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2017年8月17日 (木)

されたくないことはしない

人にされたら腹を立てるのに
同じことを自分は
知らず知らずのうちに

やっている
すべてを考えながら行動することは
できないけれど
せめて自分がされたくないことは
人にもしない
そういう人になりたい

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よい言葉は自分自身のため

 【よい言葉は自分自身のため】 佐藤富雄さん
つねに前向きな言葉を使っていると、人生は前向きに動いていきます。
「私の人生はよくなるいっぽうだ」
「必ずできる、とにかくやってみよう」
私もつねに、こういう前向きな言葉を使ってきました。
そして、「いくら出世しても、それだけでは面白くない。私は思う存分に人生を楽しみたい」と望んでいましたから、「人の何倍も働き、人の何倍も稼ぐ。収入は実業家並みに、趣味は貴族的に」と言葉にしてきました。

そう言って歩んできて実際にどうなったのかというと、私は今、確実に夢を現実のものとしています。
仕事は順調でじゅうぶんに収入がありますし、趣味はヨット、ハンティング、スキー、カメラなど多彩です。
私は著述のほかに講演をすることも多いので、
「夢や望みを抱くと心も身体もイキイキとする」
「私たちの脳には、夢を実現させる仕組みが備わっている」
「その仕組みを上手に活用するために、よい言葉をどんどん使おう」
と大勢の方々の前で話す機会に恵まれています。

このおかげで私は、自分の口から出た言葉の恩恵をそっくり一身に受け、
夢をことごとく叶えることができたのです。
言葉は、それを発した当人に最も強く働きかけるからです。
言動の一致というよりも、言ったとおりに現実は動いていくのです。
そのうえ、私のように、大勢の方々に聞いていただくことで、
言ったとおりのことが現実になるスピードはいっそう早まります。
あなたもぜひ、将来の夢や希望を周囲の人々に語ってください。
言えば言うほど、夢の実現が早まります。

「口ぐせ理論」の神髄は、自分の言葉によって自分の人生をつくっていく、というものなのです。
ここがちょっと誤解されやすい点なのですが、「口ぐせ理論」というものは、
元気な人の元気な言葉によって元気を分けてもらう、というものとは違います。
むしろその反対で、自分の言葉で自分の元気をつくりだし、
その元気を周囲の人にも受けとってもらおう、というものです。

自分の口から出た元気な言葉は、そっくりそのまま我が身に返ってくるのです。
これはぜひ、あなたも試してみてください。

しかし、
「いくらよい言葉をかけても、相手はちっともわかってくれない」
「意識して誉め言葉や感謝の言葉を使っているのに、相手からよい反応を引き出せない」
と悩んでしまう人もいます。
その場合は、少し視点を変えてみてください。

言葉の御利益はすべて自分に返ってくるのですから、
相手がどんな返事をしようと、それは大した問題ではありません。
大切なのは、自分がどれだけ自分のためによい言葉を使っているかという点です。
誉め言葉や感謝の言葉は、聞くよりも話すほうが効力は大きいのです。

よい言葉を口にするのは、まず自分自身のためです。
あなたはあなた自身のためによい口ぐせを用いてください。
それを継続していくことによって、周囲のあなたを見る目が変わっていき、
あなたが期待しているとおりのよい反応を示してくれる人々が増えてきます。
こういうよい循環をつくっていきましょう。

口ぐせの効果は、言った瞬間からたちどころにあらわれます。
しかし、言葉を聞いた相手に変化があらわれるには少し時間がかかる、と心得ておいてください。
 『いい言葉は人生を変える!』 ベスト新書

自分で発した言葉を一番聞いているのは自分。
なぜなら、口の一番近くある耳は自分のものだから。
よい言葉や感謝の言葉を発しても、まわりがあまり聞いていなかったり、関心がないように感じても、
自分に聞かせるためにしゃべっている、と考えるなら、人のことはあまり気にならなくなる。

反対に、いつも相手を批判したり、不平不満、愚痴、泣き言を言うことは、自分で毒を吐いているということ
やがて、まわりからも恨みをかったり、人も離れていく。
そして、毒を吐けば、相手も傷つくが、自分の方がもっとダメージは大きい。

「よい言葉は自分自身のため」
よい言葉を発し続けたい。



2017年8月16日 (水)

「しあわせ」ってなんですか

「しあわせ」ってなんですか
人それぞれちがいます
どんな小さなことでも
自分が
これでいいと思えるときが
しあわせです
☆あなたの小さなしあわせを大切に・・・

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成功の反対は

成功の反対は「何もしないこと」
私は山登りを通して
苦しみには3つの特徴があることに気づきました

1つは
「苦しみと闘おうとすればするほど
その苦しみは大きくなっていく」

もう1つは
「苦しみから逃げても
どこまでも追ってくる」ということです
人間の身体器官の中で
酸素の使用量が一番多いのが脳だといわれています
そのため、苦しい時に焦ったり
熱(いき)り立ったりすると
脳がどんどん酸素を消費してしまいます

7500メートル以上の世界では
少ない酸素をいかに無駄なく取り入れるかが大切なので
体力的に、精神的に本当に苦しい時に
あえてそこで「ありがとう」と言いながら登るんです
そうやって苦しみを受け入れると
不思議と心が落ち着いてきて
無駄な酸素を使わずに山を登ることができるんです

そして特徴の3つ目は
「苦しみは必ず喜びに変わる」ということ
例えば
高尾山のような低い山は簡単に登れてしまうので
登頂してもあまり感動は沸いてきません
しかし
8000メートル峰を登頂した時は
それまでの苦しみが大きい分
得られる達成感も半端じゃない
苦しみの分だけ、喜びがある
だから
苦しみは決して悪いものじゃないと考えています

信条としてきたことはいろいろとありますが
まず「一歩を踏み出す」こと
そして「諦めない」ということが
私の生きる姿勢かもしれません
山登りでは1歩を踏み出さないと
頂上にはいけません
登山に限らず
地上のいろいろなチャレンジにおいても
「できる」「できない」と考える前に
まずはやってみることが大切だと思うんです

私がエベレストを登頂できずに
下山して帰ってくると
周りからは「失敗した」って言われるんです
でもそれはちょっと違います
成功の反対は失敗ではなく
本当の失敗とは「何もしないこと」です

私は山登りを通して
挑戦し続けていく先に
必ずや登頂や成功があるのだと確信しています
だからこそ
諦めないことの大切さを伝えていきたいと思っています
“終わりなき頂上への挑戦”より

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2017年8月15日 (火)

今を大切にしよう

 【今を大切にしよう】
自分がしてきたことの結果が、

今の人生を形作って、
今することの積み重ねが
未来を作り出していく。

だから・・・

どうなるかわからない先のことに
心を痛めるより、
もうすんでしまったことを、
悔しがるより、

刻々と移り変わることがらを受け入れて
今を楽しんで生きてくことが、
いっちばん、大事!

胸躍る未来のためにも、
貴重な今を大切にしよう。

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こちらこそ本当に『ありがとう』

 【こちらこそ本当に『ありがとう』】
「お母さん、僕にありがとうと言ってくれた人がいた。
 僕でも人の役に立つことができるんだね」
と、台所仕事をしている私に、
30歳の息子が帰宅早々泣きながら言いました。

息子は卒業後、東京の大手の会社に就職し、
五年ほどで人間関係に疲れ果て、うつ病を背負って帰ってきました。
「死にたい、死にたい」が口癖の毎日が続いていました。

その日は、ちょっと気分がよいから
友人のところへ行ってくると外出したのです
友人と会った帰りに、駅で目の不自由な人が、
ややこしい乗り場でウロウロ困惑していたのを息子は目にしました。

それを見るに見かねた息子が声をかけ、
その方を乗り場まで案内して差し上げたとのことでした。
帰ろうとしたら、その背中に
「ありがとう、ありがとう」を何回も言われたとか。

自分はこの社会で役に立たない人間で、生きていても仕方ないんだと、
死ぬことばかり考えていた息子。
その息子が人さまから「ありがとう」と言われ、涙が止まらなくなり、
泣きながら家に帰ってきたのでした。

「よかったね、よかったね」
答えた私こそ、その人にお礼が言いたいのです。

なぜならば、あれほど心も身体も沈んでいた息子が、
その方の「ありがとう」のひと言がきっかけで、
少しずつ病気も快方に向かっているのです。
今では病院通いをしながら、仕事にも就き、
親から離れて独立した生活ができるようになったのですから。
私には「ありがとう」の言葉は、何にも勝る妙薬のように思えます。
 大阪府寝屋川市 C.K.さん

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2017年8月14日 (月)

自分を変える魔法の言葉

【 自分を変える魔法の言葉 】
「ない」と語尾につく
 言葉を言い換える

「わからない」は
 「調べよう」に

「つまんない」は
 「これから面白くなる」に

「できない」は
 「まずやってみよう」に

たったそれだけで
自分が変わる
世界が変わる

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呼べばやってくる

 【呼べばやってくる】 精神科医、斎藤茂太さん
《幸も不幸もない。 要は心の持ち方一つなのだ。》(シェークスピア)“斎藤茂太”

何でも他人のせいにする人がいる。
それを「他罰(たばつ)」と言うが、晩年、生きがいもなく、孤独になり、
わが身の不幸をかこつ人が現役時代にいかなる生活を送っていたかを調べると、
他罰傾向が強く、すべてを不幸と結びつけていることがわかった。

私もこの頃「失敗」が増えた。
つい先日、羽田空港の公衆電話の上に帰りの航空券を忘れた。
私は大喜びで「自分史」の老化への過程の中に書き加えた。
「失敗は成功のもと」とつぶやきながら。
 『心を豊かにする100の言葉』 PHP

時実新子(ときざねしんこ)さんにこんな言葉がある。
「太郎を呼べば太郎がくる」
これは、時実さんが祖母から教えてもらった言葉だそうだが、
「不幸を呼べば不幸がくる。幸せを呼べば幸せがくる」という意味だという。

