いから、ある日、神にこう言います。
「チキンを売れるようにしてください。売れたらそのお金の半分を神様に差しあげます」
商売に成功できたら、収入の半分という代償を差し出すことを、神に誓ったのです。

・・・それから数日後、驚くべき事に、状況に変化が起きました。
どれだけ頑張っても売れなかったレシピが、様々な幸運により突如売れ出し、
カーネルのチキンはアメリカじゅうで大人気となったのです。

そして数年後、カーネルは誓いを守りました。
カーネル財団という寄付団体を作り、教会に財産の半分を寄付したのです。
ーネルの幸せそうな笑顔は、成功した喜びを表現しているだけでなく、
人のために生きたという幸福感の賜物です。

だからこそ、どんな困難にも負けず、多くの人に愛され、
最後に大きな成功をつかみ取ることができたのです。

「なぜ、成功者たちは不思議な習慣を持っているのか?」
   〓 栄一 著  宝島社より

これがカーネルさんの生き方だったのですね。
では、カーネルさんはお金持ちだったから寄付をしたのかというと、
そういう訳ではないようです。
貧しい時代でも、毎月収入の数%を教会に寄付していたようです。
また、テレビに出るようになってからは出演料全てを大学に寄付したり、
自伝の印税も全額病院などに寄付していたそうです

つまり、
稼いだお金を他人のために使うという習慣だったのです!!!
自分の収入の数%でも、誰かのために使える人になっていきます!!!


2014年7月22日 (火)

笑いの効用

  [ 笑いの効用 ]

 

笑いの効用には驚くべきものがあります。
笑うだけで病気が治ることもあります。
笑いは 自然治癒力(免疫力)の代表選手、チュラルキラー細胞を増やします

笑いは 毎日のストレスを解消させ、
心と関係の深い自律神経のバランスの働きをよくしてくれます。
また 笑いは人間関係を円滑にし、仕事の効率をあげることができます。
結婚できることもあります。
つまり、昔からのことわざ「笑う門には福きたる」です。

笑顔は顔の表情筋をたくさん使ってつくりますが、
顔の筋肉や筋を使うことは胸腺を刺激します。
これが、病気に利くのです。

免疫が高まって、ガンやエイズにまでよいことが、
学術的に確かめられているといいます。
また「笑うことは、誰もがもっている超能力」ともいわれていますが、
笑いが人生をよりよい方向へ変えることは確かなようです。
  (船井 幸雄 / 経営コンサルタント )

時間にケチな人

 【時間にケチな人】
皆で旅行をしたりするとわかるのだが、
待ち合わせに必ずといっていいくらい遅れる人がいる。
遅れなかった場合でも、息せき切って、やっと間に合った…という人だ。
こういう人の行動をしばらく観察していると、
「なるほど、これでは遅れるわ…」と納得がいく。

こういう人は、最初から「待ち合わせの時間きっちりにそこへ行きさえすればいい」と思い込んでいる。
十分前、十五分前に行こうという気などさらさらない。
先に行って待っていることが損したような気分になるようにも見受けられる。

ぎりぎりに行けばいいと思っているから、
その間になにかひとつでもアクシデントがあれば、当然遅れる。
また、遅れないまでも大あわて、ということになる。

私はこういうタイプの人は「時間にケチな人」と思う。
自分のためにも人のためにもゆったりとした時間を用意しない、
時間を惜しむ「時間にケチな人」。
待ち合わせの場合でも、「そんなに早く行ったってしょうがない」などとは思わず、
早くついたら、あれをしよう、これをしようと考えてみたらどうだろうか。

たとえば、東京駅から皆で待ち合わせて新幹線で旅に出るとする。
待ち合わせの三十分前に東京駅についてもいいではないか。
時間があったら、駅の構内のショップをのぞいてみるのも楽しい。
最近は、弁当や土産物屋ばかりではなく、ワインやチーズの店もある。
しかも品ぞろえがかなり充実している。

車中でシャンパンを開けるのもいいかなあ…などと考えつつ、
ワインやチーズやソーセージなどを物色していると、
二十分や三十分はすぐにたってしまう。
そんな余裕のある待ち合わせと、
最初からぎりぎりの行動で、
ついには時計を何度も見ながらエスカレーターもかけ上がって…という待ち合わせと、
どちらが精神衛生にいいかはいうまでもない。

相手をハラハラさせるのもよろしくないし、自分がドキドキするのもよくない。
こう考えてみてはどうだろうか。
待ち合わせの時間に対して、三十分、いや十五分でもいい、
待ち合わせの相手と自分に対してプレゼントする。
「余裕の時間」という、目には見えない花束を持って待ち合わせの場所に行く。

そうすればあなたはもう遅れない。
もうあわてない。「ゆとり」の人となる。
   『「ゆっくり力」ですべてがうまくいく』集英社文庫

「時間の守れん人間は何をやっても駄目だ」(田中角栄)
時間を守るというのは自分との約束。
つまり、セルフコントロールができない自分に甘い人間、ということ。

セルフコントロールができない人は、
商売にしろ、体調管理にしろ、人間関係にしろ、何をやってもうまくはいかない。
もし、待ち合わせに遅刻するなら、相手の時間を奪っていることになる。
そして、相手が忙しいトップなら、そんな人とは二度と付き合うことはない。

遅刻する人は、「時間にケチな人」。
時間をきちっと守れる人でありたい。

2014年7月21日 (月)

友情

立派な人間の友情は、
温かいからといって花を増やすこともなければ、
寒いからといって葉を落とすこともない。

どんな時でも衰えず、
順境と逆境を経験して、
友情はいよいよ堅固なものになっていくものだ。
  (諸葛孔明)

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人の顔つきも習慣である

  【人の顔つきも習慣である】  日野原重明
「なぜあの人は、歳をとってもあんなに楽しげで、豊かな表情でいられるんだろう」
周囲の人々にこのような印象を与え、その人たちまで楽しい気分にさせてしまう。
そんな人を見かけるたびに、私は、
「きっとこの人は良い習慣に基づいた生活を送っているに違いない」と、感心してしまいます。

98歳で亡くなった宇野千代さんも、そんなすてきな女性でした。
そして、あるとき、彼女の書物のなかに次のような内容の言葉を見つけて、
私の予測がまちがっていなかったことを実感したのです。

「人の顔つきも習慣である。
顔つきが習慣になれば、それはしめたものである。
家の外は空気がきれいである。
家の中は、誰の顔つきも笑顔である。

何だ、これは習慣なのだから、と思えば、何事も可厭(いや)なことは起こらないのである。
習慣、習慣と思って、私はあはははははと大きな声をして笑ったものである」
  (『生きる幸福、老いる幸福』海竜社)

笑顔が習慣化した温かい家庭の様子が伝わってきて、
なんだか読んでいる私まで大声で笑いたくなるような、それは愉快な文章でした。
家庭で育む習慣が、
子供の教育にとってもいかに重要かということは折に触れて感じることです。
子どもの場合、習慣は顔つきよりもまず、行動に出ます。
  『生きるのが楽しくなる 15の習慣』講談社+α文庫

マザーテレサの有名な言葉がある。
「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから」

前向きなのか、後ろ向きなのかという考え方は、言葉になって現れる。
日ごろ、「ツイてる」、「楽しい」、「ありがとう」、「感謝」、「幸せ」という
ポジティブな言葉を使うか、
「ツイてない」、「不平不満」、「グチ、泣き言」、「文句」という
ネガティブな言葉を使うかで、行動は変わってくる。
行動が変われば、習慣が変わる。
そして、習慣はいつしかその人の性格となる。

いつも、しかめっ面をして暗く生きるのか、笑顔で明るく生きるのか。
人の顔つきも習慣で変わる。


2014年7月20日 (日)

世の中で一番・・・

世の中で一番楽しく立派なことは、
一生涯を貫く仕事をもつことです。


世の中で一番みじめなことは、
人間として教養のないことです。

世の中で一番さびしいことは、
する仕事のないことです。

世の中で一番みにくいことは、
他人の生活をうらやむことです。

世の中で一番尊いことは、
人のために奉仕して決して恩に
きせないことです。

世の中で一番美しいことは、
すべての物に愛情をもつことです。

世の中で一番悲しいことは、
うそをつくことです。
  〜 福沢 諭吉 〜

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仕事の報酬は仕事

盛田昭夫氏と共にソニー創業者の一人として知られる「井深大さんの言葉。
「一番のモットーは、他の人が既にやってしまったことは、やらないこと」

「両親がひたむきに生きる姿自体が、
どんな幼い子にも、素晴らしい影響を与えるのです」
「この人にはこれだけしか、能力がないなどと決めつけては、能力は引き出せません」
「本当の経営者は、来年、再来年に何をやろうかと言うときに、
ターゲットを広げず、むしろ狭めていく。
そこに集中するために、無駄を省いていく」

「仕事の報酬は仕事だ。それが一番うれしい」

「世の中に尽くすとか、他人のために何かするということは、
お金ができてから、名声を得てからすることだと、考えるのはまちがいだと思います。
あなたの周りを見渡せば、身近なところに誰にでもやれることが、いくらでもあるからです」

「人生で出会う出来事は、すべて何かを教えてくれる。
生きている限り、学ぶべきことがある」

一つ一つの言葉が深いです。
仕事の報酬は仕事!
良い仕事をした結果、またお願いしてもらえるようになる。
それを繰り返していった先に、繁盛する人や、繁盛するお店、会社となっていくのでしょう。
またお願いされる、また会いたいと言ってもらえる人でありたいですね


2014年7月19日 (土)

人は鏡、自分の鏡

まわりの悪口ばかり言っているひとは
きっと、まわりからも悪く言われてる。

まわりをバカにしているひとは
きっと、まわりからもバカにされてる。

まわりに笑顔をふりまいているひとは
きっと、笑顔が集まってくる。

まわりに日々感謝をしているひとは
きっと、まわりからも感謝される。

まわりを尊敬しているひとは
きっと、まわりからも尊敬される。

ぜーんぶ、自分にかえってくる。
人は鏡、自分の鏡。

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怨みは怨みによって鎮まらない

「怨みは怨みによって鎮まらない。
怨みを忘れて、はじめて怨みは鎮まる」
とはブッダの言葉です。
その通りだと思います。
これと似た言葉で、インド独立の父“マハトマ・ガンジー”は言いました。

「“目には目を”という考え方では、世界中の目をつぶしてしまうことになる」
これもその通りだと思います。
本当に大切なことは何でしょう?
例え話をします。

Aさんは、大好きな人にフラれてしまいました。
このときAさんがすべきことは、フッた相手を怨むことでも、非難することでもないですよね。
Aさんは、悔しくて悲しいかもしれませんが、
やるべきことは“振り向いてもらえるように自分をもっと魅力的にする”とか、
“自分を磨く”といった事ではないでしょうか。

これは決して恋愛だけではありません。
商売でも同じことが言えますね。
お客さんが来ないのを、お客さんのせいや社員のせいにしても、何も改善されません。
まずは、もっと魅力的な会社(お店、組織)になることです

怨んだら、自分の怨む気持ちが増幅していくばかりで、
ことの解決にはなっていかないですし、
きっとそういう人には同じような課題が何度もやってきます。
その課題をクリアしていないのですからね・・・


場所を変えても、時間が経っても、その課題はきっとやって来ます。
夏休みの課題もそうです。
先生を怨んでも、宿題は減りません(笑)

どこへ行こうが、最終日になろうが、
その課題は自分でクリアしなければならないのです。
人を「怨む」という行為、実は自分が一番傷付いているのです。
なんてもったいない事でしょう!
忘れるなんて出来ないかもしれないけど、

考えないように忙しくしてみたり、自分が癒される温泉行ったり、
音楽聞いたりと、意図的に意識を違う方向に向かせる作戦もあります。

自分の人生を生きるのがいいね


家族のきずな

  「家族のきずな」  菅野直基 (出前牧師・カンちゃん)
ある日、お父さんが子どもに、「お父さんのどこが好きか教えて!」と話しました。
子どもは、「お父さんがお母さんを愛しているところ」と答えました。

「どうして?」、と理由を聞いてみると、友だちのお父さんとお母さんが離婚することになり、「お父さんとお母さんのどちらを選ぶ?」と聞かれて、仕方なくお母さんについていくことになったそうけど、本当はどちらか一方を選べないし、選びたくなかったと、泣いている姿を見て、「うちはそんなことにはなってほしくない。いつまでもお父さんとお母さんと一緒にいたい!」と思ったから、と言いました。

「子どもは夫婦の愛のおこぼれで育つ」と言われますが、
親が子どものためにできる最高のことは、夫婦が互いに愛し合うことです。
「わたしがあなたがたを愛したように、
あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。」(ヨハネ15:12)
互いに愛し合うこと」は、結婚生活の基本です。

聖書の原語ギリシャ語では、3種類の「愛」という言葉があり、使い分けられています。
1.エロス(恋愛)→愛が強い分愛されることを求める愛
エロスの愛は、相手に独占欲を抱き、相手からの愛を求めます。恋愛の絶頂期なら問題はありませんが、夫婦間では長続きしません。結果、互いに求め合い、不満を抱き合い、愛が冷めたり、愛が憎しみに変わることがあります。

2.フィレオ(家族愛・友愛)=条件付きで見返りを求める愛
フィレオの愛は、家族や友人という条件付きの愛です。この愛が家族関係や友人関係を持続させます。しかし、「親しき仲にも礼儀あり」で、受けるだけは許されません。与えたら、その分相手からの見返りを求めます。見返りが帰ってこないと、不満を抱くようになり、関係にヒビが入ってしまったり、争いが起こることもあります。

3.アガペ(神の愛)→無条件で一方的な愛
アガペの愛は、受ける価値があるかないかは関係なく、無条件で与え、かつ、一方的に与え、しかも見返りを求めない愛です。聖書が、「互いに愛し合いなさい」と教える愛はこの愛です。この愛が夫婦間にあるならば、夫婦関係は永続するどころか、その絆は時と共に深まっていきます。

「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません。」(Iコリント13:4~8)

愛して損をすることは一つもありません。むしろ、愛を惜しむことで損をするのです。惜しまない愛を注いでくれる夫や妻に不満を抱くことはありません。浮気や離婚も通常起こりません。

聖書は、相手が不倫をした場合、離婚を許容しています。
また、DVや働かないとか、責任放棄や家庭崩壊につながる行動をするなどして、仕方なく離婚をする夫婦もいます。
夫婦の問題は当事者同士にしかわからない部分もあり、決して責められるべきではありませんが、アガペの愛で愛することで回復できるならそれに越したことはありません。

どうぞ、夫婦が互いに愛し合い、家族の絆を大切にしてください。子どもは、お母さんを愛するお父さん、お父さんを愛するお母さんが大好きです。
「愛は、すべてを完成させるきずなです。」(コロサイ3章14節)
良い週末をお過ごし下さい。

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2014年7月18日 (金)

肯定的に考え、語ろう

   「肯定的に考え、語ろう」  
「失敗しないようにしよう!」と恐れるより、
「よし、やるぞ!」と考えた方が肯定的でずっといいです。

否定的な思いが心に浮かんできたならば、
その考えを文章下して紙に書き出し、
その内容を肯定的にイメージできるように言い換えてみよう。

あなた自身に一番多く語りかけ、影響を与えているのは、
ほかの誰でもなくあなた自身。

だからこそ、
自分に対して何を考え、
何を語るかについて細心の注意を払いましょう。

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奥様への愛から

ある男性の新妻はそそっかしくて、料理をする度、指に傷を負っていたそうです。
そのたびに、夫が傷の手当てをしていました。
しかし、いつも一緒にいるわけではありません。
愛する妻がひとりの時でも手当てができるよう考えました。

医療用テープの真ん中にガーゼを付け、片手でも付けられるようにしたのです。
夫は自分が勤めてる会社で、それを広めます。
夫の会社は「ジョンソン・エンド・ジョンソン」。
バンドエイドの生みの会社です。
あのバンドエイドは、一人の男性の、奥様への愛から生まれたモノだったのです


あのHONDAのスーパーカブも、戦後の食料買い出しに苦労していた奥様のため、
自転車にエンジンを乗せたことが始まりと言われています。
今では世界的な企業も、最初は“愛するたった一人の身近な人を喜ばせたい!”
という気持ちから始まったのですね


愛です
近くにいる人ほど、大切に

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2014年7月17日 (木)

学問は人間を変える

学問は人間を変える。
人間を変えるような
学問でなければ学問ではない。

その人間とは他人のことではなくて、
自分のことである。

他人を変えようと思ったならば、
まず自分を変えることである。
  (安岡正篤)