我々は日ごろ、色々なものを呼んでいる。
グチや不平不満・文句とかを言っていれば、グチや不平不満を言いたくなるような状況がやってくる。
つまり、グチや不平不満を呼んでいる。
ツイてるとか、うれしいとか、楽しいと言っていれば、運や、うれしいこと、楽しいことがやってくる。
つまり、運や、うれしいこと、楽しいことを呼んでいる。

すべての今起きている現象は、自分が呼んだからやってきている。

「幸も不幸もない」
世の中には、「幸」という現象も、「不幸」という現象もない。
自分がある現象を見てそう感じただけ。
つまり、「幸せ」を呼べば「幸せ」が来る。
だからこそ、「呼ぶ」ことが大事。

いいことも悪いことも、呼べばやってくる。
どんなときも「幸せ」を呼ぶ人でありたい。



2017年8月13日 (日)

やるからできる 為すから成る

 『やるからできる 為すから成る』
どんなに強い願い、すばらしいアイデアも、
ただ心に思い描いているだけでは意味がない。
その強い思いを行動に移し、アイデアを実際に生かしてこそ、
はじめて事は成る。
考えているだけならば失敗はない。
けれども、失敗を恐れて行動しなければ、
成功もありえないのである。
 「松下幸之助 成功 日めくり」より

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自分の人生に責任を持つ

  【自分の人生に責任を持つ】 アカデミー学院 学院長 舟田 譲二
「あなたの将来は多くの要素にかかっている。しかし、一番大きな要素はあなた自身だ」
--フランク・タイガー、風刺漫画家・ユーモア作家 (訳 舟田譲二)

私たちの人生は生まれた境遇(親や家庭環境、社会環境等々)に大きな影響を受けています。
今、NHKで放映されている朝ドラ『ひよっこ』に登場する主人公、谷田部みね子は奥茨城村の農家に生まれ育ち、小さいときから田植えや稲刈りなどの農作業を手伝っていく中で、農家の仕事が大好きになります。小さな農家で経済的に厳しい状況から、父親は東京へ出稼ぎに出て働きながら仕送りして家計を支えます。みね子は、東京で突然行方不明になった父を探すため、また父に代わって家計を助けるため集団就職で上京することを決断します。

農家に生まれ、農家の仕事を子どもの頃から手伝ってきたことも、また家族を助けるために集団就職したことも、ある意味そういう環境に置かれた結果です。
これらはみね子の将来を決める大きな要素です。
しかし、かと言って、みね子の人生はこれらの要素によって決められたわけではありませんし、環境の犠牲になったわけでもありません。
一つひとつの出来事の背後には、みね子の選択があります。

私たちの人生も同じです。
人生に大きな影響を与える様々な要素はたくさんありますが、どの要素よりも最も大きく、そして重要な要素は、私たち自身の選択と決断、そして行動です。
私たちは決して環境の犠牲者ではありません。たとえどのような環境の下にいたとしても、それらの環境を生かしたり、あるいはひどい逆境に打ち勝つこともできるのです。「人生は今日からでも変えられる」の中に書いたオプラ・ウィンフリーがそれを見事なまでに実証しています。
また、このような例は枚挙にいとまがありません。

冒頭でフランク・タイガーが言っている「あなたの将来は多くの要素にかかっている。しかし、一番大きな要素はあなた自身だ」とは、まさにそういう意味です。
これは、学生だったら勉強や進学、部活や友達関係、社会人だったら仕事や家庭や職場の人間関係、はたまた家族・親族・友人関係から健康に至るまで、あらゆることに当てはまります。
言い訳はやめて、自分の人生に責任を持つ、それが人生で最も大切なことと言えます。

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2017年8月12日 (土)

私がこの世に生れてきたのは

わたしは無駄に
この世に生れてきたのではない。
また人間として生れてきたからには
無駄にこの世を過したくはない。
私がこの世に生れてきたのは
私でなければできない仕事が
何か一つこの世にあるからなのだ。
それが社会的に高いか低いか
そんなことは問題ではない。
その仕事が何であるかを見つけ、
そのために精一杯の魂を打ち込んでゆくところに
人間として生れてきた
意義と生きてゆく
よろこびがあるのだ。
 <相田みつを>

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主役となるか被害者となるか

 【主役となるか被害者となるか】 マーク・レクラウさん
あなたの人生の責任を負っているのは、ほかならぬあなた自身だ。
上司、配偶者、親、友人、知人、顧客、景気、天気ではない。
自分の人生で起こることについて他人を責めるのをやめると、すべてが変わる。
自分の人生に責任を持つということは、人生の主導権を握って「主役」になるということだ。
あなたは「被害者」になるのではなく、主役として境遇を自らつくり出すか、少なくとも自分が状況にどのように対処するかを決定する力を得ることができる。

重要なのは、人生で何が起こるかではなく、自分がどんな心の姿勢を持つかだ。
心の姿勢は自分で選ぶことができる。
もし自分の状況を他人のせいにするなら、
自分の人生を好転させるためには、他人を変えなければならないという理屈になる。
だが、他人を変えることはまず不可能である。

一方、もしあなたが主役なら、自分の人生の中で好きではないことを変える力を持っている。
あなたは自分の思考、感情、行動をコントロールすることができる。
もし結果が気に入らないなら、自分の思考、感情、行動を変えればいいのだ。

責任に対する考え方→他人や環境のせいにする(被害者)→自分が責任を持つ(主役)
現状に対する姿勢→言い訳をして正当化する(被害者)→たえず改善に努める(主役)
変化に対する姿勢→何も変えようとしない(被害者)→率先して変化を起こす(主役)
焦点をあてる対象→問題に焦点をあてる(被害者)→解決策に焦点をあてる(主役)
運に対する考え方→幸運に恵まれるように祈る(被害者)→自分で幸運をつくり出す(主役)

被害者は人生でうまくいかないことをすべて他人や環境のせいにする。
しかし、そんな姿勢ではいつまでたっても問題を解決することができない。
たとえば、交通事情のせいで遅刻しがちだと思い込むと、あなたはいつまでも遅刻しがちになる。
これは被害者の行動パターンだ。

しかし、主役になって人生の主導権を握りたいなら、早めに家を出ればいい。
そうすれば、問題はすんなり解決する。
被害者意識を持っている人は、自分の人生の責任を他人になすりつけて自分を正当化する。
一方、主役はつねに自分の人生に責任を持ち、過去の経験から学び、
たえず改善に努め、理想を追求する。
大切なのは、あなたがどちらを選ぶかということだ。
 『習慣を変えれば人生が変わる』 ディスカヴァー

「人生の悲喜こもごもさまざまな出来事は、実はすべて必要で必然です」(船井幸雄)
人生に起こるすべてのことが、必要で必然である、と深く思ったとき、自分の人生の主役となれる。
しかし、人生に起こるすべてのことが、理不尽で、納得いかない、と思ったとき、被害者となる。

よく、人生は「舞台」だと言われる。
自分が脚本を書き、なおかつ、自分が主役となってそれを演じる。
自分で脚本を書いているのだから、筋書きに文句は言えない。
つまり、人生を、不平不満やグチ・泣き言の多い「悲劇」にするのか、
楽しくて、幸せいっぱいで、大笑いの「喜劇」にするのかは自分が決めている。

結局、何でも他人のせいにする人は、自分が変わろうとしない人。
自分を正当化しようとするから、他人のせいにする。
たった一度しかない人生…
被害者ではなく、主役として精一杯楽しみたい。

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2017年8月11日 (金)

ステップ・バイ・ステップ

ステップ・バイ・ステップ
どんなことでも、
何かを達成する場合にとるべき方法はただひとつ
一歩ずつ着実に立ち向かうことだ。
これ以外に方法はない。
マイケル・ジョーダン

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前向きな解釈、

怒られた→腹が立つ or 有難い
断られた→落ち込む or 力が出る
笑われた→恥ずかしい or バネになる
無視された→キレる or 成長のチャンス
結果が出ない→諦める or 改善のチャンス..
問題が起きた→なんで自分が or 良くなるチャンス

出来事は1つだが『感じ方』は無限にある。
感じ方は人によって違う「のではなく」
『四六時中、頭の中が何でいっぱいか』
によって変わる。

感謝、夢、貢献、成長、責任感で頭が一杯な時
自己否定感、被害者感、義務感で頭が一杯な時
全く違う感じ方をする。

どうしてもうまくいかない時は
あえて前向きな解釈をいくつか探してみる。
すると、うまく行きだす。

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2017年8月10日 (木)

非があれば直ちに改める

いくら厳しい規則を作って、
家臣に強制しても、
大将がわがままな振る舞いを
していたのでは、
規則などあってなきがごとしである。
人に規則を守らせるには、
まず自身の言動を反省し、
非があれば直ちに改める姿勢を
強く持たねばならない。
ー武田 信玄ー

管理人は、どうしても自分を棚に上げたがるので、
この言葉を忘れないよう、いつも自分に言い聞かせる。
が、できてない時ほど、知らないフリをしてしまう。
さらにさらに精進あるのみ。

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人と違うことをすることを恐れない

 

【人と違うことをすることを恐れない】 心臓血管外科医、天野篤さん
天皇陛下の心臓手術は東京大学と順天堂大学の合同チームにより行われた、
「異例のケース」といわれた。
その手術を執刀して以来、私の生い立ちや、これまでの歩みをたくさんの記事にしていただいた。
過分なおほめの言葉も頂戴し、テレビでも、「天野篤」というひとりの医師が、
どのようにして陛下の手術に携わるようになったのかを幾度も紹介していただいた。

そこでの「人となり」を数行に要約すると、天野篤という人間はだいたい次のようなことになる。
「落ちこぼれだった高校生が、心臓病で父親を助けようと医師を志し、三浪して日大の医学部に入った。
やがて心臓外科医になるが、自分も立ち会った3度目の手術で父親を失う。
自分にもっと力があればと、一念発起し、ひたすら腕を磨いていき、
6000例を超える心臓手術を行うまでになった」