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運のいい人の法則

   【運のいい人の法則】  リチャード・ワイズマン
心理学者によると、他人を引き寄せる力を持っている人は、たしかにいるという。
この「対人関係の磁石」を持っている人がパーティや会合に出席すると、
決まって知らない人から話しかけられる。
町を歩いていれば、しょっちゅう道や時間を尋ねられる。
どういうわけか、まわりの人が吸い寄せられるように見えるのだ。

驚くまでもないが、この磁石を持っている人は、
内向的な人より外交的な人のほうが圧倒的に多い。
彼らが他人を引き寄せるのは、本人は気がついていなくても、しぐさや表情が
「対人関係の磁石」になっているからで、まわりはそこに魅力を感じる。
興味深いことに、運のいい人ほど、この磁石にあてはまる振る舞いをしている。

私は、運のいい人と悪い人にインタビューしたときに撮影したビデオを
数人の心理学者に見せた。
音声は消したので、運のいい人か悪い人なのかは、ビデオを見ただけではわからない。
そのうえで、表情や振る舞いを評価してもらった。

笑った回数や、話している相手と目を合わせるアイコンタクトの回数、しぐさなど、
「対人関係の磁石」に当てはまる振る舞いに注目したのだ。
運のいい人と悪い人の違いは一目瞭然だった。
笑った回数は運のいい人のほうが二倍多く、アイコンタクトの回数もはるかに多かった。
しかし、おそらく最大の違いは、
身ぶりがどのくらい「開いている」か「閉じている」かという点だった。

「閉じている」身ぶりとは、たとえば腕や足を組むことで、相手から距離を置こうとする。
反対に「開いている」身ぶりは、相手のほうに自分の体を向けて、腕や足を組んだりせず、
てのひらを広げて相手に見せることも多い。
運のいい人が「開いている」身ぶりをする回数は、運の悪い人より三倍も多かった。
   『運のいい人の法則』角川文庫

「人を引き寄せる」ということで思い出すのが「人たらしの天才」と呼ばれた豊臣秀吉だ。
人たらしとは、人の心をつかんで自分の味方に引き寄せてしまうことを言うが、
愛敬のある憎めない性格を持っている。
愛敬のある人は、顔つきや、性格や、振る舞い、などがにこやかで、可愛げがある。

秀吉に見るまでもなく、人を引き寄せることが上手な人は、運がいい。
反対に、人を遠ざけるような、暗い表情や、しかつめらしい顔つき、
あるいは腕や足を組んだりするような相手を拒絶するようなしぐさの人からは、
人が離れていき、当然ながら運も悪い。

運がよくなる振る舞いを身につけたい。


2014年7月16日 (水)

人をほめる努力

「人をほめる努力」
をしていくと、
自分の人生が輝いて
見えてくるから不思議です。

あの人の顔も光り輝いて
見えるようになり、
この人の顔も光り輝いて
見えてくる。

そして、
人をほめようとしている
自分の顔が、
一番輝いて見える。

こんな小さな努力を大事に
していきたい。


きっと大丈夫

  【きっと大丈夫】  聖路加国際病院小児総合医療センター長、細谷亮太
キリスト教では、「その通り」「神さまのおっしゃる通り」
という意味でお祈りの最後に「アーメン」と言います。
それでみんなが安心するのです。

仏教の浄土真宗系の人は、お経の終わりに「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」と念仏し、
最後に「南無阿弥陀仏。」と「。」がついた念仏を称(とな)えて安心します。
これで「大丈夫だ」と思えるのでしょう。

いつの頃から、私も診療を終えた子どもたちに、必ず「大丈夫。」と言っているようです。

私はこれまで、友人にだまされて借金ができても、子どもが受験でうまくいかなくても、
「どうにかなるだろう」と思って暮らしてきました。
今後、何か起こるかもしれないけど、
それでも、「まあ、大丈夫だろう」という根拠のない大丈夫感には自信があります。

けれども、大丈夫だと思って何もしなかったわけではありません。
私たちが育った時代は、なんでもある豊かな現代とは根本的に違いました。
日本全体が貧しく、学校にお弁当を持ってこられない子もいました。

子どもの周囲も危険がいっぱいでした。
私自身のことでいえば井戸に落ちて死にそうになったりしたこともあります。
さまざまなな悲しいことやつらいことがありながらも、
私自身それなりに人事を尽くしてきたと思っています。

人間は、常にさまざまな状況に直面します。
そんなときに、「もうだめだ、もうだめだ」と思っても大丈夫だったから、
その人は今まで生きているわけです。
「もうだめだ」と思うよりは、「大丈夫」と思って生きているほうが絶対にいい。

「大丈夫、大丈夫」と言うときに、
私たちは「大丈夫。」の中にお祈りの気持ちを込めていいます。
そういうお祈りの気持ちが入っているような「大丈夫。」
が与える信頼感で結ばれた人間と人間のつながりが、とても重要だと思います。

不安や疑問を抱いている人にとっては、
大丈夫感を持つ人から「大丈夫。」と言ってもらえることが安心のもとなのです。
だから、「大丈夫。」もお祈りの一つなのです。
    『きっと「大丈夫。」』致知出版社

一休禅師は、亡くなる前に弟子達に三巻の遺言を残した。
もしお寺でどうにもならないほど、困ったことがあったら、この三巻の遺言を開けなさい、と。
一休禅師が亡くなって何年かして、お寺にほんとうに困ったことが起こり、
その遺言書を開けることにした。
すると…
一巻目には「大丈夫」、二巻目には「心配するな」、三巻目には「何とかなる」
と書かれていたという。

ある程度の年齢を過ぎた人なら、
誰でも一つや二つ、もうどうにもならないような困ったことや、困難があったはずだ。
しかし、どんな難問であっても、それが何とかなってきたから、我々は今生きている。
時が過ぎればどんなことも、必ず何とかなる。

『お祈りの気持ちが入っているような「大丈夫。」』
自分にも人にも…
「大丈夫。」と心を込めて語りかけたい。


2014年7月15日 (火)

結婚生活が暗礁に乗り上げそうになったら

もし結婚生活が暗礁に乗り上げそうになったら、
自分の伴侶の好ましいところと、
夫や妻としての自分の至らないところを
表にして比較してはどうか。
人生の転機となるかも知れない。
  - デール・カーネギー -

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少年院での魂の授業

3年前から各地の少年院で講演活動を行っているゴルゴ松本さん。
”漢字”を使った真剣な授業が感動的です。
ゴルゴ松本の「少年院での魂の授業」


辛いことがあった時、人はグチをこぼす。マイナスな言葉、弱音を吐く。
「吐」という字は、口へんにプラスマイナス。
嫌なことは吐き出していい。
でも、そこから成功する人、夢を実現する人は少しずつ変化していく。
弱音は吐かない。ボジティブなことだけを言うようにする。
マイナスな事を取っていくと夢は「叶」う。

自分の思っていた到達点に少し足りないと思ったら、
軌道修正しながら、最終的な目標は変えない。
紆余曲折しながら、遠回りしながら、ここまで行けばいい。

これは危険だと思ったら回避する。
危険だと思ったら、逃げていい。
「逃」は、しんにょうに兆し。
そして、また時間をおいて、
しんにょうを手ヘンに変えて「挑」挑戦するんだ。

「幸」と「辛」
幸せでも、何かが欠けたら辛くなる
辛くても、何かが加われば幸いになる
「苦」「困」「災」に「難」を加えると「苦難」「困難」「災難」
こういうことが起こると不幸だと考えてしまう。
「難」が無い人生を「無難」という。
無難な人生なんてありえない。
だから、「難」が有る人生。「有」「難」と書いて「有難」し。

「命」は、人を一叩き(ひとたたき)と書く。
殴ったり蹴ったり、人を痛めつけることで命を感じる。これは大間違い。
寝てる時、無意識の時、今も叩き続けている心臓。
心臓の一叩きの連続が命。
その命を命懸けで産んだのはお母さん。女性です。

命の始まりは女なんです。
「女」が土「台」となって「始」まりとなる。
俺ら男は、女の人を粗末にしちゃ絶対ダメなんだ。
君らを産んだお母さんは命懸けで君らを産んだんだ。それは間違いない。
命懸けで産んだものが命なんだ。人間はそれを何度も繰り返してきた。
ここからは、皆が命を繋げていく。
ここから出たら、命を広げて行ってください。

心に響いたら、感動の輪を広げていってください。
実際の講演映像はこちらからどうぞ。
 

2014年7月14日 (月)