三浪という不名誉なことも含めて、たしかに事実はそのとおりだ。
今は順天堂大学医学部の心臓血管外科教授というポジションに押し上げていただいたが、
もともとは出身大学の医局にも属さずに、一匹狼ともいえるような道のりを歩いてきたノンエリートだ。
ここに私の原点がある。
生来、人と同じことをするのが嫌いな反骨精神もある。
だが、30年医者をやってきて、本音でいいたい思いもある。

たとえば、受験難関校から旧帝大医学部に合格した秀才だけが医師になって本当によいのだろうか?
手術するのは学者ではない。
組織で偉くなる人でもない。
今後の医療現場では、かつての医師と現代の医師とでは求められる力が違うということもある。
最先端の医療現場では、医師が「ダヴィンチ」という手術支援ロボットを操作して、
出血の少ない外科手術を行う時代にもなった。
つまり、小さい頃からコンピーターゲームの得意だった子が、優秀な外科医になりうる時代になっている

私のように、小さい頃、プラモデル作りが得意だった子どもが患者さんのために役立つような時代だ。
プラモデルでは、部品のはがし方だって相当に集中してやった。
ひとつひとつの部品は、ニッパーできれいにはがさないとうまく仕上がらない。
1個部品を壊すだけで台無しになり、後戻りしなければならない。
そういうことが、熱中してきたことを通じてわかる。
だから、若い人のいろいろな経験を否定しないことが大切だ。

お母さんが我が子に、「ゲームばっかりして」と怒ることもあるだろうが、私は否定してはいけないと思う。
「ダヴィンチ」以上の手術支援機器が登場してくると、
その技術的な進歩が、これまでの不可能を可能にするきっかけになったりする。

実際、医学部で教授という立場で、医師を育てるという側に立つと、
弾力性ある若い力を、そのまましなやかに伸ばすには、どうしたらいいのかと、日々考えさせられる。
次世代のそれぞれの「思い」をどのように磨いていき、未来を切り拓(ひら)いていくのか…
これからサポートしたいことでもある。
 『熱く生きる』 セブン&アイ出版

「禍福(かふく)は糾(あざな)える縄(なわ)の如(ごと)し」ということわざがある。
災いと幸福はまるで、より合わせた縄のように、かわるがわるやってくる、という意味。
失敗だと思っていたことが、成功する原因になったり、
子どものころの無駄だと思っていた経験が、大人になって役に立つ、というようなことは多い。

これからの世の中はすさまじい勢いで変化する。
今までの技術が一瞬にして役に立たなくなるような、新技術も登場するだろう。
大事なことは、これからは、暗記したり、
それを再生するというようなデジカメ的能力はまちがいなく必要なくなってくるということだ。
つまりたとえば、受験勉強で必要な記憶再生能力のようなこと。
現在は、それがスマホ一つでこと足りるからだ。

みんながやるから、自分もやる、というような生き方では、確実に取り残される。
人と違うことをすることを恐れない人でありたい。


2017年8月 9日 (水)

あなたはどうしたいのですか?

「私は今どうすれば良いですか?」
「この先どうすれば良いですか?」
「私にどうしろと言うのですか?」

「あなたが今後どうしたいかで
その答えは無限に存在します。
どうしたいのか方向すら定めずに
良い方法や道などありえません。
先ずはゴールと方向性を決めましょう。
あなたはどうしたいのですか?
何をどのようにしたいのですか?」

どうしても答えが出ない時、
先ずは大切なことを大切にして生きる。
出来た道を振り返ると自ずと先が見えてくる。

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鳶職の父

 「鳶職の父」
公用でM高校へ出かけたある日のことだった。
校長先生が、私達を呼び止められて、
「時間がありましたら、お見せしたいものがありますので、校長室までお越しください」
と言われ、校長室に案内された。
「実はある生徒の作文ですが・・」
とA少年の経歴を話しながら、作文を朗読された。
「僕の父親の職業は鳶職である・・・」という書き出しから始まり、
内容はおよそ次の様なことが書かれている。

父親の休日は定まっていなかった。
雨の日以外は日曜日も祭日もなく、
お定まりの作業服に汚れた古いオンボロ車を運転して仕事に出かける
仕事が終わると頭から足の先まで、泥や埃で真っ黒くなって帰り、
庭先で衣服を脱ぎ捨てて、褌ひとつになって風呂に飛び込むのが日課である。
僕の友達がいても平気で、そんな父の姿が恥ずかしく、嫌いだった。
小学校の頃、近所の友達は日曜日になると決まって両親に連れられて買い物や、
食事に出かけて行き、僕は羨ましく思いながら見送ったものだ。
(みんな立派な父さんがいていいなぁ)と涙が流れたこともあった。

たまの休みは、朝から焼酎を飲みながらテレビの前に座っていた。
母は『掃除の邪魔だからどいてよ』と掃除機で追っ払う。
『そんな邪魔にすんなよ』父は逆らうでもなく焼酎瓶片手にウロウロしている。
『濡れ落ち葉という言葉は、あんたにピッタリね・・この粗大ゴミ!』
『なるほど俺にそっくりかハハハ・・うまいことをいうなハハハ・・』と、
父は受け流して怒ろうともせずゲラゲラ笑っている。
小学校の頃から、小遣いをくれるのも母だったし、買い物も母が連れて行ってくれた。
運動会も発表会も父が来たことなど一度もない。
こんな父親などいてもいなくってもかまわないと思ったりした。

ある日、名古屋へ遊びに出かけた。
ふと気づくと高層ビルの建築現場に『○○建設会社』と父親の会社の文字が目に入った。
僕は足を止めてしばらく眺めるともなく見ていて驚いた。
8階の最高層に近いあたりに、命綱を体に縛り、懸命に働いている父親の姿を発見したのです。
僕は金縛りにあったようにその場に立ちすくんでしまった。
(あの飲み助の親父が、あんな危険なところで仕事をしている。
一つ違えば下は地獄だ。
女房や子供に粗大ゴミとか、濡れ落ち葉と馬鹿にされながらも、
怒りもせず、ヘラヘラ笑って返すあの父が・・・)
僕は体が震えてきた。
8階で働いている米粒ほどにしか見えない父親の姿が、仁王さんのような巨像に見えてきた」
校長は少し涙声で読み続けた。

「僕はなんという不潔な心で自分の父を見ていたのか。
母は父の仕事振りを見たことがあるのだろうか。
一度でも見ていれば、濡れ落ち葉なんて言えるはずがない。
僕は不覚にも涙がポロポロ頬を伝わった。
体を張って、命をかけて僕らを育ててくれる。
何一つ文句らしいことも言わず、焼酎だけをたのしみに黙々働く父の偉大さ。
どこの誰よりも男らしい父の子供であったことを誇りに思う」
そして彼は最後にこう書き結んでいる。

「一生懸命勉強して、一流の学校に入学し、一流の企業に就職して、
日曜祭日には女房子供を連れて、一流レストランで食事をするのが夢だったが、
今日限りこんな夢は捨てる。
これからは、親父のように、汗と泥にまみれて、自分の腕で、自分の体でぶつかって行ける、
そして黙して語らぬ父親の生き様こそ本当の男の生き方であり、僕も親父の跡を継ぐんだ」と。
読み終わった校長は、
「この学校にこんな素晴らしい生徒がいたことをとても嬉しく思います。
こういう考え方を自分で判断することが教育の根本だと思います。
そして子の親としてつくづく考えさせられました」としみじみ言った。
差し出されたお茶はとっくに冷えていたが、とっても温かくおいしかった。

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2017年8月 8日 (火)

幸福の定義

幸福のこんな定義を
聞いたことがあります。
「幸福とは、
健康と物忘れの早さである」
ですって!
わたしが思いつきたかったくらいだわ。
だって、それは真実だもの。
 - オードリー・ヘップバーン -

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運がいいと思っている人は、実際に運に恵まれる

 「運がいいと思っている人は、実際に運に恵まれる」
魔法を使うのに、ステッキも、不思議なシルクハットも必要ない。
イギリスのハートフォードシャー大学で心理学を教えるリチャード・ワイズマン教授は、
何百人もの、自称「とてもツイている」人と、
自称「とことんツイていない」人を八年かけて研究した結果、次の発見をした。

自分は運がいいと思っている人は、実際に運に恵まれるという。
運に恵まれるのは、カルマのせいでもないし、神様のいたずらのせいでもない。
自分で自分をどう思うかで決まっているのだ。
運気を上げる第一歩は、自分はツイていると信じることだ。

ワイズマン教授が設立した「運の学校」では、生徒は「私はツイている」と公式に宣言することを求められる
だからあなたも、自分はツイていると認めることから始めよう。
今日という日は、これまでの人生で最高の日になるかもしれない。
  「感謝」で思考は現実になる パム・グラウト 著 桜田 直美 訳 サンマーク出版
_______

以前読んだ、雀鬼“桜井 章一”さんの著書に、「3つのタイプの人」の話がありました。
人間には3つのタイプがいるそうで、
「何も楽しめない人」「自分だけ楽しむ人」「まわりにも楽しみを与えられる人」とあります。
そして、もっとも運を招くのは、「まわりにも楽しみを与えられる人」のようです。
そう、運を良くしたかったら、
「まわりの人を楽しませること」「人に好かれること」「人を喜ばせること」ということです。
だから、自分が言われて嬉しい言葉を人に言うようにして、自分が言われて嫌な言葉は人にも言わない
なぜなら、「運」というものは勝手にやって来るものではありません。

運というのは“人が運んでくる”もの。
運ばれるから“運”
いい運も、悪い運も・・・。

人に嫌われているのに「運がいい人」はあまりいません。
運を味方にするとは、周りの人を味方にするのと同じです。
そして、「笑う門には福来る」という言葉があるように、まわりの人を笑顔にできる明るい人は、
常に前向きで、いろんなことに積極的に取り組む。
そして、何もないところに「楽しさ」を見つけられるのです。
「楽しい」のアンテナが立ってます
「毎日がつまらない」と言っている人は、
その時点で「楽しい」アンテナが圏外になっているので「楽しい」は見つかりません。
電源オフ状態です。

日常の些細なことであっても、人生を楽しくするコツはたくさんあります。
子供たちは何もない公園や家でも、キャッキャと笑い転げるぐらい楽しめます。
「楽しい」にアンテナを立て、自分は運がいいと信じ切ったら、間違いなく運の神様は微笑むでしょうね




2017年8月 7日 (月)

後で後でが命取り

  『後で後でが命取り』
後で後でと、面倒な仕事を先に延ばしてはいないか。
延ばしているかぎり、いつになろうと仕事は終わらないし、
その間にまわりの環境は刻々と変わっていく。
延ばせば延ばすほど達成が難しくなり、
ついにはとりかえしのつかない失敗をも招きかねない。
今できる仕事は決して後に延ばさない、
そんな気持ちで仕事に取り組みたい。
  「松下幸之助 成功 日めくり」より

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相談なのか、愚痴なのか

 【相談なのか、愚痴なのか】 小林正観さん
目の前の現象を自分の思い通りにできないことが「悩み」だと思っている人が大多数でしょう。
自分が向き合っている現象に対して思い通りにならない、
つらい、悲しい、という感想を言っているわけですが、実は現象は「ゼロ」。
幸も不幸も、そう思う心があるだけ。
自分の“思い”をなくせば「悩み」は消えてなくなります。

雨が降ったときは、洗濯物が乾かなくて困る、
晴れたら、紫外線対策をしなくちゃいけない、というふうに考えていた方がいらっしゃいました。
それが、私の話を聞いて、雨が降ったら紫外線対策をしなくてよい、
晴れたら洗濯物が良く乾く、と思えるようになった、と言ってくださったことがあります。
結局私たちは、「ゼロ」の現象を、自分の感覚で感想を言いながら、評価論評しながら、
気に入らないと言っているだけです。

その基本的なとらえ方のフロッピーを入れ替えないかぎりは、人生はつらいことばかりですよ、
という事実に唯物論として気がついたのです。
これは観念論の話ではなくて、そうなっていますよねという話です。
現象は「中立」なのだから、それ肯定的にとらえよう、というだけのことです。

中には、「肯定的なとらえ方ばかりなんて簡単にはできないですよ」という人がいるのですが、
それはもはや相談じゃなくて、からんでいるだけ。
そういう方には私はいつもニッと笑って
「べつに、私はお願いに来ているわけではありませんから」とお答えします。
相手を変えようとか、自分の目の前の現象を変えようとか思っているうちは、問題は解決しません。
宇宙にはもともと問題は無いからです。
問題は無いのに「私」が問題だ問題だと言っているだけなのかもしれません。

いろんな問題をかかえていて、こんな職場の人に囲まれていて、上司が厳しい人で怒って怒鳴って…
どうしたらいいんでしょうっていう質問をよくされるのですが、私の答えは「だから何?」。
「辞めたいんですか?」と聞くと、
「いいえ辞めたいわけじゃないんです」
「辞めたくないっていうことは勤めていたいんですね」
「勤めていたいんですけど上司がこんな人で…」
「じゃ辞めたいんですね?」
「いや、辞めたくはないんですけどひどい人ばかりで…」
「だから何?」

結局、辞めたくないんだったら文句を言わないでやればいい。
辞めるんだったら文句を言わないで辞めればいい。
どちらかです。
どちらにしても、文句を言っていること自体がいちばん問題なのです。

愚痴を言って泣き言を言って宇宙に不平不満を投げかけていることが、結局は自分にとってものすごく損
投げかけたものは返ってくるので、辞める辞めないよりもそっちの方が重要な意味を持ちます。

好ましいものに囲まれていない、という人は、
自分が投げかけたものが好ましいものじゃなかったということです。
いい思いをしたい、お金を儲けたい、ということばかり考えている人は、何も投げかけていません。
むしろエゴという名のエネルギーを投げかけている。
だからエゴのかたまりに囲まれることになるのです。

喜ばれるように生きていくと、喜びに囲まれるようになる。
かんたんな構造です。
自分の人生が楽しいほうへ展開していかない、と言う人は、
楽しいものを投げかけていないからかもしれません。
だからイヤイヤやっている仕事はダメ。
イヤイヤしか返ってきません。
楽しくやっている仕事は、はじめは収入が少なくても、
そのうち必ず楽しくてしょうがないような状況に囲まれるようになります。
好きでやっているのだったら寝食を忘れてやっていられるのだから、
膨大(ぼうだい)に投げかけることができる。
そして将来、膨大に返ってきます。

迷っていることがあって相談に来ているのか、愚痴、泣き言、悪口を言いに来ているのか、
をちゃんと分けたほうがいいのです。
で、不平不満、愚痴・泣き言・悪口・文句・恨(うら)み言葉・呪(のろ)い言葉を言いたいのだったら
そういう仲間を見つけて言い合えば良い。
しかし、言えば言うだけまたその言葉を言いたくなるような現象が降って来ます。
  『楽しい人生を生きる宇宙法則』  講談社

「相談したい」といって来て、「愚痴や泣き言」をいって帰る人は多い。
また、「自分が動きたくない理由」、「変わりたくないわけ」を延々と話す人もいる。
結局は、「自分は動かない(変わりたくない)が、まわりに変わってもらいたい」、と言っている。

正観さんは、「幸も不幸もない」という。
あるのは現象だけで、それをどう捉(とら)えるかという「見方」や「考え方」があるだけ。
お金がたくさんあっても不幸な人はいるし、病気であっても幸せな人はいる。

あくまでも、見るのは自分で、動くのも自分。
他人が見てくれたり、動いてくれるわけではない。
お腹が減ったとき、誰かにかわりに食べてもらうわけにもいかない。

目の前の現象を変えようとしないということは、
「起こることは、すべては必然、すべては必要」と「現状肯定」をすること。
文句や愚痴を言っても、目の前の現象は何も変わらない。

喜ばれるように生きる人生でありたい。


2017年8月 6日 (日)

過去を悔やむ時間があるなら

過去を悔やむ時間があるなら、
これからどうするか
考えるのにその時間を使うべき。


どんなに後悔したって
過去は変えられない。

でも、未来の可能性は無限で、
泣くも笑うも
全ては今の自分次第なんだから。

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何も無い人生訓

 【何も無い人生訓】
おうかがいしたい
あなたは何ができるか..

何を持っているか
ずば抜けた才能があるか
一流の教養が身に付いているか
学者に負けない知識があるか
一生遊んでいても困らない財産があるか
無い、私には何も無い
しかし、
これが何も無い人間にのみ闘える最強の条件だ


1、金が無いから…身体を張って汗を流し
2、人脈が無いから…大きい声で存在を主張して
3、信用が無いから…時間と金銭の約束を護り
4、頭が無いから…本を読み、人の意見を聞き
5、根性が無いから…逃げ道をふさいで前だけを見て歩き
6、イヤなことを言ってくれる人を…信頼し、師と仰ぎ
7、私を褒めてくれる人を…特に警戒し
8、今は何も無いが…何も無いことを最高の武器として闘う
   引用元:(奇跡の言葉「何も無い人生訓」)

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2017年8月 5日 (土)

愛するとは

愛するとは、
何べんも何べんも..

ゆるすこと。
 - 三浦綾子 -

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蓮の花

蓮の花というのは大変に霊格が高いものであるらしいのです。
私自身、蓮の花に興味があって10年ほど観察を続けていますが、
蓮の花は泥水が濃ければ濃いほど、つまり汚れていればいるほど大輪の花として咲きます。
水が真水に近ければ近いほど、きれいであればあるほど、蓮の花は小さくしか咲かないように思います

つまり、人間の苦しみ・苦悩・煩悩という泥水によって、蓮の花(これは悟りのことなのでしょうが、
大きな悟り)が得られるということを示しているのに違いありません。
蓮の花は、それゆえに泥水の中から立ち上がってくる。
その花を見て、人々は勇気づけられ、力を得るのです。
そのために蓮の花は存在しているのかもしれません。

人を勇気づけ、どろどろ、ぐちゃぐちゃになった状態でもいい、そこから立ち上がってくること、
その悩み苦しみ・苦悩・煩悩が濃ければ濃いほど、泥水が濃ければ濃いほど、
美しく大きな花を咲かせるということを宇宙は示したいのかもしれないのです。
 生きる大事 死ぬ大事 小林正観 著 イースト・プレス
_______

蓮の花は、水が汚れているほど美しく大きな花を咲かせる。
人間も、苦労を重ねてきた人や、中々報われない人、もがいて苦しんでいる人、
大きな悲しみを背負った人などがやがて、大輪の花を咲かせているのではないでしょうか。
キレイな水、つまりキレイな環境で何不自由なく育ててもらって、
障がいや苦労を親が取り除いて育ったとして、その花が力強く咲くとは思えません。
親や上司の役目は、困難や障がいに挑む勇気づけをすることです。
“相田みつを”さんの「いのちの根」という詩をご紹介させていただきます。

「なみだをこらえて
かなしみにたえるとき
ぐちをいわずに
くるしみにたえるとき
いいわけをしないで
だまって批判にたえるとき
いかりをおさえて
じっと屈辱にたえるとき
あなたの眼のいろが
ふかくなり
いのちの根がふかくなる」

そうやって人は成長していくのでしょう。
今が泥水の中だと思うのであれば、それはまさに成長に欠かせないものに触れているということです。
大輪の花を咲かせ、いのちの根がふかくなるときですね

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2017年8月 4日 (金)