人間という者

人間という者、
実に弱い存在である。
駄目な人間だとか

お前には才がないと言われると、
自分でもそのとおりだ
と思いこみやすい。
また、ひとことでもほめられると、
までは、
自分はつまらぬ人間だと思っていた者が、
急にめきめきと力を発揮したりする。

  (三浦綾子『孤独のとなり』)

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「心」を持っているかどうか

  【「心」を持っているかどうか】
 富士フイルムホールディングスCEO、古森重隆
私はさまざまな企業の経営者にお会いすることが多いが、
優れた経営者はちょっと話をすると、
「この人は“心”を持っているな」とすぐに感じとることが出来るものだ。

「社会・社会の公器としての会社・組織に対する使命感・責任感と、
国民や社員にたいする思いと、その両方を背負いながら仕事をしている」という匂いが、
言葉や態度の端々から漂ってくるのだ。

しかし中には匂いがしない経営者もいる。
若い経営者の中には、社長の職に就いたときには匂いがしなくても、
一年も経てば見違えるように変貌する人もいる。
だが残念ながらずっと変わらない人もいる。
そういう経営者はだいたい会社をダメにするし、短命に終わる。

上に立つ人間は、人間に対しての共感や責任感、広い意味での愛・思いやり、
人を受け入れる力とかそういうものがないといけない。
経営者にとってなくてはならないものは、やはり心だ。
こういう力がない人は社長になってはいけない。

「心」を持っているかどうかは、
リーダーとしての器を判断するときの絶対に欠かせない条件となる。
心というのは私の解釈で言えば、誠実に生きるということ。
それは社会や会社、社員に対する愛情や責任感、使命感といったものである。
そしてさらに、会社に対しても、社員に対してもフェアでなくてはならないのである。

心が欠けている人は絶対にリーダーになってはいけない。
また、正しいことを、フェアなことをやらなければいけない。
社会に対しても、あるいは競争相手に対してもフェアであることが大事だ。
しかも賢くやらないといけない。
そして、それを実行・完遂するには強さがいる。


また、それに加え、優しさがないといけない。
人に対する愛や会社に対する愛がないとダメだ。
人間に対しての優しさや思いやりを持つこと、こういうことが心であり、
人の気持ちが理解出来るということだ。

心が欠けているリーダーは、「自分だけが利益を得られればいい。
生き残ればいい」という身勝手な判断をしがちだ。
全体のことを考えている使命感のある人間というのは、それなりの風格があり、匂いがする。

「もっと社会の役に立ちたい」「もっと社員に幸せになってほしい」という心は、
決して忘れてはいけないものだ。
私はこの使命感こそ、自分自身のモチベーションを高めるトリガー(引き金)だと思う。
  『君は、どう生きるのか 心の持ち方で人生は変えられる』三笠書房

リーダーとしての生き方は、なにもリーダーだけが持たなければいけないものではなく、
人として生きるのに誰もが必要な考え方だ。
このことは、会津藩の武士の子どもへの教え、「什(じゅう)の掟」に見ることができる。

それは…
「年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ」
「虚を言ってはなりませぬ」
「卑怯な振る舞いをしてはなりませぬ」
「弱いものをいじめてはなりませぬ」
というようなものだが、最後に「ならぬものはならぬものです」と締めくくっている。

礼儀を正しくし、嘘をつかない、卑怯なことをせず、弱い者いじめはしない、
というごくごく当たり前のことだ。
しかし、現代ではこのことが欠けている人が多い。
特に、リーダーにこの資質がなければ、その組織は早晩崩壊する。
「心」を持っているかどうかは、人として最も大切なこと。


2014年7月13日 (日)

幸せにするのは

自分の感じ方、考え方で、
幸せにも不幸になる。
大切な事ですね。


あなたを幸せにしてくれるのは
誰か他の人ではありません
お金や特別なことでもありません


あなたを幸せにするのは
あなた自身です
あなたの考え方や
感じ方や生き方です

不幸やいら立ちも同じことです
全てあなたの心のありようです
  ( 葉 祥明)

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頼り過ぎる現代人

   【頼り過ぎる現代人】 
江戸中期の医者・中神琴渓(なかがみきんけい)の話を集めた『生生堂雑記』に、
こんな話が載っている

昔、洛陽に一人の病人がいた。
長いこと、いろいろな医者に治療を受けたのに、少しも良くならない。
それどころか、医者を変えるたびに、ますます身体の具合がおかしくなっていった。
そんなにして十三年も経つうちに、病人は薬を飲むのがつくづく嫌になり、
あるとき勝手に薬をやめてしまった。
すると、かえって身体の具合が良くなり、長年の病気が二ヶ月ばかりですっかり良くなった。

その病人が言いうには、「班固(はんこ)という人が、『病気になっても薬を飲まなければ、
まともな医者にかかったのと同じことだ』と言っているが、全く本当だね」
そもそも、病気というものは、百人のうち八、九十人は自然と治るものだ。
だからこそ、医者はもっともらしい顔をして商売ができるのだ。

軽い病気を重くしてしまう医者がいなくなれば、天下の病人の八割は減るだろうと、
すでに江戸時代、中神は医原病を見抜いていた。
最近は、一緒に食事をすると何種類もの薬を飲む人が多くて驚かされるが、
あまりにも薬に頼り過ぎる現代人にとって、この話は一つのアンチテーゼではなかろうか。
   『毎朝「一話」出勤前に読む本』三笠書房

医原病と同じような言葉に、母原病がある。
母原病とは、一般的には母親の甘やかし過ぎや、愛情不足による子供の病気を指す。
自己免疫力の低下した子供だ。
その多くは、子供の自立を妨げる過保護によるもの。
人間の身体も、あまりに大事にし過ぎて、過保護になったとき、
自己免疫力が落ちてしまい、ひ弱な体質になってしまう。
そして、薬や医者に頼り過ぎり、自らの自己治癒力を信じない。

薬は別の面から見れば毒だ。
短期には有効であっても、同じ薬を飲み続ければ、確実に体には害をなす。

歴史上も現代も、混沌の時代を生きのびることができるのは、
野生の力を持ったたくましい人間だ。
過保護は、頼り過ぎる現代人を生む。

自己免疫力を上げる生活をめざしたい。
   太田典生

2014年7月12日 (土)

ただ だまっているだけ

だれにだってあるんだよ
ひとにはいえないくるしみが

だれにだってあるんだよ
ひとひはいえないかなしみが

ただ だまっているだけなんだよ
いえばぐちになるから。
  (相田みつを)


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なんとかなる

   【なんとかなる】  斎藤一人さん
この世の中で起きるすべての問題には、
その内容の困難さや出来事の大小にかかわらず、共通していることがあります。
それは、必ず最後には“なんとかなる”か“どうにかなる”。
この2つは明確なる“答え”なんです。

たとえばカンタンな例でいうと、「この本はこの人の役に立つな」と思って勧めても、
一所懸命に読んでくれる人もいれば、まったく読もうとしない人もいる。
それで、一所懸命に読んでくれる人はそこから学びを得て、問題を解決できる人なんです。
そしてまったく読もうとしない人は、読まなくてもどうにかなる人。
だから両方とも“なんとかなる”か“どうにかなる”。これが基準です。

この世でなんとかできるのは、自分のことだけなんです。
だから、自分のことは自分でなんとかするの。
他人(ひと)のことはどうにもならないんだよ。
それで、他人はどうにもならないかというと、なんとかなる。
「この人たち、放っておくと大変なことになっちゃうんじゃないか」っていうような人でも、
見てるとそうならないの。

たとえば、まったく経済観念がない経営者がいて、
「この人、大丈夫かな?」って思うけど、そういう人は経営者に向かないの。
だからしばらくすると、その会社はなくなって、
その経営者は働きに出ることになったりしてるんだよね。
物事って、一番いいかたちに流れていくようになっているんだよ。

多くの人は「商売が続くことがいい」という固定観念があるんだけど、
商売に向かない人が商売続けていてもしょうがないんだよ。
だから経営者に向かない人が商売していると、
自然とお店がなくなって勤めにいくことになっているの。
そいういう人は、経営者には向かないかもしれないけど、
勤め人ならなんとかなって、お給料もらって生活できたりするんだよね。
だから、人は必ずなんとかなる。