鏡は先に笑わない

伴侶が
親が
子どもが
上司が
部下が
社員が
友人が

優しくしてくれない
話を聴いてくれない
仲良くしてくれない
動こうとしてくれない
態度を変えてくれない
素直になってくれない

もっと関係を良くしたい
だから自分からやってみる


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幸せは思い通りにいかない中にある

 「幸せは思い通りにいかない中にある」  菅野直基 (出前牧師カンちゃん)

思い通りに行かないと、「コレさえなければ幸せなのに!?」と考えてしまうことはないでしょうか。
「この人さえいなければ!?」「この夫(妻)さえいなければ!?」「この病気さえなければ!?」
「この借金さえなければ!?」「あの上司さえいなければ!?」
でも、そう考えている限り、幸せはいつまでたってもあなたのもとには来ません。

モーリス・メーテルリンク(Maurice Maeterlinck, 1862-1949)作の「青い鳥」は、
2人の兄弟であるチルチルとミチルが、幸せの象徴である青い鳥を探しに行くけれど、
青い鳥はどこか遠くではなく、最も手近なところにいたというお話です。
本当の幸せは、思い通りに人生がいくところにあるのではなく、「コレさえなければ!?」という、
悲しみやつらい経験の中で「すばらしい何か」を見つけ出して行くことにあるのではないでしょうか。

思い通りにいかないできごとは、それを拒絶するためにあるのではなく、
それを受け入れるためにあるのです。そこに青い鳥が隠れているからです。
だから、もう、「コレさえなければ!?」と思わないで、
「コレ」と共に生きていく人生を選び取っていきましょう。

聖書は、「曲がっていないものを、まっすぐにはできない。なくなっているものを、数えることはできない。」
伝道者の書1:15)と語ります。

曲がっているものを、「まっすぐであればいいのに!?」と考えたり、なくなったものを数えて
「ないものねだり」をするのではなく、現状を受け入れ、感謝することです。
現状が完全ではないからこそ、理想を追い求め、希望を持ち、夢を追いかけて行くのです。
その人生のプロセスの中に幸せの青い鳥と出会えるはずです。
青い鳥は、あなたの最も近くにいるかも知れません。
良い一日でありますように。

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2017年8月 3日 (木)

弁解と言いわけ

けれど」「でも」「だって」「しかし」「ですが」「どうせ」「そうは言っても」
「それは解ってるけど」「だからと言って」「そうは言いますが」
...
これらを口にしてる人がいても、自分はもう言わないようにする。
「けれど……」の次にくる言葉は必ず弁解と言いわけだ。
それはやれなかった理由ではなくて、「やらなかった弁解」だ。
自分がやらなかったことを、
「なんとか、やれなかったことにするため」の体裁の良い言いわけだ。
 ー 相田みつを

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母を誇りに笑い一筋

◆ 母を誇りに笑い一筋、右耳は聞こえなくても… ◆
13歳の夏、右耳を激痛が襲った。
耳の奥からは異臭を放つ膿(うみ)があふれ出ていた。
診断結果は「真珠腫(しゅ)性中耳炎」。
中耳炎を繰り返すうちに組織の一部が真珠のように増殖し、耳の周りの骨を破壊する病気だ。
手術で患部を除去。
足の皮膚を移植して鼓膜の形成手術もしたが、聴力は戻らなかった。

滝川広志さん(49)の右耳は、今もほとんど聞こえない。
周囲に打ち明けると、誰もが「うそでしょう?」と驚く。
難聴のハンディを全く感じさせないからだ。
「広志君、右耳がだめでも左耳がある。 何とかなるよ」。
そう笑い飛ばした母の強さと優しさに支えられた。

熊本市で生まれた。
幼いころに両親が離婚。
病院の看護助手をしていた母と1歳上の姉の3人家族。
生活は苦しかった。
普段の食事はご飯とおかず1品。
月に1度、80円のラーメンがごちそうだった。
「貧しかったけど、それが普通だと思っていたし、不幸だとも思わなかった」
ただ、子どもなりに家にお金がないことは分かった。
小学生のころから自覚症状があった中耳炎を放置したのも、
母にお金のことで心配をかけたくなかったからだ。

右耳の手術後、新聞配達を始めた。
母を助けることができるし、欲しいものを買うこともできる。
初めは夕刊を配り、やがて朝3時に家を出て朝刊も配った。
幼いころから中古の白黒テレビが姉弟の宝物だった。
声が筒抜けの2軒長屋。
音量を絞り、テレビにかじりついた。
「サインはV」「柔道一直線」「8時だョ!全員集合」…。
歌番組では振り付きで歌手をまねし、姉と批評し合った。
ドラマでは動きに合わせて勝手にせりふを重ねる「当てレコ」に興じた。
はまったときは2人で笑い転げた。

そんなテレビ遊びから生まれた「ものまね」が、目立たない存在だった姉弟を変えた。
中学校の教室。人前でものまねをする快感を知った。
姉がまず人気者になり、広志さんも続いた。
「滝ちゃん、よか」「よかばい」。
教室で、近所のスナックで喝采(かっさい)を浴びた。
歌を覚えるにも、不自由さは感じなかった。
右耳が聞こえない分、左耳に意識を集中し、目で観察した。
「難聴がものまねには 良かったのかもしれないですね」。
母譲りの楽天的な性格が、その後の人生も切り開いてゆく。

広志さんは今年、芸能生活30周年を迎えた。
芸名は「コロッケ」。
3月には「長年の夢だった」という博多座(福岡市)の舞台に立つ。
人情喜劇とものまね歌謡ショーの1カ月座長公演。
「あきらめなかったからここまで来れた。
 ようやく九州出身の芸人として 故郷に認めてもらったような気がします」

滝川家の家訓は「あおいくま」。
焦るな、おこるな、威張るな、腐るな、負けるな-の頭文字だ。
幼いころ母が部屋に張り出した教えを胸に、謙虚に芸を磨く。
  出典元:2010/01/28付 西日本新聞朝刊

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2017年8月 2日 (水)

楽しそうにする

『楽しそうにする』
楽しそうに聞いて

楽しそうに話して
楽しそうに遊んで
楽しそうに仕事をして
楽しそうに生きて
楽しいと思えば思うほど
楽しくて仕方がなくなり
楽しいことを引き寄せる

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言葉にはエネルギーがある

 【言葉にはエネルギーがある】 江原啓之さん
口を開けば不平や不満、人の批判や悪口ばかり。
こうした人が幸せになることはありません。
インターネットなどで無責任な誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)を書き込む人も目立ちますが、
バッシングをして憂(う)さを晴らしているつもりでいるとしたら大間違いです。

陰陽師(おんみょうじ)が人を呪い殺すときに、墓穴を二つ用意していたというのは有名な話。
自分の行いは、ブーメランのように自分のところへ戻ってくるという意味の
「因果の法則」を理解していたのでしょう。
日本には昔から「罰当たり」という言葉もあります。

言葉にはエネルギーがあるのです。
たとえば「いってらっしゃい」には相手を守るパワーが「おかえりなさい」には相手を癒すパワーがあります
逆にネガティブな言葉を発すれば、相手を傷つけるだけでなく、自分の波長を低めることにつながります
「どうでもいい」といった投げやりな言葉が口癖だという人も用心が必要です。

言葉はあなたの思いの表れ。
発する言葉が今のあなた自身を如実に表しているのです。
その言葉はいずれ行動となります。
そして、その行動すべてが自分自身に返ってくるのです。

幸せとなって返ってくるのか、それとも不幸となって返ってくるのか。
言葉は人を不幸にもすれば、幸せへと導いてもくれるのです。
 『幸せになる100か条』 徳間書店

「人を呪わば穴二つ」という言葉がある。
他人を呪い殺せば、呪った人もやがて相手の恨みを受けて呪い殺され、
相手と自分とで墓穴が二つ必要になる、ということ。

インターネットなどでは匿名(とくめい)でひどい書き込みをする人がいる。
匿名だから分からないだろうと思って書いているが、それはやがて必ずその報いを受けることになる。
なぜなら、自分の口に一番近いのは他人の耳ではなく、自分の耳だからだ。
自分の発した言葉は、自分が一番多く聞いている。
そして、一番影響を多く受ける。

『因果応報』
自分が蒔(ま)いた種は自分が刈り取らなければならない。
「言葉にはエネルギーがある」
いい言葉を発したい。


2017年8月 1日 (火)

言葉の裏は深い

飽きやすい人ほど物事にはまりやすく、
せっかちな人ほど時間を大切にしようとし、
喜びやすい人ほど感受性豊かで、
泣きやすい人ほど心が優しく、
笑いやすい人ほど緊張しやすくて、
怒られやすい人ほど失敗を恐れず、

疎まれやすい人ほど積極的であり、
嫉妬しやすい人ほど人を愛しすぎる。
言葉の裏は深いですね

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命の器

運の悪い人は、運の悪い人と出会ってつながり合っていく。
へんくつな人は、へんくつな人と親しんでいく。

心根の清らかな人は、心根の清らかな人と、
山師は山師と出会い、そしてつながり合っていく。
実に不思議なことだと思う。
「類は友を呼ぶ」ということわざが含んでいるものより、
もっと奥深い法則が、
人と人の出会いをつくりだしているとしか思えない。

どうしてあんな品の悪い、いやらしい男のもとに、
あんな人の良さそうな、美しい女が嫁いだのだろうと、
首をかしげたくなるような夫婦がいる。
しかし、そんなカップルをじっくり観察していると、
やがて、ああ、なるほど と気づくときがくる。
彼と彼女は、目に見えぬその人間としての基底部に、
同じものを有しているのである。
それは性癖であったり、
仏教的な言葉を使えば、宿命とか宿業であったりする。

それは事業家にもいえる。
伸びていく人は、たとえどんなに仲がよくとも、
知らず知らずのうちに、落ちていく人と疎遠になり、
いつのまにか、自分と同じ伸びていく人とまじわっていく。
不思議としか言いようがない。
企んでそうなるのではなく、知らぬ間に、そのようになってしまうのである。

最近、やっとこの人間世界に存在する数ある法則の中のひとつに気づいた。
「出会い」とは、決して偶然ではないのだ。
でなければどうして、「出会い」が、ひとりの人間の転機と成り得よう。

私の言うことが嘘だと思う人は、自分という人間を徹底的に分析し、
自分の妻を、あるいは自分の友人を、徹底的に分析してみるといい。
「出会い」が断じて偶然ではなかったことに気づくだろう。
 (『命の器』宮本輝著より一部要約して引用)

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2017年7月31日 (月)

精一杯生きろ

何も信じられなくなったり
やる気がでなくなっても

頑張らないといけないときがあって

いつまでもそこに立ち止まって
考え続けることもできないから
前に進まなきゃいけないときがあって

今日という日は二度と戻ってこない。
精一杯生きろ。
生きなきゃ。

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人生を笑顔で生きる

 【人生を笑顔で生きる】 元ノートルダム清心学園理事長、渡辺和子氏の心に響く言葉より
ある時、一人の大学生から葉書をもらいました。
「シスターの心には、波風が立つことはないのですか。いつも笑顔ですが」
私は返事を書きました。
「とんでもない。波風が立つこともあります。
ただ、自分で処理して、他人の生活まで暗くしないように、気をつけているだけなのです」と。

シスターになったからといって、人間である限り、いつも心が平穏であるはずはありません。
心ない人の言葉や態度に傷つき、思うようにいかない物事に心騒がせ、
体の不調から笑顔でいることがむずかしいこともあります。
生来、勝気な私は、特に管理職という立場にいることもあって、
人前では明るく振る舞い、笑顔でいるように心がけています。
暗い顔をしても物事がうまくいくわけではなし、他人の生活まで暗くする権利はないと、
自分に言い聞かせていることは確かです。

生まれつき笑顔の少なかった私が、笑顔を多くし始めたのは、誠にお恥ずかしいきっかけからでした。
20代に入って、アメリカ人と一緒に働くようになったある日、1人の男性職員から、
「渡辺さんは笑顔がすてきだよ」といわれたことによるのです。
ほめるということは大切なのですね。

笑顔で生きるということに、もう少し自分らしい意味を与えるようになったのは、
30代になってからの「ほほえみ」という詩との出合いでした。
「お金を払う必要のない安いものだが、相手にとっては、
非常な価値を持つものだ」という言葉に始まる詩は、次のように締めくくられていました。

もしあなたが 誰かに期待した
ほほえみが得られなかったなら
不愉快になる代わりに
あなたの方から ほほえみかけて ごらんなさい
ほほえみを忘れた人ほど
それを必要とする人は いないのだから

この詩との出合いは、私の笑顔の質を変えました。
チャームポイントとしての笑顔から、他人への思いやりとしての笑顔、
そしてさらには、自分自身の心との戦いとしての笑顔への転換の始まりとなったのです。
それは、ほほえむことのできない人への愛の笑顔であると同時に、相手の出方に左右されることなく、
私の人生を笑顔で生きるという決意であり、主体性の表れとしての笑顔でした。

そして、この転換は、私に2つの発見をもたらしてくれました。
その1つは、物事がうまくいかない時に笑顔でいると、不思議と問題が解決することがあるということです。
お姑さんとうまくいかない卒業生が、「シスター、本当ですね。注意された時に、笑顔で『ありがとうございました』というようにしてから、二人の間がとてもよくなったのですよ」と、報告してくれました。

もう1つの発見は、自分自身との戦いの末に身についたほほえみには、
他人の心を癒(いや)す力があるということです。
とってつけたような笑顔でもなく、職業的スマイルでもなく、苦しみという土壌に咲いたほほえみは、
お金を払う必要のないものながら、ほほえまれた相手にとっては大きな価値を持つのです。
ほほえまれた相手を豊かにしながら、本人は何も失わないどころか、心豊かになります。

不機嫌は立派な環境破壊だということを、忘れないでいましょう。
私たちは時に、顔から、口から、態度から、ダイオキシンを出していないでしょうか。
これらは大気を汚染し、環境をよごし、人の心をむしばむのです。
笑顔で生きるということは、立派なエコなのです。

ある日、修道院の目上の方が私にいいました。
「シスター、何もできなくなってもいいのよ。ただ、笑顔でいてくださいね」
ありがたい言葉です。
この同じ言葉を、年齢にかかわりなく、かけ合ってゆきたいものです。
《何もできなくていい。ただ笑顔でいよう(笑顔でいると、不思議と何事もうまくいく。
ほほえまれた相手も、自分も心豊かになれるから)》
  『置かれた場所で咲きなさい』 幻冬舎

「人間の最大の罪は不機嫌である」と言ったのは詩人のゲーテ。
不機嫌というのは伝染するからだ。
次々と人を不機嫌にしてしまうパワーを持っている。
が、反対に笑顔も伝染する。
一人が笑顔になれば、まわりの人も自然と笑みがこぼれる。

「笑ってあげなさい。笑いたくなくても笑うのよ。笑顔が人間に必要なの」( マザー・テレサ)
不機嫌と笑顔と、どちらが人にとって必要かは言うまでもない。

人生を笑顔で生きてゆきたい。

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2017年7月30日 (日)

人の悪口は言わない

人の悪口は言わないほうがいい。
いいたければ便所で一人で言え。

自分が悪口を言われたときは気にするな。
 - 田中角栄さん -

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自立する

【人のお世話にならぬよう、人のお世話をするよう。】 植西聡さん
《人のお世話にならぬよう。人のお世話をするよう。そして報いを求めぬよう。》(後藤新平)
何か重要な決断を下す際には、たくさんの人から意見を聞いて参考にすることが大切だと思います。
信頼できる人から助力を仰ぐことも必要でしょう。
しかし、最終的な決断は、自分一人で行わなければなりません。

また、その後も、自分一人の力で切り開いていくという覚悟を持つほうがいいと思います。
それが人として「自立する」ということだと思います。
いつまでも周りの人たちのアドバイスや助力に甘えているようでは、自立して生きることはできないでしょう。

イギリスの詩人、ウィリアム・ブレークは、
「どんな鳥でも、巣立ちの際には、自分の翼で飛び上がっていくほかはない」という言葉を残しています。
「人間の自立も、鳥の巣立ちと同じで、
自分の力で決断し世の中へ出ていくしかない」という意味を表していると思います。
「人から何かしてもらう」ことばかり考えるのではなく、「世の中の人のために、自分に何ができるのか」
考えることができるようになることが、自立のカギになると思います。
  『「足りないのは勇気だ」 迷った時に読みたいリーダーの名言』 朝日新聞出版

大人になって、何か困ったことがあったとき、もし、自分の親や親戚がお金持ちだったとしたら、
大方の人は、安易に金銭的な援助をそこに求めてしまう。
子どもの頃から、甘やかされて育てられたら、なおさらだ。

誰かが何とかくれるだろう、という考えがある人には、幼児性がある。
ゴミや吸い殻をポイと捨てても、誰かがきれいにしてくれるだろう、と思うような人。
お金に困っても、親や親せきが何とかしてくれるだろう、と。
いつまでたってもお世話になりっぱなしの人は、自立してない人。
食事にしても、ご馳走になりっぱなしでも何も感じない人。

お世話になったら、お礼をする。
そして直接お礼ができないのなら、別の人に、「恩送り」をする。
《人のお世話にならぬよう。人のお世話をするよう。そして報いを求めぬよう。》
お世話にならず、人のお世話を、報いを求めずに淡々とするのが自立した人。
自立した人でありたい。


2017年7月29日 (土)

明日を考え 今日を動く

 『明日を考え 今日を動く』
五年後、十年後、そして二十年後に、
自分の仕事をどうするのか、自分はどうなっていたいのか、
明確な目標を立てよう。
そしてその実現のために、
明日に続く今日をいかに動き、何をなすべきかを考え、
それを怠りなくなしていこう。
そうした着実な積み重ねがあってこそ、
将来の確かな成果がもたらされる。
 「松下幸之助 成功 日めくり」より

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充実した人生を送るには

  【充実した人生を送るには】 アカデミー学院 学院長 舟田譲二
「もっとも充実した人生を送っている人というのは常に、自分の持っているものに満足している人である」
  
-- リチャード・カールソン(1912-1977)、俳優  (訳:舟田譲二)

何事においても上を、より良いものを目指し、頑張るのは尊いことです。
それがなくて、現状維持で満足していたなら人類の今日の発展はありませんでした。
しかし、より良いものを目指すのではなく、
与えられているものに絶えず不平不満を言い、満足できないでいるのは本当に不幸なことです。
多くの人がこの罠に陥っています。

一見よく似ていますが、
「現状維持で満足する」というのと「与えられているものに満足する」というのでは大きく異なります。
「現状維持で満足する」は、その姿勢が消極的で、より良いものを目指すという積極性に欠けています。
一方、「与えられているものに満足する」は、とても積極的な現状の受け止め方です。
たとえば、健康や家族、友人、仕事、衣食住など現状を感謝して受け入れているので、
不満の心が起きてきません。

まったく同じ状況に置かれていても、「まあ、こんなもんでいいや。仕方がないさ」、あるいは「神様、なぜですか? なぜ私はこんな目に遭わなければならないのですか?」と言こともできれば、「神様、感謝します。私は今、健康を害していますが、それも感謝します。不景気で仕事にも影響が及び、経済的にも大変ですが、感謝します。現状に満足します」と言うこともできます。

不満で文句を言っても、満足して感謝しても状況は変わりません。
両者を比べてどちらが幸せかは言うまでもありません。


2017年7月28日 (金)