この世の中は必ず“なんとかなる”か“どうにかなる”ということを知らないと、
勝手に思い詰めて自殺しちゃう人が出ちゃうの。
人は悩んでるんじゃなくて、学んでるの。
その人にとって必要なことを、その出来事を通じて学んでるんです。
そしてどんな問題も、その人にとって最善の方法で、自然の流れでいい方に行くの。
それを「自分が決めて始めたことなんだから、途中であきらめたらダメだ!」とかって、
自分の価値観を相手に押し付ける人がいるんだよね。

スポーツで全国大会に出るような人は、出た方がいいから出られるの。
逆に、出られない人は出ない方がいいんだよ。
世の中というのは、「必ずなんとかなるんだ」という目で見てないと、苦労が絶えないからね。
   『斎藤一人 天が味方する引き寄せの法則』 (柴村恵美子)PHP

若うちは、この学校や会社に入れなかったら生きている価値はない、
などと思い詰めることがある。
それは、病気や事故、恋愛や人間関係の挫折や仕事上の失敗、
などに出くわしたときにも同じことが言える。
しかし、長い人生を振り返ってみたときには、
そのときどんなに越えられない難問だと思ったことも、
通り過ぎてみたらすべて結局は、なんとかなっていた。

神様はその人に乗り越えられない壁は用意していない、というがまさにその通りだ。
人の悩み事や問題は必死でもがいていれば、必ず時間が解決してくれる。
そして時間が経過すれば、失敗や不幸だと思ったことは、
実は成功や幸せの始まりに過ぎない、ということに必ず気づく。

「どんな困難も、必ず最後には“なんとかなる”か“どうにかなる”」
人は、悩んでいるのではなくて、学んでいるだけなのだから。

2014年7月11日 (金)

気持ちを切り替える

どんな事でも悩むな
なんて言わないけど

ある程度悩んだら
気持ちを切り替えた方が良いよ


いつまでも悩んだ所で
答えなんて出ないから

1日悩んで出ない答えが
次の日や1週間経って出る訳がない

出たとしたらそれは気持ちが
切り替わってたって事だと思う

悩む事も大切だけど
切り替える事も大切だよ

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言葉のちから

  【 言葉のちから 】
ある方から「ありがとうと口に出してはいても
心の中では反対のことを考えているときがあります

「ありがとう」とは言っているものの 心の中は言葉と裏腹で
「ふざけるな」とか「嫌いだ」と否定的に考えてしまうときがあるんです
否定的なことを心の中で思っていても
「ありがとう」と言っていれば神様は味方になってくれるのでしょうか?」
と質問されたことがあります

「心の中で思う力(想念)よりも
口に出した言葉の力のほうがはるかに大きなエネルギーを持っています
ですから「よき仲間」を増やすには心の中はどんな状態であれ
「ありがとう」と口に出して言ったほうがいいと思います

たとえば「お蕎麦屋さん」に行ったとします
「お蕎麦を食べるぞ、お蕎麦を食べるぞ、お蕎麦を食べるぞ…」
と心の中で強く強く思い続けても、注文を取りにきた店員に
「ラーメンをください」と言ってしまったら
その店員は 必ず「ラーメンを持ってくる」に違いありません
喫茶店に行って「コーヒーを飲むぞコーヒーを飲むぞ」と強く思いながらも
「紅茶ください」と言えば出てくるのは「紅茶」でありコーヒーではありません

ということは「想念の力」よりも「外に出た言葉の力」のほうが
はるかに大きな力を持っていることがわかります
「想念の力」がゼロだとは言いませんが
「想念の力」を「1」とすれば
「言葉の力」は「1万倍」にも「1億倍」にも「1兆倍」にもなります


目の前に嫌いな人がいて、心の中では「この人は嫌いだ」と思っていながら
それでも「ありがとう」と感謝の言葉を口に出してみる
言われた相手はきっと「感謝された」と思うはずです
「このやろう」と言う想念を向けていたとしても
「ありがとう」という言葉のほうがはるかに強い
腹の中が煮えくり返っていても「ありがとう ありがとう」と言い続ける
そうすることによって、まわりの状況を楽しめるように、なるのではないでしょうか

「私の人生は最悪、仕事も家庭もうまくいかないし、本当にロクな人生じゃないのよね」
と言う人がいます。
何気なく言ったつもりでも この言葉は、「あなたたちが私に不幸を与えている」
「あなたたちのおかげで不幸になった」 と言っているのと同じようなものです

彼女の愚痴を聞いた人は、潜在意識の中で、
「最悪な人生の一部を私たちが担っているんだ
私たちは この人の不幸の原因になっていたんだ」
と思い シュンとしてしまうでしょう

愚痴や泣き言を言うことで「人生を評論している」つもりかもしれませんが
結果的には家族から友人から 神様から仏様から
すべてを敵にまわす(味方になってもらえない)ことになります

いつも「ツイてる ツイてる」と口にしている人のそばには
明るく 楽しく 元気な人がたくさん集まってきて「よき仲間」に囲まれるようになります
反対に愚痴ばかり口にする人のそばには 暗い人ばかり集まってきます
類は友を呼び、明るい集団はどんどん明るくなり、暗い集団はどんどん暗くなります
  出典:「 もうひとつの幸せ論 」 著者:「 小林正観さん 」 出版:「 ダイヤモンド社 」

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2014年7月10日 (木)

暖かい心を

貧しい人には
暖かい心を、

悲しんでいる人には
親身の涙
を、

疲れている人には
慰めのことばを
与えてあげてください。

  (三浦綾子『孤独のとなり』)

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すべては自分の考え方

歩けない時は
無理して歩かなくていいし
走れるときは
力の限り走ればいいし
キツい時は
それ以上進まなくてもいい。

自分に正直に 自分のままで
自分らしく進んでいけばいい
歩いたって
立ち止まったっていいんだよ

あなたが自分自身を
許せるようになった時、
あなたは過去を
変えるのではありません。
あなたはあなたの
未来を変えているのです。

それをプラスにするか
マイナスにするか、
すべては自分の考え方で
決まるのです。

いつも物事を良い方向に
考えることができる人は
幸福になれる人です。
焦らなくても大丈夫。
それが「今の自分」なんだから



2014年7月 9日 (水)

人間のおろかさは

 人間のおろかさは、
決して命令やきびしさで直すことは
できない。
心のしこりを融かすものは、
寛容であり愛である。
共に荷を負ってくれる忍耐である。
 (三浦綾子『明日をうたう』)

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断食こそ健康の源

世界で最も健康意識の高い人々は、ユダヤ教徒なのだそうです。
そんなユダヤに伝わる、【断食こそ健康の源!体を内部から浄化する】というお話です。

ユダヤ教は断食が多い宗教である。
厳密に行うと年間で11日、断食の日がある。
今は、1日3食をとるのが当然とされる。
だが、3食の習慣は20世紀に入ってからのこと。

現代人は1日3食の習慣で、食べ過ぎになっている。
断食は内蔵を休ませ、宿便(腸に残る便などの排せつ物)を出しやすくする。
また、食べすぎの現代人は、
憩室(けいしつ)という、腸に風船のような膨らみをたくさん持っている。
その中に便がたまると、これが腐敗し、がんが発生しやすくなる。

最近は日本でも、「デトックス」(解毒)という言葉が使われるようになった。
体内に取り込んだ有害物質や、過食でたまった余剰な栄養を取り除き、
自然治癒力を高めようという考えだ。
断食は、そのデトックスの有効な手段である。
ウィスコンシン大学医学部では、20年間で2つのグループの赤毛ザルを飼育した。

食べ放題のサルと食事制限したサルである。
食べ放題のサルは、死亡率が食事制限したサルの3倍となった。
断食の効果は、動物だけではなく、人間にも当然あると考えていいだろう。
「ユダヤに伝わる健康長寿のすごい知恵」
石角完爾 著 / 石原結實 監修 マキノ出版より

大病を患うと、健康な身体のありがたさを感じますが、
順調な時ほど忘れがちなのが体調管理や健康です。
巷にはさまざまな健康法が溢れていますが、
この昔から受け継がれている断食や、精神を落ち着かせる瞑想なんかは、
本当に心身共に良いのでしょうね

自分も気が向いたときに断食をしますが、
これからは定期的に1ヶ月に1度やっていこうと思いました!
身体が軽くなるのと、お肌の調子も良いんですよね

憩室(腸に風船のような膨らみ)というのは知りませんでしたが、
断食によって解消されるのであれば、様々な病気の予防にも繋がりそうです。

元気な身体あっての自己実現や、他者への貢献。
健康も大切に守るべき財産ですね


2014年7月 8日 (火)