分からないのが 人生

「分からないのが 人生」
いくつになっても

分からないのが
人生というものである。
分からない人生を、
分かったようなつもりで
歩むほど
危険なことはない。

 BY 松下幸之助 

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毎日がちょっと前向きになる100の言葉

  【毎日がちょっと前向きになる100の言葉】

1.他人をうらやましがっても自分は変わらないし、嫉妬したところで何も変わらない。
2.天才は努力してる。努力してる人にはかなわない。努力をしなくなったらそこで終わり。
3.千里の道も一歩から。動きださなきゃはじまらない。
4.疲れたら休む。休むことも必要。無理はしない。明日のために休むこと。
5.うまくいかない時は焦らない。焦らないでちょっと立ち止まる。周りを見る。深呼吸する。
6.人生をシリアスにとらえすぎない。
7.うまくいかないのを周りのせいにしない。
8.つらかったら泣いていい。泣けるだけ泣いていい。
9.明けない夜はない。いつか光は見えてくる。
10.夜明け前、底まで来たら、あとは底を蹴って昇っていくしかない。

11.簡単にあきらめない。
12.苦しいときは淡々と淡々と過ごす。
13.過剰反応しない。
14.やたらと人を責めない。
15.やたらと怒らない。
16.やたらと愚痴らない。
17.人からどう思われようが関係ないと思うこと。
18.人の目を気にしすぎない。
19.やたらと競争心を燃やさない。
20.毎日楽しいことを3つする。

21.毎日楽しかったこと良かったことを3つ思い出して書き留める。
22.やたらと昔をふりかえらない。
23.時間は有限だということ意識すること。
24.人生は一回きりだということ。
25.過ぎた時間はもう戻らないということ。
26.過去は過去。失敗もいずれは肥料になる。自分の成長の一助となる。
27.不愉快なことは忘れてしまうこと。
28.思い出して繰り返し不愉快になる必要はない。
29.好きなことをすること。
30.動かないと変わらない。

31.変わりたければ動くこと。
32.外に出ること。歩いて外の景色を見ること。季節を感じること。
33.やたらと悲観しないこと。
34.まだ起こってもいないことを心配しないこと。
35.これだ!という本を見つけること。
36.自棄にならないこと。
37.自暴自棄になってしまいそうになったらとりあえず寝る。
38.人は結構好き勝手なことを言うもの。
39.深く考えずにぽんぽんと傷つけることを言う人もいる。相手にしないこと。
40.生きたくても生きられなかった人もいるということを時々思い出すこと。

41.その人はそういう人なんだ。その人はそういうことをする人なんだと認めてしまうこと。
42.自分の時間を大切に。
43.他の人の時間も大切に。
44.モノより思い出。
45.いつもスタートラインに立つことはできる。
46.情報は力。情報は人をひきつける。
47.知らないよりは知っておいたほうがいい。
48.けれど何もかも知ることはできない。
49.情報メタボにならない。
50.情報に振り回されない。


51.一方的に押し付けられる情報はスパムと同じ。
52.いらないものはいらないとスルーする。捨てること。
53.情報の取捨選択は必要。
54.自分を否定しない。
55.自分は自分。
56.自分は自分のままでいい。
57.将来どういうなりたいのか考えること。
58.健康で笑っていられるというのは幸せ。
59.ごはんがおいしいというのは幸せ。
60.どこでもいつでもやろうと思えばできる。できないと思えばいつまでたってもできない。

61.何事も経験。経験して分かることはある。
62.陽気なハッタリもたまにはOK。
63.憂鬱になることをわざわざ考えない。
64.楽しいことを考える。
65.なんでも楽しもうとする。
66.気楽が一番。
67.ひとつの評価、ひとりの評価、一部の評価に左右されない。
68.睡眠は大事。寝不足でしんどくなるのは自分。
69.歯みがきをきちんとする。虫歯で痛い思いをするのは自分。
70.体の声を聞くこと。倒れてからでは遅い。

71.自分の体は自分しかわからない。
72.好きな音楽を聴くこと。
73.みんな違ってみんないい。
74.自分で自分を楽しませる。心地よくする。
75.思いやりを忘れない。
76.感謝を忘れない。
77.言葉は傷つけるためのものではなく伝えるためのもの。
78.disる人はまたどこかで他の人にdisられてる。
79.しなやかタフでいく。
80.大丈夫、縁のある人は必ずいる。

81.逆に合わない人もいる。それはそれで仕方ない。
82.今あるものに目を向ける。今あるものを大事にする。
83.何が正しくて何がまちがっているか、分からないこともある。
84.いつでもどこでも学ぶことはできる。
85.失敗から学ぶこともできる。
86.批判されても凹まない。
87.批判は批判で一意見として受け取っておくこと。
88.転んだり、つまづいたりして気づくこと、分かることはある。
   痛み、つらさが分かるようになることもある。
89.間違っているとわかったら、改めること。間違ったまま放置しないこと。
90.変化をおそれない。

91.黒でも白でもないグレーなものもあるのだということに気づくこと。
   割り切れないこともあるのが人生。
92.自分は一人で生きているのではなく、多くの人によって支えられて生きている。
93.自分を悲劇のヒーロー、ヒロインにしない。
94.まずは自分でできることからする。
95.よく笑う。笑う門には福きたる。
96.何をしていいかわからなかったら、まずはお金をためる。
  やりたいことが見つかったときにお金がなくてできないのは悔しいことだから。
97.一期一会。人との出会いを大切にする。
98.人とのつながりを大事にする。
99.歩いていればどこかにたどり着く。
100.ポジティブにマイペースに!
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当たり前の言葉ばかりだと思いますが、

再確認だったり、どれか1つでもタメになれば幸いです^^



2017年7月27日 (木)

幸福の七カ条

『 幸福の七カ条 』 - 水木しげる -
(1)成功や栄誉や勝ち負けを目的に、
   ことを行ってはいけない。

(2)しないではいられないことを
   し続けなさい。
(3)他人との比較ではない、
   あくまで自分の楽しさを
   追及すべし。
(4)好きの力を信じる。
(5)才能と収入は別、
   努力は人を裏切ると心得よ。
(6)怠け者になりなさい。

7)目に見えない世界を信じる。

7







言い訳は敗北の前兆

人は幸せになるために生まれてきているという話をしました。
そして、幸せでないとしたらすべて自分の責任だという話をしましたが、
「すべて自分の責任」にすることで成長できるようになります。

他人のせいにしているうちは、絶対に伸びません。
他人のせいにするというのは、最も簡単な言い訳だからです。
「上司が見る目がないから」「世の中は不況で、お客様が買ってくれないから」と、
言い訳はいくらでも言えます。
それを「すべて自分の責任なんだ」と思うようになると、ものごとの捉え方が変わってきます。

武田信玄はこんな言葉を残したと言われています。
「一所懸命だと知恵が出る。 中途半端だと愚痴が出る。 いい加減だと言い訳が出る」
まさにその通りです。
いい加減だから言い訳が出るのです。

人生や仕事への取組み方を一所懸命に変えると、言い訳ではなくて知恵が出るようになります。
知恵が出ているか、愚痴が出ているか、言い訳をしているか・・・。
自分の意識がどうなのかによって出てくるものが変わります。
逆に、自分が何を出しているかによって、
一所懸命なのか、中途半端なのか、いい加減なのかが判断できます。
今のあなたはどのレベルでしょう?
  仕事の神様が“ひいき”したくなる人の法則  井垣 利英 著  致知出版社

「言い訳は敗北の前兆」ともありました。
言い訳したくなる気持ちも分かりますが、それでは成長が遅れてしまいます。
有名な道元禅師と弟子の会話があります。
「なぜ、成功する人としない人がいるのか?」
この問いに、道元禅師はこう答えました。
「それは、努力をする人としない人の違いだよ」
では、「なぜ努力する人としない人がいるのか?」
その問いに対して道元禅師は、
「志(こころざし)の有無だ」と。
では「なぜ、志がある人とない人がいるのか?」
それに対し、最後こう締めくくります。
「志が有る人は、いつか必ず死ぬということを自覚している」
言い訳をする人は、この部分が足りないのかもしれません。

“雑草に学ぶ「ルデラル」な生き方”という本に、こんな一文があります。
松本零士氏のSFアニメである『銀河鉄道999』は、主人公の星野鉄郎が永遠の命を得るために、
「機械の体をくれる星」を目指して旅をする物語である。
ところが、ついに「機械の体をくれる星」にたどりついた鉄郎は、
永遠の命を手にした人々の堕落ぶりに驚愕する。
何しろ永遠の命を約束されているのである。
今日やらなければならないことなど何一つない。
生きる意味を見出せない人々は怠け呆け、酒におぼれ、
永遠の命を捨てて自殺する人までいる始末だった。
その様子を見て、鉄郎は「限りある命の価値」を知るのである。
___

限りある命だからこそ価値がある。
終わる時があるからこそ、今を精一杯生きようと思う。
言い訳や愚痴を言っている場合ではありませんね


2017年7月26日 (水)

「運の充電期間」

『何をやってもうまくいかない時は 
運の充電期間なので焦らない』

人生には、何をやっても上手くいかない時があります。
こういう時は、運気が減ってしまっているので、
充電をする必要があるのです。
しかし、多くの人が、こういった時に焦ってジタバタしてしまい、
かえって状況を悪くしてしまうのです。
一度立ち止まって、充電期間だと開き直り、
目の前のことだけを焦らずに取り組むと、
時間とともに運気がだんだん上がってくるのです。
 【井上剛(ごう)の運命を開く言葉】

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大丈夫と言ったら大丈夫なの!

バスの中に、10歳ちょっとくらいの少年と、30代くらいの美人なお姉さんがいた。
最初は、お母さんと息子かと思ったけど、どうも違う様子だった。
子供が椅子の背もたれをにらみながら、ボタボタ涙をこぼしている。
その背中をトントンたたきながら、女性は少年に話しかけていた。
「大丈夫、大丈夫、お母さんは大丈夫」って言い続けている。
あんまり低い声で真剣な顔で言ってて、事情がありそうだったので、バスの中はシーンとしていた。

乗客の皆さん、聞くとはなしに、耳をそばだてている感じだった。
少年「俺、どうなんの?」
女性「お母さんは大丈夫」
少年「ダメかも、もうダメかも。   だって皆、ダメって言ってたし…」
女性「大丈夫」
少年「お母さん死ぬ?俺一人になる?」
女性「どうしようもなくなったら、おばちゃんがお前ひとりくらい育て上げてやる。
   だから、お母さんは大丈夫ってだけ考えときなさい」
少年「俺がいたら、よけい嫁に行けなくなるよ」
僕を含め、乗客はだいたいの様子がつかめた。

そこまでの空気は重かったが、次に発する女性の言葉で、少年の気持が軽くなったようだ。
少年「俺がいたら、よけい嫁に行けなくなるよ」
女性「うっさい!いてもいなくても行けてないんだから、いたって一緒です。
   言ったでしょ。お母さんは大丈夫ってだけ考えときなさいって。
   さぁ、…お母さんは?」
少年「……」
女性「お母さんは?」
少年「大丈夫…」
女性「うん」

二人がバスを降りるとき、総合病院だった。
運転手さんが言った。
「お母さんは大丈夫」
それを期に乗客からも声が上がった。
「大丈夫、大丈夫!」「絶対大丈夫!」
僕も言ったし。
お母さんがどうしたのか分からないけど、大丈夫であってほしいと思った。

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2017年7月25日 (火)

酔ってる人を助けると

「酔ってる人を助けると、
自分の酔いまで覚める。」
元気も同じ。
「落ち込んでる人を元気づけると、
自分も一緒に元気になってくる。」
人助けは、自分のためにもなる。
人からの助けを待ってばかりだと、
元気は、みるみるなくなっていく。
人が元気がなく辛そうな時は、
人助けをしていない証となる。

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常に好奇心や関心・興味を持つこと

  【常に好奇心や関心・興味を持つこと】 小林正観さん
講演会の後の、ある二次会(30人ほど)で、こんな出来事がありました。
私が「お札をこういうふうに折ると、どうも仲間(お金)を呼んでくれるらしい」という
楽しい話をしたときのことです。
「どういうふうに折るんですか」と、ほとんどの人が笑顔になり、
その折ったお札の見本をその場に回しました。
ぐるりと回っていき、2種類の見本がたまたま私の目の前の30歳ぐらいの女性のところに来ました。

1つ目の見本を見て、彼女はこう言いました。
「こんなことを考えつく人って、ずいぶん暇なんですね。暇な人でないと、こんなこと見つけませんよね」
これが、彼女の開口一番の言葉でした。
それから10秒ほど経って、2つ目の見本が彼女のところに回ってきました。
彼女はそれを見ながら、こう言いました。
「この脇の人物がこういうふうに折れているのを見ると、変なふうにゆがんでいて不愉快ですね。
こんな変な顔って見たくないですよね」

私は、笑顔で穏やかに言いました。
「〇〇さん、今、2つのものを見て、2回とも否定的な反応したことに自分で気がつきましたか」
「えっ、そうですか」
本人は驚いた様子でした。
否定的な反応をしたこと自体に、彼女自身は気がついていなかったようなのです。

「今、1つ目は、開口一番こう言ったのですよ。
2つ目が回って来たときには、こういったのですよ。
2つが2つとも、大変否定的な言葉でした。
話題の本体の話をするのではなく、まったく関係のないところを非常に皮肉っぽい目で見ながら、
それについて冷たく否定的な意見を言っていました。

『こういう楽しい話があるのですよ』と言った私をがっかりさせました。
その言葉を聞いて、体中の力が抜けてしまいました。
『ああ、この人には何を言ってもダメなのだ。
もうそれ以上の話をしても仕方ないかな』という気にさせられたのですよ」
と私は申し上げました。

何か面白く楽しい情報があったとき、それを教わった人が開口一番で否定的なことを言った瞬間に、
その情報を持ち込んだ人は、シュンとしてしまいます。
そして、これ以上のことを言ってもまた冷たく否定的な言葉が返ってくるだけなんだと思ったら、
2つ目、3つ目の情報は話さなくなります。
この人に対して何か楽しそうな情報や役に立ちそうな情報を持ち込んでも、
多分、役に立たないだろうと思ってしまうのです。

「こんなことを考えつく人って、ずいぶん暇なんですね」と言った瞬間に、
それはもう、それ以上のことを聞きたくないと潜在意識の中で言っているようなものです。
それは取りも直さず、「私はそんなことについて、新しい情報は仕入れたくない。今の私で充分なのだ」
という驕(おご)り、高ぶり、傲慢(ごうまん)、うぬぼれの側面を見せているということにほかなりません。

謙虚であるということは、自分以外の人が何か面白い情報や、
楽しく新しい情報を持ち込んできたときに、「それで、それで」と言って聞く立場になることです。
つまり、自分の中に吸収しようとする心があること、
常に好奇心や関心・興味があることが、謙虚さの1つなのではないでしょうか。
自分の中に、ある程度の勉強をしてきて、
そんなつまらないことには関心がないという場合に、否定的で冷たい反応になるのだと思います。
で、開口一番そういう言葉が出てくるのでしょう。

その結果として、そこから先の話は進まなくなります。
つまり、否定的な言葉を言い、そこでピシャッと遮断してしまいのは、
本人は気がついていないのかもしれませんが、とてももったいないことをしている、と私には思えました。

謙虚であるということは、
相手の話や情報をなるべくたくさん聞き入れて、自分が大きくなること(広がること)です。
謙虚に、興味を持って人の話を聞けば、相手は多分もっと話をしてくれます。
そして、そのたくさんの話の中から自分の感性に合うものだけを取り入れればよいのです。
その1つのひとつの情報について、気に入る、気に入らない、
と間の前で感想を言うことは意味がありません。
「なるほど、そうですよね。それで、それで」というふうに、笑顔で相手の話を引き出すこと、
これこそが謙虚さであり、なおかつ、もっとも自分が得する立場というものではないでしょうか。
 『神さまに好かれる話』 三笠書房

人があの世に旅立ったとき、神さまから聞かれることがあるという。
「あなたは、人生をどれくらい楽しんできましたか?」(同書の中から)
楽しんで生きてきた人は、人の話を面白がって、楽しそうに、「それで、それで」と聞く。
楽しんでこなかった人は、人の話をつまらなそうに聞き、さらに、冷たく、否定する言葉を言う。

人の話だけでなく、どんなことが起きても、それを面白がったり、その中に楽しみを見出し、
好奇心いっぱいに生きている人は幸せだ。
常に好奇心や関心・興味を持って生きていきたい。



2017年7月24日 (月)

付き合う人によって 人は変わる

付き合う人によって 人は変わる。
悪く変わることもあるし
良く変わることもある。
人は人が変えてくれる。
良く変えてくれる人と
付き合うのが一番。

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子供や部下への接し方

 「子供や部下への接し方」
私は、子供たちにいつも次のようにいう。
「今日から“私はできない”といってはいけません。
何かをはじめるときには、一言、“私はできる”といってはじめなさい。
そうすると、たいていのことをなし遂げられるようになります。
その力を使ってもなおできなかったときに、“私はできなかった”といっても遅くはないでしょう」

子供が弱氣になって、「できない」などといったら、私は呼び止めて「コラッ。できるといいなさい」とやり直させる。
「できる」といおうが、「できない」といおうが、たいしたことはないなどと考えたら、大間違いである。
このささいないいまわしが子供の潜在意識に入っていき、その子を積極的にしたり、無氣力にしたりするのである。
このように子供にプラスの考え方をさせるには、親も子供をプラスに見なければいけない。

親や教師は、ときに子供をよい子と悪い子に分けたがるが、それは間違いである。
だいたい、10のうち、よいところが8で、悪いところが2の子供は、“まあまあよい子”の部類に入れられる。
逆に、よいところが2で、悪いところが8だったら、“悪い子”で、手がつけられないと見なされる。
これがいけない。
子供をプラスに見ようと思ったら、2のよいことに注目して、その子にさらに自信をつけさせるようにすべきだろう。
そうするとおもしろいもので、残りの悪い8は徐々に消えていくものだ。
  氣の威力 藤平光一 著  
_______

人はどうしても、欠けている所に目が行ってしまうようです。
お茶碗が少しだけ欠けていたとしても気になります。
ピザが1ピースだけ欠けていたら気になります(笑)
でも、残りのピザを楽しむこともできます。

アメリカのある研究によると、創造性のもっとも高い子どもたちは、教師に好まれないそうです。
逆にいうと、教師に好かれる子は、創造性が低いともいえます。
「よい成績をとろう」という意欲が足かせになっているそうです。

アメリカに、ウォルト君という小学5年生の男の子がいました。
彼が学校の授業で、花壇の絵を描いたとき、先生に言われてしまいます・・・
「ウォルト君、その絵はおかしいわよ。花に顔があるなんて」
ウォルト君は言い返します。
「僕の花にはあるんだよ」
そう言って、絵を描き続けたそうです・・・
ウォルト君とは、のちにディズニーランドをつくった、“ウォルト・ディズニー”

心理学者のトッド・ルバート・スターンバーグ氏は、「成果をあげたいという欲求が中程度を超えると、
創造性が低下するということが実証されている」といいます。
成功への意欲があればあるほど、失敗への恐れゆえに、変革を恐れる傾向にあるのです。
挑戦せずに、無難な道を行こうとすると、安定するかも知れませんが、大きな飛躍は期待できないでしょう
子どもの頃、才能がないと思われていたとしても、それは相手の理解できる容量を超えていたからかもしれません。

アレクサンダー・ロックハートは、著書の『自分を磨く方法』の中で、「間違いを犯すことを恐れるあまり新しい挑戦を避けることが、最大の間違いかもしれない」と述べています。
だとしたら、失敗や欠けているところばかりを指摘して、やる気を奪ってはいけませんね。
「君ならできる!」と勇気づけることが、大人や上司の役割なんだと思います。


«喜びは私たちのまなざしから