大切な人を大切に

嫌いな人を嫌うより
大好きな人を愛したい
悪い噂話なんかするより
楽しい事を話したい
そういう時間を
多くして生きたい

大切な時間を大切に
大切な人を大切に
きっとそうする事で
自然と自分の事も
好きになれるよ
仲間や恋人
そして自分の事もいっぱい
愛してあげてください

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恩返しの金メダル

  「恩返しの金メダル」 致知2014年8月号「致知随想」より
七夕とはお盆行事の一環であり、
現在のように「願掛け」として一般庶民に広がったのは、江戸時代だといわれています。

さて、本日は七夕にちなんで、夢を実現したある柔道家の感動実話をお届けします。
小柄でありながら、得意技の豪快な一本背負いで数多くの大男たちを打ち負かしたことから、
「平成の三四郎」の異名を取る古賀稔彦さん

1992年のバルセロナオリンピック、柔道男子71kg級では、
直前に左膝を負傷するという逆境を乗り越え、
見事に金メダルを獲得しました。
怪我を抱えながらも、世界の頂点に立てた理由とは何か。
その秘密に迫ります
……………………………………………………
男子柔道71キロ級の日本代表として送り出された、1988年のソウルオリンピックのこと。
20歳にして初の五輪切符を手にした私は、優勝候補と目されていたのですが、
蓋を開けてみれば3回戦でまさかの敗退。
あまりの悔しさにただ呆然として試合会場を後にしました。

日本に帰国すると、私を取り巻く環境が驚くほど一変していました。
成田空港から出発するまではマスコミで散々取り上げられ、
「頑張れ頑張れ」と声援を受けていた私が一転して誹謗中傷の的となったのです。
「古賀は世界で通用しない」 「あいつの柔道はもう終わった」など、
なぜそんなことを言われなければいけないのかとただただ憤慨するばかりでした。

そして気づけば、私の周りからは潮が引くように誰もいなくなったのです。
自分はオリンピックの大舞台で負けて悔しい思いをしているのに、
なぜそのことを誰も理解しようとしてくれないのか。
もう人間なんて誰も信用できない――。

この時、私は人間不信になってもおかしくないくらいに激しく気持ちが落ち込み、
とにかく人目につくのが怖くて、自分の部屋に閉じこもりました。
そんなある日のこと、何気なくつけていたテレビの画面に、
オリンピックの総集編が流れ始めました。
番組では華々しく活躍する選手たちの映像とともに、
惨敗だった日本柔道の特集も組まれており、3回戦で敗退した私の試合も映し出されます

ところが次の瞬間、画面に釘づけになりました。
なぜなら私が試合に負けた直後、カメラが観客席で応援していた両親を映したからです。
おもむろに立ち上がった両親は試合会場を背にすると、
日本から応援に駆けつけてくれていた人たちに向かって、
期待に応えられなかった私の代わりに深々と頭を下げていました。
もちろん、私にとって初めて見る光景です。

中学で親元を離れてひたすら柔道に打ち込みほとんど顔を合わせることがなかっただけに
久しぶりに見た両親が謝っている姿に私は大きなショックを受けました。
心の変化はそれにとどまりません。
いまの自分が無性に恥ずかしく思えてきたのです。
それまでは、「おれが練習して、おれが強くなって、
 おれがオリンピックに行って、
 おれが負けて、おれが一番悔しいんだ」と思っていました。

ところが両親の姿を見ているうちに、
闘っていたのは自分一人ではなかったことに気づかせてもらったのです。
すると驚いたことに次々と私をサポート、
応援してくれた人たちの顔が浮かんできました。
例えばオリンピックに向けて練習相手になってくれた仲間がいました。
彼らは自分たちが試合に出られないのに、私のために何度も受け身を取ってくれました
しかし、当時の自分はそれが当たり前のこととしか受け止められませんでした。
また、たくさんの方からの声援や心のこもったお手紙を何通も頂戴しましたが
応援されることが当たり前と思える自分がいました。

ところがこうして少しずつ周りが見えてきたことで、
自分の後ろにはこんなにもたくさんの人たちが一緒に闘ってくれている
だから安心して闘っていいのだと思えるようになったのです。
そしてこれを機に、それまでの自分が嘘のように、前向きになることができました。

もう両親に頭を下げさせてはいけない。
そして自分をサポート、応援してくれた人たちにも絶対喜んでもらいたい。
そのためにはオリンピックで負けたのだから
次のオリンピックで、金メダルを取って恩返ししよう――。

この時に抱いたこの思いこそが、
4年後のバルセロナオリンピックにおいて、怪我で苦しみながらも
金メダルを獲得することができた、大きな原動力になったのです。


2014年7月 7日 (月)

証拠

笑えるのは、
楽しんでる証拠
怒るのは、
真剣だった証拠
喧嘩するのは、

一緒だった証拠
つまずくのは、
進んでいる証拠

裏切られるのは、
信じていた証拠
失恋するのは、
愛していた証拠
不幸になるのは、
幸せだった証拠

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よいこと探しの人生

    【よいこと探しの人生】  聖心会シスター、鈴木秀子

ある一人の女性のエピソードがあります。
その女性には多くの兄弟がいました。
一番下の弟は、身体障害者で生まれ、幼稚園に入る年頃になっても、寝たきりでした。

弟を喜ばせたいという思いから、家族みんなが弟に「その日あったよいこと」を話したそうです。
すると、弟はニコニコと笑顔で反応し、ときに声をあげて一緒に喜んだり楽しんだりするようになりました。
それを主治医に報告したところ、
「病気が治るわけではないけれども、とてもよいこと」と言われたそうです。

それ以来、家族はみな、1日1ネタ、楽しいことやうれしいことを探して、
手帳にメモするようになったのです。
その内容は、他愛もないことだったと言います。
「帰り道に、とてもかわいらしい犬がいた」「街路樹が赤く紅葉してきれいだった」など。

その家族は、帰宅すると必ず弟に1日の出来事を報告する。
すると、弟はキャッキャッと喜ぶ
その女性いわく「よいこと」は弟へのおみやげ、ギフトなのだそうです。
弟さんは、今もお元気だといいます。

私がその女性に接したのは、彼女が大学生の頃でしたが、
10年近くも「よいこと」探しを続けていると語ってくれました。
彼女はまた、こんなことも言っていました。

「よいことばかり、毎日探そうとしていると、
接する人すべてがとても温かく思えてくるのです。
嫌な人には一切会わない。
これは弟からの何よりのプレゼントです」。


私はこの話を聞いて、胸が熱くなりました。
その後、彼女はとても幸せな結婚をしています。
   『あなたは、あなたのままでいてください』アスコム

こんな有名な話があります。
大きな町の入口で、おばあさんが石の上に座っていました。
そこへひとりの旅人が通りかかり、おばあさんにこうたずねました。
「これから入っていく町は、いい町ですか?幸せを与えてくれる町でしょうか?」
おばあさんは答えます。

「あなたが住んでいた町はどうでしたか?」
旅人はこう返します。
「とても嫌な町でした。だから新しい町に移ってきたのです」
おばあさんは、旅人にこう言いました。
「あなたの行く町は、あなたが来た町と同じです」

また、別の旅人が通りかかり、おばあさんに同じように聞きました。
「これから入っていく町は、いい町ですか?幸せを与えてくれる町でしょうか?」
おばあさんは同じように答えます。
「あなたが住んでいた町はどうでしたか?」

旅人はこう返します。
「素晴らしい町でした」
おばあさんはほほ笑んで、旅人にこう言いました。
「あなたの行く町も、あなたが来た町と同じように素晴らしいですよ」
   (以上、同書より)


誰の人生にも、長い年月の間には、いいこともあれば悪いことも起こる。
しかし、その中においても、いいことだけを探してそれを見続けていると、
嫌なことの中にさえ、いいことを見つけることができるようになる。


「あなたの行く町は、あなたが来た町と同じです」
よいことを探し続ける人生でありたい。


2014年7月 6日 (日)

思った時がベストの時

人生は一度しかない。
やりたいと思った時が

やる時だし、
言いたいと思った時が
言う時だし、
行きたいと思った時が
行く時。

タイミングは
人それぞれだけど、
先延ばしするのが
一番よくない。
思った時がベストの時!

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ジャングルの話

  【ジャングルの話】 
冷蔵庫の奥にしまったままで、その食品の存在をすっかり忘れ、
気がついた時には賞味期限切れになっていた。

君もそんな経験をしたことはないだろうか?
賞味期限の切れた腐ったものを食べれば、当然のことながら腹を壊す。
これは食品に限った話であるが、
実は人の固定観念にも、賞味期限切れの食品と似たようなところがある。

世の常識、非常識といったものは時代とともに移り変わる。
ということは、
その時にでき上がった固定観念も、時間が経てば通用しなくなるということである。
固定観念の話をもっとわかりやすく説明しよう。

幾人かで危険なジャングルを探検していたとする。
目的地に向かっている途中、メンバーの前に川が現れた。
泳いで渡れるような川ではなかったので、メンバーたちは協力して木を切り、橋をつくった。
橋を渡り終えた時、メンバーのひとりであるA君がこう言った。
「この先にはきっとまた川が現れるはずだ。
その時のために、この木をみんなで担いでいこう」

だが、言うまでもなく、
そんな重い荷物を背負って険しいジャングルを進んでいくのはとても危険なことだ。
すぐに川が現れるとも限らないし、
荷物を運んで動きが鈍くなったところを野生動物に襲われでもしたら命にもかかわる。
要するに、その時にした努力はそこで捨て、
また次の一歩を踏み出せばいいだけのことなのだ。
川が現れたらみんなで木を切ればいい。
その方が常にフットワーク軽く歩いていくことができる。

このジャングルの話をいまの社会に置き換えると、
学ぶことで得た「知識」や、業績を上げたことによって得た「地位」などがこの「橋」に当たる。
現代人は飽きもせず「得ること」ばかり夢中になっている。
日頃から置いていく、すなわち「失うこと」や「捨てること」に意識が向けられるのであれば、
知識や地位に執着することもなくなるし、
現代人にありがちな被害者意識のようなものも薄まっていくことだろう。

自分がどれほど賞味期限切れのものを抱えているか、いま一度よく確かめてみてほしい。
冷蔵庫の奥に忘れ去られた食品のような「観念」がきっといくつも見つかるはずである。
運もツキも、腐ったものがあるような“気持ちの悪いところ”には決して近づいてはこない。
賞味期限切れの観念を見つけたら、迷わず捨てることだ。
   『運は「バカ」にこそ味方する』  ソフトバンク文庫

大きな変革の時は、過去の知識や成功体験、
あるいは組織の肩書などを後生大事に持っていると、
それがかえって重荷になることが多い。
身軽になって、とらわれやこだわりという荷物を捨てないと、変化には対応できないからだ。

重い荷物を抱えていては、変革という川や谷は渡れない。
「後だし負けジャンケン」という、負けなくてはいけないルールのジャンケンがある。
後だしだから負けるのも簡単そうだが、やってみるとわかるがほとんどの人ができない。
勝つ訓練ばかりしてきたからだ。

同様に、我々は知識にしても理屈にしても、それを得る訓練ばかりしてきた。
捨てる訓練はしてこなかった。
知識や理屈を捨てれば、感じる心がよみがえってくる。
野生のカンだ。
現代というジャングルを進むには…
賞味期限切れの観念を捨て、感じる心を磨きたい。
   桜井章一


2014年7月 5日 (土)

人生に無駄はない

人生に無駄なことは
一つもありません。

ただ…その時点では
解からないようになっています。

その点は、いつか線になり、
線が形になります。

ですから…
辛く苦しい境遇にあったとしても、
今が大切。

全ては輝く未来に繋がっていることを
信じてみましょう。

きっとそうなるから!


ありがとうといえば

  【ありがとうといえば】  石川洋さん

カンボジア国境に避難している難民の救済に出発する一ヶ月前のことである。
私の不注意で石畳に横転して左手の指を三本折ってしまったのである。

家に帰ってきて入口の障子を明けると、
『丸田翁の健康法の話』というパンフレットが置いてあった。
そのパンフレットの一番大切なところは、「治して下さい」とお願いをしてはならない。
「治して下さってありがとうございます」と大声で一時間言っていると、
必ず大転換が始まってくる、必ずよくなる、運命も変わる、と言うことであった。

ごはんを食べる時も、寝る時も、起きる時も、
「治して下さってありがとうございます」と唱える。
空気も水も太陽も、みんな生かそうとしている。
われわれは生かされるようになっているのだから
「ありがとう」とお礼を言わなければならない、と書いてあった。

早速、大声で仏様の前で「治してくださってありがとうございます」と一時間唱えてみた。
すると本当に大転換が始まった。
勿論、折れた骨が、元どおりに治るわけではない。
しかし、先ず、お礼が出て来た。

「左手であってよかった。右手であったらどんなに大変だったろう」
と大感謝がこみ上げてきたのである。
次に足の指を三カ所折ったら、歩くことが出来なかっただろう。
「足でなくて手であってありがとう」と心からお礼を申し上げた。
また、顔であって包帯でぐるぐる巻きにしていたら、人さまにいらぬ心配をおかけする。
そして、家でけがをしなくてよかった。
外の皆さんにご迷惑をかけることになる。
次々、お礼がふえてくるのである。
そして最後に「女房でなくてよかった」
「私であってありがとう」と心底からお礼がこみ上げ苦笑してしまった。

そのようにお礼を言っていると、
けがの痛さを忘れ、けがをしたことが喜びに変わってくるのである。
又、一ヶ月で治るだろうかという焦りの気持ちがなくなり、
私は「丸田翁のおじさんありがとう」とお礼を申し上げた。
このすがすがしい、次元を超えた大きな“ありがとう”に包まれ、
感謝の手を合わせている時“ハッとした”。
長い間、曲がらないでいた左手の三本の指の二本が動きだしていたのである。
もう一本の指も曲がりかけているではないか。

「ありがとうといえば
ありがたいものが見えてくる
ありがたいものが見えてくれば
ありがたいあかしがあらわれる」
  『ありがとう宣言』勉誠出版

神様にはお願いごとをしてはいけない、という話を読んだことがある。
なぜなら、神様にお願いするということは、神様に対する要求であり、
すなわち文句を言っているのと同じことになるからだ、という。

お願いする人は、現状のよいところを見ずに、悪い所をみてそれを直して欲しいという。
よいところを見れば感謝が出てくるが、悪い所を見れば文句が出てくる。
本当は、神様には「ありがとうございます」、という感謝しかないのにそれに気づかない。
病気やケガのとき…
「治して下さってありがとうございます」
ありがとうといえば、ありがたいものが見えてくる。


2014年7月 4日 (金)

自分は絶対正しい人間だ

「自分は絶対正しい人間だ。
自分は最もよい人間だ」
という考えを、
無意識のうちに
心の奥深くに
根強く持っているからだ。

そんなに、
わたしたちは「正しい」だろうか、
「よい人間」だろうか。
否である。

(三浦綾子『あさっての風』)

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間違いなく出世する方法

   【間違いなく出世する方法】  松下幸之助さん
このあいだ、ある会社の方が、
新入社員にちょっと話してくれんかということを頼みに来られたんで、
まあ少し義理のある会社でありましたので、お受けをいたしまして入社式へ行ったんです。
大学卒業生が百人ばかりの入社式です。
そこで、ぼくはこういう話をしたんです。

皆さんにひとつお教えしましょう。
どういうことかというと、皆さんこの会社へ入って、
まあ立身出世というと語弊がありますけれども、やがて部長とも重役ともなられることは、
やはり皆さんの希望と考えてよろしいでしょう。
間違いなく重役、間違いなく部長になる方法を教えましょうと言うたんです。
たいがい聞き耳立ててですな、(笑)何を言いよんのかいなというようなもんですな。(笑)
それでですね、それはこういうことやと。

あなたがこの会社へ入ったということは、非常に縁があって、これは宿命なんだ。
だからこの際ひとつあなたが一念発心して、きょう家に帰ったらお父さんとお母さんに、
あるいは家族に、「自分はきょう入社式に行ってつくづく考えた。
こんないい会社ないと思う」と言いなさい。

まずこれや。
あなたの第一声はこれやと言った。
すると両親は、「そうか、そりゃよかったな」と必ずそう言う。
そして、非常に安心する。
まず成功の第一歩はこれだ。

今度はきみが友だちに会う。
「だれだれ君、きみどこへ行った。どや、きみの会社は」
「おれの会社はきみ、入ってみると思ったよりいい会社や。
おれもう非常に喜んでんねん。おれはこの会社と運命を共にすることを決心したんや」
「ああそうか、そんなにきみ、いい会社か」
これに終始一貫しなさい。
そうしたらきみ自身もやがてそうなってくる。(笑)


そういう徹底した人が重役にならずして、だれを重役にするかというんだ、ほんとうは。
これしかないと私は思うんです。
これさえ皆さんがやってくだされば間違いなく保証すると、私はこういうことを言ったんです。

こりゃ家庭の両親も喜ぶし、親戚も、「そうか、そんないい会社へ入れたんか、
そんないい会社やったらその会社の品物を買うてやるか」と。(拍手)
無限にお得意が広がるんですよ、たった一人の社員のためにね。(笑)

世に成功の道はたくさんございましょうけれども、
私はこういうように徹底しなければダメやと思うんです。
中途半端な状態では、それでも成功していく人もありましょうけれども、
いったんその道に入ったならば心身ともに打ちこんで、そして言動がそうなれば、
こりゃ成功せんとこうと言うても人がほっとかんですよ。
これを皆さんがやるかどうかということです。
  『松下幸之助発言集 第八巻 強運なくして成功なし』 PHP文庫

会社に限らず、学校や自分が所属する組織を否定する人がいる。
「たいしたことないんだよ」「いやなやつがいてさ」「毎日がっかり」と愚痴や文句を言う。
反対に、「入らせてもらって感謝している」「素晴らしい人が多い」「毎日が楽しい」
と褒めたたえる人もいる。

上司とか、あるいはもっと上のレベルの、たとえば神様が見たら、
どちらの人が好かれるだろうか。
愚痴や文句は暗くて冷たいが、感謝は明るくてあたたかい。
そして、ご縁を大事にする人は感謝が多い。

置かれた現状に愚痴や文句を言って暮らすのか、感謝して生きるのか。
ご縁を大事にする、あたたかで感謝多き人生を歩みたい。


2014年7月 3日 (木)

何かを始めようとすると

何かを始めようとすると
いろんな立場の人がかかわってくる。

立場が変われば当然意見も異なる。


自分が正しいと思うことが
他の人にとって正しいわけでは
ないんですね。
   野口健

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「ありがとう」から始める

 【「ありがとう」から始める】
     ノートルダム修道会シスター、ジャンヌ・ボッセ氏

毎晩寝る前に、神様にラブレターを書いています。
その日一日の出来事や出会いを振り返って、
神様が私に行ってくださったさまざまな働きかけを思い出して、手紙に綴っています。
もう30年以上も続けています。

書き出しはいつも「ありがとう」(merci)。
夜、一日を静かに振り返ると、どんなにたくさんの恵みが与えられているかがわかり、
ありがとうといわずにはいられなくなります。

「生徒さんとこんなお話をしました」
「カナダから手紙をもらいました」
「久しぶりに昔の教え子から連絡がありました」
などなど…毎日毎日が特別な一日だと思っていますので、
たとえあまりよいことがなかった日でも、感謝です。
なぜって、その日、一日生きているだけで、もう十分ありがたいですから。

ラブレターでなくても、お手紙を書いてみませんか。
思いを文字で表そうとすると、どうしても自分の考えを整理しなくてはなりませんから、
自分をじっくり見つめなおすことができますよ。
感謝の言葉から始めれば、もっとよいかもしれません。

感謝の後では、いやなことが書きづらくなるので、
肯定的なことばかり書きたくなってしまうかも…。
「ありがとう」から始める手紙、どうぞお書きになってみてください。
きっとよい眠りにつけますよ。
おすすめいたします。
   『しあわせは微笑みが連れてくるの』メディアファクトリー

「人生は晴れてもしあわせ、雨でもしあわせ」という、
カナダ生まれの現役シスターのジャンヌ・ボッセさんは96歳。
日本で暮らして65年になる。

手紙でも、会話でも、「ありがとう」の言葉から始めれば、続きは必ず感謝の内容となる。
しかし、「不愉快だ」とか「がっかりした」というような否定の言葉から始めれば、
続きは必ず不平不満、グチや泣き言、悪口や文句の内容となる。

最初はどんな言葉で始めるか、で人生は決まってしまう。
「私は幸せ」と言えば、幸せな出来事を探す。
「私は不幸」と言えば、不幸な出来事を探し出す。

「ありがとう」から始まる生き方をしてみたい。


2014年7月 2日 (水)

新陳代謝

脱皮しない蛇は破滅する。
人間もまったく同じだ。

古い考えの皮をいつまでもかぶっていれば、
やがて内側から腐っていき、
成長することなどできないどころか、
死んでしまう。

常に新しく生きていくために、
私たちは考えを
新陳代謝させていかなくてはならないのだ。
(フリードリヒ・ニーチェ)

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天使が教えてくれたこと

いつもよく働く靴屋のもとへ
あるとき、乞食の姿になった天使が現われました。

靴屋は乞食の姿を見ると、うんざりしたように言いました。
「おまえが何をしにきたかわかるさ。
しかしね、私は朝から晩まで働いているのに、
家族を養っていく金にも困っている身分だ。
ワシは何も持ってないよ。

ワシの持っているものは、「二束三文のガラクタばかりだ。」
そして、嘆くように、こうつぶやくのでした
「みんなそうだ、こんなワシに何かをくれ、くれと言う。
そして、いままでワシに何かをくれた人などいやしない・・・。」

乞食は、その言葉を聞くと答えました。
「じゃあ、わたしが、あなたに何かをあげましょう。
お金に困っているのなら、お金をあげましょうか?
いくらほしいのですか?言ってください。」
靴屋は、面白いジョークだと思い、笑って答えました。

「ああ、そうだね。じゃ、100万円くれるかい?」
「そうですか、では、100万円差し上げましょう。
ただし、条件が1つあります。
100万円の代わりに、あなたの足を私にください。」
「何!? 冗談じゃない!、この足がなければ
立つことも歩くこともできやしないんだ。
やなこった。
たった100万円で足を売れるもんか!」

「わかりました。では、1000万円あげます。
ただし、条件が1つあります。
1000万円の代わりに、あなたの腕を私にください。」
「1000万円・・・!?
この右腕がなければ、仕事もできなくなるし
可愛い子どもたちの頭もなでてやれなくなる
つまらんことを言うな。
1000万円で、この腕売れるか!」

「そうですか、じゃあ、1億円あげましょう
その代わり、あなたの目をください。」
「1億円・・・!? 
この目がなければ、この世界の素晴らしい景色も
女房や子どもたちの顔も見ることができなくなる。
駄目だ、駄目だ、1億円でこの目が売れるか!」

すると、乞食は言いました。
「そうですか。あなたはさっき、何も持っていないと言っていました。
けれども、本当は、
お金には代えられない価値あるものをいくつも持っているんですね。
しかも、それらは全部もらったものでしょう・・・」

靴屋は何も答えることができず、しばらく目を閉じ、考えこみました。
そして、深くうなずくと
心にあたたかな風が吹いたように感じました
目をあけたとき、乞食の姿はどこにもありませんでした。



2014年7月 1日 (火)

親切は連鎖する

親切について
心に銘記すべきことは何だろう?
それは、
「親切は連鎖する」ということだ。

あなたが誰かに親切にすれば、
その人も誰かに親切にしたくなる。
こうして親切の輪が広がるのである。
ー ジェリー・ミンチントン ー


おかげさまの こころ

  【 おかげさまの こころ 】
「 ありのまま 」を受け入れて
 しっかり前に進みましょう


理想ばかり追い求めると
感謝することが出来なくなります

夏が来ると「冬がいい」と言う
冬が来ると「夏がいい」と言う
太ると「痩せたい」と言い
痩せると「太りたい」と言う

 忙しいと
「暇になりたい」と言い
 暇になると
「忙しい方がいい」と言う

自分に都合のいい人は
「善い人だ」と言い
自分に都合が悪くなると
「悪い人だ」と言う

借りた傘も 雨が上がれば邪魔になる
金を持てば 古びた女房が邪魔になる
所帯を持てば 親さえも邪魔になる

衣食住は昔に比べりゃ天国だが
上を見て不平不満の明け暮れ
隣を見て愚痴ばかり

どうして自分を見つめないのか
静かに考えてみるがよい
一体自分とは何なのか

親のおかげ 先生のおかげ
世間様のおかげの固まりが
自分ではないか

つまらぬ自我妄執を捨てて
得手勝手を慎んだら
世の中はきっと明るくなるだろう

「俺が」「俺が」を捨てて
「おかげさまで」「おかげさまで」
 と暮らしたい
出典:「 上所重助さ
んの言葉より 」

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